大好きだった“わたしのお婆ちゃん”が、気がついたらアルツハイマー型認知症になっていた——。
認知症になった実家の祖母との暮らしや介護についてつづったニコ・ニコルソンさんのエッセイマンガ『わたしのお婆ちゃん〜認知症の祖母との暮らし〜』(講談社)が6月に発売されました。
東京でマンガ家をしていたニコさんが宮城に帰省したときに気づいた祖母の奇行、認知症と知って実家で母と一緒に介護をしようと決心したこと、介護を通じて家族や自分と向き合った日々が描かれています。
家族や身近な人に介護が必要になったらどうすればいいの?
ニコさんに、介護を通して気づいたことや変化した母との関係、自分ができることについて話を聞きました。
介護をしてみて気づいたこと
——認知症になった祖母をテーマにマンガを描こうと思った経緯を教えてください。
ニコ:今回、認知症の祖母を介護する立場になったら、初めて気づくことが多かったんです。東日本大震災で家が流されて、流されたあとに家を建てたことも別のマンガ(『ナガサレール イエタテール』太田出版)に描いたのですが、震災で家が流されたショックとはまた質のちがう苦しさがありました。
——質のちがう苦しさ……。
ニコ:うちは母が離婚して仕事に出ていたので、祖母が家のことをやってくれていたんです。そんな自分を育ててくれた“母”のような存在だった祖母がだんだん別人のようになっていってしまうのは苦しかったし、誰かと共有するのが難しい苦しみで、一人では受け止めきれなかったんです。
小さいころから家族や友だちの話をマンガにしてきたので、(祖母の介護をマンガにするのは)自分にとっては自然なことでしたし、マンガという手法を使ってキャラクターに感情移入してもらえれば読む方にも伝わりやすいのではないかと思いました。自分もマンガに描くことで改めて「介護をする側からの視点」ができた気がします。
——「介護をする側からの視点」というのは、具体的にどんなことですか?
ニコ:認知症の方が事故や事件に巻き込まれたときに「なぜ家族が面倒を見ていなかったんだ?」という意見もあると思うんですが、ちょっと目を離した隙にどこかに行ってしまう、というのは本当によくあることなんですよね。それが身にしみてわかりました。
最終的に祖母を介護施設に預けることになるんですが、それまでは本当に余裕がなかった。婆(ばば)の気持ちはどうなんだろうな? と考える間もないんです。最初は母が一人で仕事をしながら祖母の面倒を見ていたんですが、途中から私が投入されても全然回らない。本当に考える時間もなく、疲れ果てていましたね。
なので、祖母を施設に預けてようやく余裕ができて、相手の気持ちを考えることができるようになった。当時の自分の日記を読むと自分たちのことで精一杯で、「なぜ婆はこんなことをするんだ」「なぜこんなに私たちは頑張っているのにわかってもらえないんだ」という叫びばかりがつづられています。
——マンガの反響はいかがでしたか?
ニコ:介護の仕事をしている方から「施設に入れることに罪悪感を持つ必要はないんです」という声をいただきました。おそらく、作中で私と母がすごく思い悩んだ末に祖母を施設に入れることを決断しているので、「そんなに思い悩まないで、連れてきてくれればいいのに」と思ったのかもしれませんね。
「施設に預ける」のは可哀想?
——ニコさんとお母さんが“婆”を施設に預ける決心をしたところで少しホッとしました。家族がこんなに疲弊するのであれば「プロに預けたほうがいいよなあ」と思いました。
ニコ:「プロに預けたほうがいい」と、簡単に割り切れればいいんですけれど、例えば自分のお婆ちゃんが「ちょっと変かも?」と思っても「まさかな」という思いで誤魔化しちゃうんですよね。
——……確かにそうかもしれないです。私も家族と離れて暮らしているので、実家の母や祖母の変化には気づけないだろうな。
ニコ:そうなんですよね。ウートピの読者さんも仕事や人づきあいで忙しい方が多いと思うんですが、遠方に住んでいる家族のことを本気で気にかけるのは難しいのかなって。
もし、家族が認知症というのがわかって介護することになっても、やっぱり割り切れない思いを抱えながら葛藤している人も多いのかな、と思います。
——口で言うほど簡単に割り切れる問題ではないんですね。婆を介護施設に預けてよかったですか?
ニコ:うちの場合、在宅介護にこだわっていた理由として、祖母が津波で流された実家と同じ元の場所に住みたいと強く希望していて、そんな祖母のために母が家を建て直したという事情もあったんです。
あとはやっぱり世間では「最後まで家族で面倒を見るのが愛情」「預けるのは可哀想」という“家族信仰”も根強くあって、母や私もいつの間にか「最後まで見るのが家族の務め」と思っていたというのもありますね。
「祖母を預けないままだったらどうなっていたのかな?」と考えると、母も私も共倒れになっていたと思います。でも実際に介護施設の方に任せてみたら、この選択は間違ってなかったと思えるようになりました。
——私も地方出身なのですが、「施設に預けるのは可哀想。家で看るのが一番」という考えは根強い気がします。
ニコ:そういう空気はありますよね。読者さんからも「施設に入れることは悪いことではない」という感想もいただいていますし、私もマンガに描くときに「施設に入れる=悪い」と偏らないようにしようと担当編集さんと相談しました。
だからといって、在宅介護はよくないというわけでもないし、介護のために仕事を辞めた人を否定するということでも、もちろんないです。
祖母を施設に預けてわかったこと
——「施設に入れたのは間違っていなかった」というのは?
ニコ:介護施設にいる人たちがもう一つの家族のように思えるようになったんです。例えば、介護士さんに「トメコさん(ニコさんの祖母)がどんな人だったか教えてください。実家の商店で和菓子を作っていたんでしょう?」と言われたり、「昔の話を振ると喜んでくれるから、おばあちゃんのことを教えてください」って言われたり……。そんなことまでしてくれるんだと思いました。
婆を預けた今では介護士さんは私たちより長く婆と接していて、家族である自分たちよりも、もっと言えば私たちが知らないことを知っていることもあるんですよね。
私たちが婆に会いに行ったときも、介護士さんが婆がベッドから車椅子に移動するときに負担をかけない介助の仕方を教えてくれたんです。私が下手にやると婆は「痛い、痛い」と言うんですが、介護士さんがやるとスッとスムーズにいくし婆もご機嫌なんです。そういうことが積み重なって本当に預けてよかったと思うようになりました。
——プロってすごいんですね。話のテーマがそれてしまうのですが、「介護士の待遇がよくない」というニュースを聞くと悲しくなっちゃいますね。こんなに自分たちの家族のことを考えてくれているのにって。
ニコ:本当にそうですよね。介護士さんの働き方を見ていると、本当に1分もボーっとしている時間もないんです。この前も「トメコさん、服を着るときに自分でボタンを留めてくれるから楽なんですよ。その間にササって拭き掃除ができるんです」と言っていて、そんなに時間を切りつめて介助をしてくれているんだと驚きました。
——介護に関する問題は、私たちの多くが遅かれ早かれ関わってくることだと思うので社会で考えていかなければいけない課題ですね。
※次回は7月25日(水)掲載です。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子、写真:宇高尚弘/HEADS)