6月下旬、下北沢の「本屋B&B」で、吉田潮さんの新刊『ふがいないきょうだいに困ってる』(光文社)の刊行記念イベントが開催されました。吉田さんは、本作刊行後、「実はうちのきょうだいも……」と相談を寄せられることが増えたそうです。人知れずモヤモヤを抱えている人が多いかもしれない「ふがいないきょうだい」問題。
ドイツ出身のコラムニストのサンドラ・ヘフェリンさんをゲストに迎え、具体的なエピソードを交えながら「きょうだい」と「家族」について語り合ったイベントの一部を抜粋してリポートします。
ドイツで「ひきこもり」が成り立たない背景
吉田潮さん(以下、吉田):最初に確認するけど、サンドラには、ふがいないきょうだいはいないんだよね?
サンドラ・ヘフェリンさん(以下、サンドラ):そうですね。唯一のきょうだいである弟が、私に対してどう思っているかは不明ですけど(笑)。ただ、今は関係が良好でも、将来的にはどうなるかわからない。70代や80代になってから、突然、問題が浮き彫りになる可能性もあります。この本を読んで「私たちもいつどうなるかわからないな」って、より思うようになりました。
吉田:今回、うちの母を含めて12人の方にお話を聞き、「実家から離れない」「金の無心をする」「暴言を吐く」「宗教にはまる」という4つのタイプにざっくりと分けました。1つ目の「実家から離れない」っていうのは、日本とドイツを比較するとどうなのかしら?
サンドラ:ドイツで実家から離れない人は少数ですね。ドイツは成人年齢が18歳で、成人になったら家を出たいと考える人が多いし、親も早く出て行ってほしいと思っています。実家に残っている人の理由も、家から離れたくないというよりも住む場所がないからという理由が多いかな。私の出身地のミュンヘンは、東京と違ってあまり新しい建物を作らないんです。だから、空き部屋の競争率がものすごく高くてやむなく実家に残るという感じ。
吉田:私は、親元を離れた方がいいと思っているので、ドイツの価値観の方がしっくりきます。いまの日本では、親が子どもの生活の面倒を見てあげるケースも多いし、「ひきこもり」もすごく多いよね。
サンドラ:ひきこもりはドイツで聞いたことがないです。統計がないので、全くいないとは言い切れないですけど。ひきこもりがどうして成り立つかというと、部屋から出てこなくても、親が心配してドアの前に食事を置いていってくれるからですよね。ドイツの場合は、基本的に「食べたいなら自分でやれば?」っていうスタンスなので、食べ物にありつくには自分で行動しないといけないんですよ。
お金、暴力、宗教……家族を振り回す「困ったきょうだい」
吉田: 2つ目の「金の無心をする」、3つ目の「暴言を吐く」きょうだいに困っている方も多かったです。今回、暴言だけでなく、実は兄から性暴力を受けたと話してくれた方が2人いらっしゃいました。知り合いから性暴力を受けた話もよく聞くけど、加害者がきょうだいだと、より周りに相談しにくいんですよね。
サンドラ:言えないだけで、潜在的な数は結構多いんじゃないかと思います。
吉田:日本ではタブー視されていて、メディアでもなかなか取り上げてもらえない問題でもあるよね。その話をしてくれた方は、信田さよ子さんと上間陽子さんの『言葉を失ったあとで』と、小松原 織香さんの『当事者は嘘をつく』(ともに筑摩書房)を読んだって教えてくれました。それで性被害の問題がオールクリアになるわけではないんだけど。何か自分の中で区切りをつけたいって思うようなことがある人には私もこの本を勧めてあげたい。
サンドラ:家族の中の男性が女性にそういうことをするのは「よくあること」なんて一言で片付けられてしまうのは理不尽。
吉田:4つ目は「宗教にはまる」きょうだい。ドイツでは、家族の宗教問題はどんな感じなの?
サンドラ:ドイツでも、家族の宗教問題はあります。この本に出てくる新興宗教団体の信者も数多くいます。この団体の輸血の拒否は問題となりました。例えば、子どもが事故に遭ってケガをしたときに、親が「うちは信仰上の理由で絶対に輸血しないでください」って言ってくることがある。何年か前に、そういう場合は一時的に親から親権を剥奪して、輸血していいことになりました。それから、二世問題もあります。新興宗教を信じている人は、その信仰を子どもにも絶対に強要しますから。
吉田:きょうだいを勧誘するっていう話は、聞いたことある?
