もっと素敵な人たちに囲まれて楽しく暮らしたい。でも、今いるフィールドの外に出る勇気はない。
今の状態から何も変わらないまま、5年、10年があっという間に過ぎていったらどうしよう……。そんな漠然とした不安を抱えていませんか?
結婚生活がうまくいかなくなったことをきっかけに、家出からの宿なし生活を経験した、書店員の花田菜々子(はなだ・ななこ)さん。どん底まっしぐらの中で、謎の出会い系サイト「X」に登録し、そこで出会った人たちに本をすすめ始めます。
このたび『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社)を上梓した花田さんに、自分のフィールドから外に踏み出してみた当時のことについて、話を聞きました。
負の原動力が、今いる世界の外に押し出してくれた
——花田さんは、約5年前に、サイト「X」で出会った人に本をすすめていたんですよね。自分の得意なことを価値に変換して、ギブアンドテイクするようなことは、今はウェブの世界で普通に行われていますけど、その頃はまだそういうサービスも考え方も、少なかったんじゃないですか?
花田菜々子さん(以下、花田):そうですね。今よりはきっと少なかったと思います。ただ、当時も、1回500円で自分の得意なことを販売するというサイトは見たことがありました。そのサイトでは、たくさんの人が「アイコンになるような似顔絵を書きます」とか「占いをします」とか、自分の得意なことを掲げていたんですね。でも、この人にだったらお願いしたいと強く思えるポイントが見つからないというか……。「埋もれているな」というのをすごく感じていたんです。
そういうのを見ていて、Xで抜きん出るにはどうすればいいか考えて実行したのが、本をすすめるという作戦でした。最初の頃は、プロフィールの職業欄に「セクシー書店員」とか書いて失敗もしたんですけど。
——募集コメントに「Hになればなるほど固くなるものなーんだ?」と、セクシーなぞなぞを出していたそうですね。キャラが想像できない(笑)。
花田:あれは良くなかった。悪目立ちは良くないというか、抜きん出るのにも工夫がいるんです。そういうことを、Xをやりながら実地で学んでいきました。あ、ちなみになぞなぞの答えは「鉛筆」です!
——実地で学ぶという感覚は大事ですよね。ウートピ世代の中には、常に正しいレールを歩みたいという女性も多いです。だから、1個失敗すると「あ、もうダメだ」ってなっちゃう。花田さんが、失敗に気付いた後も、Xを続けようと思えたのはなぜですか?
花田:当時は夫と別居した直後で、いろいろな感情がくすぶっていました。私はもともと、知らないところに転がっていくのが好きな性格ですが、いくら好奇心が強くても、そういう負の原動力なしに、今いる世界の外に出ることって難しいのかなと思います。とはいえ、「別居したから出会い系をやるぞ」とヤケになっていたわけじゃないですよ。
たまたま本を見ていたときにXを知り、そんな変なサービスがあるんだと思って、試しに開いてみました。使い道を考えていたときに、上司に本を30冊すすめたことを思い出したんですよね。「あれはエキサイティングな体験だったな」って。またああいう体験ができるかもしれないという高揚感と、ネガティブな現状に置かれていたパワーとが合わさって、続けることになったのかなと思います。
落ち込んでいるのは、自分の一部だけ
——著書には、もともとSNSが苦手だったと書かれていましたね。私もmixiが流行り始めたときに、「自分のプライベートをさらすなんてあり得ない。絶対にやるもんか」と、謎の警戒心を持っていたんです。でも、仕事でFacebookをやらざるを得なくなり、登録してみたら「なんだ、普通の人間関係と変わらないじゃん」と拍子抜けしました。
花田:ちゃんといいつながりもあるじゃん、みたいな。
——そうなんです。花田さんの場合は、その入口がXだったのかなと思いました。元の職場であるヴィレッジヴァンガードっていう空間から抜け出してみたときに、こんな世界があるんだっていうふうには思ったと思うんですけど。怖がらずにずんずん進んでいけたのは、何が大きかったのでしょう?
花田:例えば、仕事や人間関係がうまくいかないと、自分の人生すべてがうまくいっていないように感じてしまうことってありませんか? 当時の私は、普段いる世界がつまらなくて、「このままだと、24時間ずっと暗い顔ばかりになってしまう」という危機感があったんですよね。仕事に行く前に、鏡の前で「よし、笑顔で頑張るぞ」と気合いを入れることで改善されるレベルじゃないというか。
そういうときに、外に出て、知らない人と話してみると「あくまで仕事をしている自分が、今ちょっと落ちているだけなんだ」ということが見えてきたんです。そういうふうに、自分の状態を客観視できたのも、Xに登録したことで得た救いでした。
——24時間ずっと暗い顔のままになってしまうというのは、具体的な問題があったからですか? それとも、漠然と何かが不安というような状態だったんですか?
花田:具体的な問題がありました。会社の経営方針が変わることにも不満を抱えていましたし、店のスタッフも、ストレスが多かったのかクレーマーみたいになっていて。プライベードでも、夫との別居を知っている人の前では、「あんなに楽しそうな夫婦だったのに、うまくいかなくなってしまった自分」というふうに振る舞わなければいけないんじゃないかとか。負のスパイラルでした。
失望感より「オモシロ〜」の気持ちが勝った
——そういうバックグラウンドを知らない人と話をしたり、つながったりしたかった?
花田:そうですね。しかもXは、毎回ゼロからスタートできるのが良かったです。出会ってからの30分が自分の勝負。そこで「なんか面白い人だな」って思ってくれたら、ちょっと元気が出るというか。私が知ることができるのは、その人の人生の一番外側かもしれないですけど、30分話したら、わかり合えることも多いんですよ。
——一方で、変な人に遭遇する確率も高かったんですよね。「ヤリ目的」だった最初の2人とか。
花田:確かに、変な人も多かったです。でも、私としては、最初の2人を否定的に書いたつもりはないんです。実際にコンタクトして、Xという世界に引っ張り込んでくれたのは、その2人でしたし。もちろん、「結局そういうことか」と、がっかりする部分はあったんですけど。彼らの堂々たる生き方というか、ある種のなりふり構わず感というか、そういう部分には勇気をもらいました。
——読みながら「この人、よくめげないな」と思いました。私だったら、絶対ここでめげるなって……。
花田:2人続けてそういう人に当たって、やる気は多少下がったんですけど、自分の中では「オモシロ〜」っていう気持ちのほうが強かったんですよね。サイト1つで知らない人とつながって、実際に会って、初対面の人が「セックス、セックス」と言ってくる。「それってオモシロ〜」と感じたんです。
——もし旦那さんとうまくいっていたら、Xに登録しようというふうにはならなかったですか?
花田:今もたまに考えるんですけど、もしXをやっても、そこでうまくいっていなければ、夫と寄りを戻していた可能性もあるのかなあ、と。新しい世界を見つけて生きていく自信につながったので離婚に踏み切れたけれど、パラレルワールドのように分かれ道があったのではないかと……。どちらが最善かはわかりませんが、今はこっちの人生で良かったと思っています。
(取材・文:東谷好依、写真:面川雄大、撮影協力:HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGE)