DJあおいの「私は仕事ができない。」task96

帰省のたびに憂鬱…東京で“よくわからない仕事”をしている私は親不孝?【DJあおい】

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帰省のたびに憂鬱…東京で“よくわからない仕事”をしている私は親不孝?【DJあおい】

DJあおいさんと「仕事がデキること」について考えていく連載「私は仕事ができない。」96回目のボヤきは「親に認めてもらえない」です。

【今週のボヤき】

都内のIT企業でウェブ関係の仕事をしています。毎年帰省で実家に帰って親といろいろな話をするのですが、地元の県庁で働いている友人や銀行で働いている従姉妹と比べられてときどき辛くなります。特に母親から見たら私は「東京でよくわからない仕事をしている娘」にうつるようで、いくら説明してもわかってくれません。「今からでも県庁に入れないの?」「銀行に紹介してあげようか?」と言ってきます。先日も「せっかく東京の大学に行ったのによくわからない仕事をしている。将来は大丈夫なのか……」と叔母にこぼしていたようで、叔母に同情されました。いつになったら私は認めてもらえるのかなあと帰省するたびに憂鬱な気分になります。

母娘の関係がこじれる理由

母親と娘の関係性は親子の関係の中でも特異なもので、子供が男性なら自分とは違う性別ということもあり「独立した存在」として認知できるのですが、女性の場合だと自分と同じ性別ということもありその境界線が曖昧になってしまう傾向があるんですよね。

親子と言えども自分とは異なる存在なはずなのに自分の一部のように感じてしまい、自分の右手を動かすように娘をコントロールしようとするわけです。

自分の思うように動いて当たり前の存在のように錯覚してしまいますので、娘が自分の思い通りに動いてくれないというだけで不安になってしまうことが多いようです。

自分の理解の及ばないところに娘が行ってしまうのは、自分の右手が理解の及ばない行動を取ってしまうように恐怖を感じるということですね。

娘を認められない理由

子育ての目的は自立してもらうこと、親は子供の杖、子供が親を必要としなくなることが親の本懐であり、子を手放してあげるのが親の務め。「認める」ということは「手放す」ということに等しいものですからね。

娘と同化してしまった母親ほど子を認めることができず、いつまでも「大人」として認めないまま親がいなければ生きていけない子に仕立て上げようとしてしまうのですよ。

認めないのは職種が云々の問題ではなく子供を手放すことのできない親のエゴにあり、そういう自己愛の強い親は娘が弁護士になろうが国家公務員になろうが決して認めることはしません、また別のアプローチで難癖をつけて不平不満を漏らすだけですね。

簡単に言えば娘が自立しないようにゴネているだけなので、それはある意味防ぎようのないストレスなのかもしれませんね。

娘から親離れする選択も…

子供が大人として認められる存在になったから大人として認めるわけではないのですよ。

大人として認めて手放してあげることができるから、子供は大人として認められる存在になっていくのですよ。

本来は親が認めるほうが先、親が子離れするのが先なのですが、それができない親なら子が親離れしてあげなければなりません。

距離感が近過ぎると幸福度は下がるので、お互いにとってある程度離れたほうがいいのかもしれませんね。

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