中川翔子さんインタビュー 前編

いじめはなくならない。それでも子どもの大切な時間を守るため、大人ができること

いじめはなくならない。それでも子どもの大切な時間を守るため、大人ができること

「学校に行きたくないあなたと、かつて子供だった私たちへ」
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「大丈夫。なんとかなる、なんとかするために、わたしたち大人がいます」

中川翔子さんは、著書『「死ぬんじゃねーぞ!!」いじめられている君はゼッタイ悪くない』(文藝春秋)でなんども、いじめられて苦しんでいる子どもたちに向けて「死にたい夜を超えて、今日1日をなんとか生き延びてほしい」とメッセージを発信しています。

自身も中学のころ、いじめられて不登校になった経験を持つ中川さんに、私たち大人ができることについてうかがいました。

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苦しかったことを忘れない理由

——私は今年35歳です。中学を卒業してから20年以上経っているのに、いじめはまだ横行している。本を読んで、正直すごく無力感に襲われました。

中川翔子さん(以下、中川):いじめは普遍的な問題なんですよね。乱暴な言い方をすると、絶対になくならないんだと思います。人間以外の動物だって弱いものいじめをするし、誰でも本能的な攻撃性を備えている。だから攻撃するのが楽しくていじめをしてしまう人が出てくるのも仕方のないことなのかもしれません。

でも、人間には理性がある。考え方や行動を理性で変えることはできるし、いじめをゼロにはできなくても減らすことはできるはずなんです。私の発信がそのきっかけのひとつになればいいなと思います。

——本書にはご自身の中学生時代のエピソードがつづられています。過去を思い出すのは苦しくなかったですか?

中川:いえ。私がいじめを受けたとか、不登校になったのは20年くらい前の話なので、今でも苦しい胸の内を聞いてほしいとか、勇気を出して告白という感じではなくて。私の経験をひとつの事例としてあげたつもりです。他にも、19歳と18歳の子のインタビューや、『不登校新聞』編集長の石井志昴さんとの対談も掲載して、なるべく客観的な本を目指しました。

それから、大人になった自分への戒めの気持ちも。あの頃の気持ちを忘れちゃいけないなと。

——忘れちゃいけない?

中川:私は『#8月31日の夜に。』(NHK)という番組に呼んでもらうことが多くて。夏休み明けに学校に行きたくなくて追い詰められてしまう子どもたちに向けた番組なのですが、そこで当事者の子どもたちの話を聞くんです。彼/彼女たちとSNSでやり取りをしているとその悩みの多様さや繊細さを感じます。そのやわらかい心に傷を付けてはいけない。だから、大人としてズレがあっちゃいけないなと感じるんですよね。

——なるほど。

中川:大人になった私が、学生時代に靴を隠されたエピソードを明かしても、読む人によっては「引きずってないで、大人になれよ」と思うかもしれません。でも、そういうことじゃなくて。当時は誰にも言えなかったし、知られたくなかったし、恥ずかしいし、悔しかった。大人になっても忘れちゃいけないのはそういう気持ち。「大人として、あの頃の自分に声をかけるなら?」って考えるために、忘れちゃいけないんです。

大丈夫。大人の私が未来で待ってるよ

——過去の自分を救ってあげたいって思う気持ちもどこかありますよね。

中川:そうですね。15歳の私は34歳って遠すぎて、考えられないし、考えたくもないと思うんですけど……。でも34歳の私は、15歳の私がいてくれたから、今いろんなことが生き生きして感じられる。だから、あの頃の自分に「大丈夫。そのまま好きなことを続けてね。大人として未来は責任をとるよ」って言えるような人生にしなきゃ、って思いますね。

——その好きなことって、中川さんにとっては漫画やアニメですよね。本作でも中川さんの漫画が収録されているのがいいなって思いました。あの頃がつながってる!みたいな。

中川:ありがとうございます。なかなか普段は本を読まない方とか、活字に慣れていない10代の子も読みやすいようにしたいと思って漫画や絵を入れました。でも、思いつくままに書いていたら、いろんなことが浮かんできて想定の3倍くらい描いてしまって。「もうページがないんでやめてください」って言われちゃいました(笑)。

でもそれも、“死にたい夜”を過ごした先に見つけた気持ちがたくさんあったから。残したかったことがたくさんあったんです。ずっと考えていたことが形になってスッキリしました。

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「隣(とな)る人」でい続けてくれた母

——「もう学校に行きたくない」と告げたときのお母さまとの大げんかも印象的でした。

中川:「義務教育だけは行かないと、ダメ人間になるぞ! 行きなさい!」と言っていましたね。私は部屋に鍵をかけて閉じこもってしまったんですけど、母はドアを壊して部屋に入ってきた。でも、母のその時のリアクションは親として当然のことだと思います。子どもの未来を心配するのは当たり前なんですよね。しかも私が9歳の時に父が亡くなった。忙しく働かなければいけない日々の中で娘が不登校になって、母は相当心配しただろうと思います。

——中川さんの気持ちを尊重して、通信制の高校という選択肢も探してきてくれた。

中川:はい。全日制以外の学校の選択肢を与えてくれた母の存在はありがたかったですね。それに、私が不登校になったとき、引きこもれる部屋があったことと、母が友達にみたいに話してくれたことは大きかったです。それから、私が興味を持ったもの、漫画やゲーム、画材を買ってくれたり。すごくしんどいときには、貯金を叩いて旅行に連れて行ってくれたこともありました。

——本でも書いている、「隣る人」でいてくれていたんですね。

中川:はい。「隣る人」はドキュメンタリー映画のタイトルです。その作品は、とある地方の児童養護施設の保育士さんと子どもたちの日常を撮っている。保育士さんは、子どもたちといつもべったりくっついて甘やかすわけでもないけれど、突き放したりもしない。絶妙な距離感で見守り、寄り添っているんです。「ただ隣にいる人」というのが「隣る人」なんです。私にとっては、母や友人がそうでした。

楽しそうな背中を見せる

——読者の中には、もう子育てをしている人も少なくないと思います。自分が産んでいなくても、友人の子どもと接する機会もあるはず。私たちは「隣る人」としてどう気をつけたらいいと思いますか?

中川:子どもにも話したくないことが絶対にあると思うので、そんなそぶりを見せたらムリに聞かないことが必要だと思います。そのうえで「でも、絶対味方だよ」とさりげなく伝えてあげるとか。私も当時はどんなに仲が良くても母には知られたくありませんでした。恥ずかしいし、心配もかけちゃうし。「学校に行きたくない」とは伝えましたが、どうしてなのか詳細は言いませんでした。

大人になると世界は学校と家だけじゃないと気づくことができるし、イヤな人とは自分なりに距離をおけるようにもなります。でも、10代の頃はそれがわからないということを忘れずにいれば、子どもが最終的にSOSを出す前にも察知できるようになれると思うんです。

世の中っていじめもそうですが、加害者が守られて“やったもん勝ち”というか……。被害者が泣き寝入りを強いられるパターンがすごく多いですよね。理不尽だなと思うんですけど、そうなってしまったときに、そばにいてただ笑うとか寄り添うことはできるはず。大人として楽しそうな背中を見せることも大切。だから、大人はまず自分の人生を楽しむことも絶対必要だと思います。

(ヘアメイク:灯(ROOSTER)、スタイリスト:尾村綾(likkle more)、取材・文:安次富陽子、撮影:面川雄大)

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