なぜ、フランス人は100人以上が殺されても“日常”を守るのか? あのテロから1年

なぜ、フランス人は100人以上が殺されても“日常”を守るのか? あのテロから1年

ひとり旅とカメラをこよなく愛する編集者の宇佐美里圭(うさみ・りか)さん。今回の旅先はフランス・パリです。

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“危険な感情”に振り回されないパリの平静

あの夜は、たまたま知人とパリのオペラ・ガルニエの近くで早めの夕食の約束をしていました。それまでは暇だったので、マレ地区を散歩しながらインテリアショップをのぞき、日が暮れてからポンピドゥ・センターへ。「約束がなければ、あと1時間くらい見たかったな……」と思いながらも、足早にメトロへ向かいました。

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なんとく物騒な雰囲気を感じ、緊張して歩いたのを覚えています。その後予定通り夕食を食べ、早めに家に帰ると、Airnbnbのホストだったパリジェンヌが「大丈夫だった?」と聞いてきます。何のことかわからず、「何かあったの?」と尋ねると、「市内で爆発があったみたい」。急いでテレビをつけると、徐々に大変なことが起こっているのがわかってきました。そう、130人余りが犠牲になった2015年11月13日のあのテロでした。

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その日は金曜日。彼女はまさにあの惨劇が起こったレストランの一つに行く予定だったそう。それが急にキャンセルになり、家にいたのです。多くの犠牲者が出たバタクラン劇場周辺は、私も昼間歩いていたエリア。さっきまでいたポンピドゥ・センターからは歩いて20分くらいです。もしも夕食の約束がなかったら、もしも数時間ずれていたら……ぞっとしました。

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日本が朝を迎えると、日本語でも続々と情報が入ってきます。現地のテレビとネットを見ながら、不安な一夜を過ごしました。

そして翌朝。「これからどうなるんだろう」と不安な気持ちで窓を開けると、そこにはいつもと変わらないパリの風景。真っ青な空。とてもとても静かで平和な朝でした。

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「非常事態宣言」を知ったのは日本からのメールです。犯人も捕まっていないし、事件の全貌も明らかでないままでは外へ出るのは正直怖い。「しばらく家から出られないのだろうか」「食料調達しなきゃいけないかな」。いろいろ考え始めていた時、家にいたフランス人の彼女はふらりと出かけて行きました。「大丈夫なの?」びっくりして聞くと、逆にびっくりして「もう落ち着いたから大丈夫よ」とけろり。すぐ近くで100人以上が殺されているのに? 犯人も捕まってないのに?

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午後になり、私もおそるおそる街へ出て、びっくりしました。そのあまりにも普通な光景に。何もこれまでと変わっていない日常に。お店は開いているし、子どもも街を歩いている。すべてがいつもと同じ。

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ルーブル美術館の方へ行ってみると、観光客もたくさんいます。あの悲惨なテロから24時間も経ってないのに、数キロメートル先で100人以上も殺されているのに、バルで飲んでいる人がいるし、のんきに記念撮影をしている観光客もいる。唯一違うのは、フランス国家警察が時おり目に入るくらい。

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後日あるフランス人が言いました。「日本人って地震があっても動じないでしょう。それと同じ。フランス人はテロがあっても動じないんだよ」。

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そんなものでしょうか。よくわかりませんが、この時に思いました。“普通であること”“平常心であること”は確かにとても大切だと。異常なことが起こっている時はなおさら。判断を間違えるのは、必要以上の不安を抱えている時です。不安は妄想であることがほとんど。人を動かしやすい“危ない感情”でもあります。

あれからちょうど1年。改めて犠牲者のご冥福をお祈りします。

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