外国からの観光客が驚く日本の設備の一つに、温水洗浄便座の普及があると言います。ホテルや旅館、ショッピング施設やレストランなどはもちろん、駅や学校、公衆トイレでも普及が進んでいます。
しかしながら、「使用が過剰になると、肛門周辺の皮膚の炎症の原因になる、ヒリヒリした痛みやかゆみが生じる、また、痔の場合は悪化することもあります」と話すのは、大腸肛門病専門医・指導医で大阪肛門科診療所(大阪市中央区)の佐々木みのり副院長。
清潔を保ちたいという思いで使っている人は多いようですが、いったいどういうことなのでしょうか。詳しく聞いてみました。
温水洗浄をしすぎると皮膚のバリアーを損ねる
「肛門周囲のかゆみ、痛みを訴える若い女性は多い」と話す佐々木医師は、温水洗浄便座による皮膚への影響について、次のように説明をします。
「皮膚には、炎症などのダメージを防ぐバリアーと言える皮脂や常在菌が存在しています。肛門は便の通り道ですから、ほかの部位以上にそれらが存在する場所です。同時に、肛門周辺の皮膚は眼の周囲同様に、薄くデリケートでもあります。
そこに強い水流で、10秒以上の長い時間洗浄をする、頻繁に使うなどすると、皮膚にとって善玉である常在菌や皮脂を洗い流すことになり、皮膚が乾燥して免疫の力も低下します。
そもそもスッキリ排泄ができていれば洗う必要はありません。キレイに拭き取れないからと温水便座を使うようになるのですが、外だけ洗っても中に残っている便はそのままです。その便の刺激でかゆみが引き起こされ、かいたりこすったり洗ったりして皮膚がボロボロになり湿疹が形成されます。湿疹ができるとさらに、かゆみ、ヒリヒリ、ベタベタなどのさまざまな症状が起こります。
そもそも肛門は洗浄が必要な部位ではないので、洗いすぎるなど不自然な状況にさらされ続けると、ヒトの生体としての機能を損なうことになりかねません」
便秘の改善のためにと5分以上洗浄をする人も
洗浄のしすぎによる弊害で悩む患者さんの事例として、佐々木医師は、次の「よく見られるケース」を挙げます。
「便秘の改善にと、温水便座で5分以上も洗浄を続ける人がいます。また、排便しないときでも、トイレのたびににおい予防や清潔のためにと洗浄する人もいます。
すると、最初はかゆみで発症し、かいているうちにヒリヒリと痛くなる、出血もするようになります。皮脂がとれて乾燥した皮膚は湿疹化し、やがて浸出液でベタベタする感覚を覚えます。このベタベタがにおうのではと思い、洗浄をくり返しては症状がどんどん悪化します。
さらに、炎症を起こした皮膚は突っぱって伸縮性がなくなり、簡単に裂けるようになります。そのせいで切れ痔が多発したり、皮膚が硬くなって肛門が狭くなったりして、最悪の場合は便を出しにくくなります。こういった理由から、すでに痔がある場合では、予防のつもりの温水洗浄便座の使いすぎで、痔が悪化するケースはたくさんあります。
中には、便が肛門付近に硬く溜まっているからと、肛門から温水便座の強い水流で水を注入し、便を柔らかくして排出しようとする人もいます。排出のことだけを考えると体にいいと思えるかもしれませんが、この行為は肛門だけではなく、腸管の内部の粘膜を傷つける、またトイレのタンクの水やノズルのばい菌が腸管に入り込む、自分が持つばい菌をトイレにばらまく可能性も高まります」
温水洗浄便座の適切な使い方とは
日々、当然のように使用していた温水洗浄便座にそのようなリスクがあったとは……。
「おしりは見えにくい部分だけに、かゆみや痛みが出たときには炎症が進んで治るのに時間がかかることもあるでしょう」と佐々木医師。
ここで、温水洗浄便座の適切な使用法を教えてもらいましょう。
・できるだけ温水洗浄便座は使用しない。
・どうしても洗浄をしたい場合は、可能な限り、弱い水流で1~3秒にとどめる。
・洗浄は肛門の表面だけにする。便秘の改善のためにと、肛門から水を流し込むことはしない。
・「乾燥」機能は、皮膚の乾燥を助長するため、使用しない。
・排便時以外は洗浄をしない。
・肛門の周囲にかゆみや痛み、出血があるなど違和感を覚える場合は絶対に使用しない。
洗浄より、ペーパーで優しくふくほうがいい
排便後の方法について佐々木医師は、こうアドバイスをします。
「ちゃんと排泄できている肛門には温水洗浄は必要なく、ペーパーで優しくふき取るだけで十分です。温水洗浄がないトイレでは、不潔だから排便しないという人もいらっしゃいますが、それこそ便秘の原因になり、また温水洗浄をくり返して悪循環に陥ることがあるでしょう。
まずは、温水洗浄の水流をゆるめ、時間を短くしてできるだけ使用頻度を少なくすることから始め、徐々に使用しない状況に慣れるようにしてください」
デリケートな部位であるだけに清潔を保ちたい、また痔やにおい予防など、日常生活にとって良かれと思って温水洗浄便座温水洗浄便座を使用していましたが、思いもよらないこと、気づいていないことがたくさんありました。これからはトイレの習慣を改めるようにしたいものです。
佐々木医師は、過剰衛生習慣によって引き起こされるさまざまな病態を「過剰衛生症候群」と名付け、医学会での発表もあるとのことです。
次回、温水洗浄便座以外で気を付けたい方法についてご紹介します。
(取材・文 海野愛子/ユンブル)