急にみぞおちのあたりが痛くて苦しい、むかつく、吐いた、血も出た…というとき、思い浮かぶのは「もしかして胃潰瘍(かいよう)では? ピロリ菌? ストレス?」といったことです。よく耳にする胃潰瘍とはどういう病気なのでしょうか。
症状、原因、ピロリ菌のこと、検査や治療法、セルフケアについて、著書に『胃は歳をとらない』(集英社新書)がある消化器病専門医・指導医の三輪洋人(みわ・ひろと)医師に連載で尋ねます。
胃潰瘍とは胃の粘膜がえぐれた状態
——胃潰瘍とは、胃に何が起こっているのでしょうか。
三輪医師: 内視鏡で検査をすると、健康な胃の粘膜には炎症や腫れは見られず、なめらかな状態です。しかし、胃の粘膜が何らかの原因によって機能が低下すると、胃液に含まれる胃酸によって胃の壁がえぐれたような状態になる場合があります。これが胃潰瘍で、痛みを伴います。
また、胃潰瘍には白色の炎症物質が溜まります。周囲は腫れて出血することもあります。

白い炎症部分が胃潰瘍。黒い管は内視鏡。
画像:兵庫医科大学消化管内科 転載禁止
みぞおちから脇腹、背中が痛む。吐血や下血も
——どういう症状が現れますか。
三輪医師: 主な症状は、胃の痛み、とくにみぞおちから左の脇腹や背中が痛む、重苦しい、むかつき、吐き気やおう吐などです。食事をして少し時間が経ったときや空腹時に起こりやすくなります。
また、急に激しく痛み、また、胃潰瘍から出血すると吐血(とけつ)や、黒い便が出る下血(げけつ)、貧血、立ちくらみ、動悸(どうき)、息切れなどの症状が現れる場合もあり、つらく苦しいことになります。
——「胃潰瘍は一夜でできる」と聞いたことがありますが、実のところはどうなのでしょうか。
三輪医師: 胃潰瘍は「一方向性に治癒する」と考えられています。つまり、突然に起こってその後数週間かけてゆっくりと治っていきます。薬はその経過を早めるように助けるわけです。一夜でできると表現されるのは、そういう症状の例えでしょう。
胃潰瘍の原因は「ピロリ菌」と「鎮痛剤」
——胃潰瘍の原因は何でしょうか。
三輪医師: 主に、「ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)」と「NSAIDs(エヌセイズ:非ステロイド性抗炎症薬。鎮痛・解熱・抗炎症作用がある薬のこと)」があります。それぞれの特徴はこうです。
ピロリ菌……幼少期に、不衛生な水や食べ物の中に存在するピロリ菌を口にすると感染します。母子感染が多いと言われ、除菌をしなければ胃の中で生き続けます。中年になってから、「胃の不調で検査をしたらピロリ菌の存在が発覚した」という人は多いのです。
ピロリ菌は針のようなものを持っていて、胃の粘膜に有害なタンパク質を注入します。それが原因でただれが生じます。すると、胃酸から胃の粘膜を守っている粘液の分泌量が減り、炎症が進みます。
胃潰瘍や胃がんの人の約8割からピロリ菌の存在が確認されたという報告があります。ただし衛生環境が良くなった日本では、現在の若い世代ではピロリ菌の感染者数は減っていて、そのため、胃潰瘍の患者の数も減少していることがわかっています。
NSAIDs ……処方薬でも市販の薬でも広く用いられている解熱・鎮痛・抗炎症作用がある薬のことで、ロキソニン、ボルタレン、イブ、バファリン、セデス、ノーシンなど複数の医薬品が知られています。これらの常用、多用が、ピロリ菌以外の胃潰瘍の原因の多くを占めています。
「NSAIDsを服用する人は、服用していない人に比べると胃潰瘍を発症する危険性が約10倍高い」という報告があります。
NSAIDsは、体のどこかが痛むときに産生される通称「痛み物質」のプロスタグランジンを抑えるように働きます。そして炎症を鎮めて痛みを緩和し、熱を下げます。ところがこの痛み物質が抑えられると、胃の粘液や血流が減少するのです。すると、胃酸によって胃の粘膜がダメージを受けやすくなり、胃潰瘍を発症する原因となります。
内科で鎮痛剤を処方されるときには、胃の粘膜を保護する薬をいっしょに出されるでしょう。それは鎮痛剤の副作用から胃の粘膜を守るためです。
ただし最近、この胃粘膜保護剤はほとんど胃潰瘍の予防効果がないことがわかってきました。NSAIDs を長期間服用するときには、胃酸を抑えるプロトンポンプ阻害薬(PPI:胃酸の分泌を抑える薬で。逆流性食道炎などの治療にも用いる)の併用が有効であることが証明されています。
——知人に、「胃潰瘍を発症しているのに痛みが現れなかった。真っ黒い便が出てかかりつけ医を受診したら気が付いた」という人がいます。
三輪医師: 比較的多くみられるケースです。黒い便のほか、突然の吐血などで発覚することもあります。また痛みではなく、胃の重さや全身のだるさなど、さまざまな症状を訴える人も少なくないので注意が必要です。
ストレスは胃潰瘍の原因なのか?
——ストレスが胃の病気に影響すると言われます。胃潰瘍との関係はどうなのでしょうか。
三輪医師: 患者さんに、「胃潰瘍はストレスが原因ですか」とよく聞かれますが、ストレスがあれば誰もが胃潰瘍になるわけではありません。ただし、ピロリ菌に感染している場合は、少しのストレスや喫煙でも胃潰瘍を発症しやすいことがわかっています。
一方、ストレスが原因となって、胃の別の病気である「機能性ディスペプシア(※)」を発症するケースはあります。これはかつては慢性胃炎や神経性胃炎といわれていた病気で、近ごろ、患者さんの数が急増しています。
※「胃もたれがつらいのに異常なしって何の病気? 機能性ディスペプシアって?」を参考にしてください。
ストレスはどの病気にとっても悪影響を及ぼします。とくに、胃、腸、肝臓、すい臓などの消化器官は影響を受けやすいため、できるだけストレスを避ける必要があります。
いずれにしろ、お話ししたような症状があるときは、早めに消化器内科か内科を受診しましょう。
聞き手によるまとめ
胃潰瘍とは胃の粘膜が傷ついて炎症が起こる病気で、その原因は幼いころに感染したピロリ菌か、解熱鎮痛抗炎症剤の常用にあること、ストレスや喫煙も発症に影響するということです。暴飲暴食をしていないのに、みぞおちあたりが痛む、重苦しいなどが続くとき、それは胃潰瘍かもしれません。次回・第2回では胃潰瘍の検査、治療法について尋ねます。
(構成・取材・文 品川 緑/ユンブル)