サンドラ:以前、ドイツ人の知り合いから、インド系の新興宗教にはまった弟さんの話を聞いたことがありますね。「一緒に修業しにインドに行こうよ」って、いろいろな人を誘っていたんだって。その宗教は、一度修行に行ったら戻って来られないみたいな噂があるところだったから、勧誘されても断ったそうですが。「あいつとは話にならないから、もう口をきいてない」って言っていました。
日本独特の「長男教」という”病(やまい)”
サンドラ:この本に出てくる「ふがいないきょうだい」は、お兄さんが多いですよね。
吉田:そう、兄枠がすぐ埋まっちゃう。もちろん、取材をさせてくださった方がたまたま妹や弟だっただけかもしれないけど。その一方で、長男を優先するとか、「男の子なんだから」って言われてプレッシャーを感じた兄が弱っちゃうとか、日本独特の背景があるのかなとも思いました。
サンドラ:「長男教」っていうやつですね。先日、ネット掲示板を見ていた時に「私には娘と息子がいます。介護は娘にしてほしいですが、家と現金は息子に残したいと思います」みたいなツッコミどころ満載の相談を見つけたんです。その相談への回答として「あなたは長男教にはまっています」って書いてあったんですよ。
吉田:言い得て妙だね。日本だと「息子が上京して一人暮らしするのはいいけど、娘は実家から通える短大や大学に通ってほしい」っていう価値観がまだ残っていると思うけど、ドイツでは、成人になったら性別に関係なく「みんな早く出て行け」っていう感じなの?
サンドラ:性別は関係ないし、長男、次男って区別する感覚もないですね。もちろん、他人に話すときは「一番上の息子」って言うこともあるけど、それは単に年齢が上って言っているだけなんですよ。
吉田:なんか、目から鱗が……。
サンドラ:そもそも言語の問題で、日本だと「お兄ちゃん」「お姉ちゃん」って呼び方をするけど、ドイツ語や英語にはそういう呼び方がないから、必然的に名前で呼ぶんですよね。ちょっと話が飛びますが、私は同年代の日独ハーフの知り合いが多いんです。ずっと日本で暮らしていたけれど、親が離婚した場合、日本側の家族に「長男は日本に置いていけ」と言われることがあるみたい。それで、ドイツ人のお母さんは長男をやむなく日本に置いて、妹だけ連れてドイツに帰るんです。そういうケースを何件か知っていますね。
吉田:やっぱり「男が継承者」っていう考えなんだね。今回の取材で、性差の影響って大きいなと感じました。これって日本独特だと思うし、多分、私たちも、家族内で性差があって当たり前だと思い込まされてきた部分があると思います。
「地獄の合宿」と化すドイツのクリスマス事情
吉田:「家族礼賛」や「世間体」についても話をしたいと思っていて。家族を美化したり、やたら絆を強調したりっていうのも、日本独特なのかな?
サンドラ:ドイツにも、家族を美化する傾向がないわけではなくて。それが如実に表れるのがクリスマスです。ドイツのクリスマスは、家族仲がどんなに悪くても、一緒に過ごさなきゃいけないんですよ。24日は家族と一緒に特別なソーセージを食べて、25日は祖父母の家に遊びに行く。26日になると、遠い親戚の家とかいろいろなところを回るんです。その3日間は、大嫌いな人とも顔を合わせなきゃいけないんですね。
吉田:地獄の合宿みたい……。
サンドラ:物騒な話だけど、ドイツのある統計によると、クリスマスシーズンは、家族間の暴力沙汰や殺人事件が増えるそうです。もともと会わないようにしていた親やきょうだいが集まるし、クリスマス期間はお店も閉まっているので、逃げ場がないんですね。私は、ドイツのクリスマスは、一種の”病(やまい)”だと思っています。
吉田:そもそも、家族が仲良くなきゃいけないのは何でだろう? うちは、家族仲はいい方だと思うんです。ただ、姉がふがいないのは確かなので、一番下の私が墓じまいをしなきゃいけないんだろうなって、諦観とも絶望ともつかない複雑な気持ちなんだよね。
サンドラ:そういう複雑さを、人に言えずに抱えている人も多そうですよね。ドイツが日本と違うのは、家族仲が悪いとか、世間的にみっともない話があることを、恥ずかしいと思わない人が多いんですよ。例えば、近所の人とばったり会ったときに、家族内のディープな話をベラベラ話す。世間に知られないようにしようっていう感覚は、ドイツ人にはないですね。
吉田:そこも、実はふがいないきょうだいから脱するヒントのような気もしていて。もうちょっと家族の話をオープンにできたら、深刻さが緩和されるんじゃないかなって思います。今日、サンドラの話を聞いて、ふがいないと思っている側が意識を変えるのもありかなと思いました。
あと、きょうだいは、別に助け合わなくてもいいんですよ。取材では弁護士の先生にもお話を聞いたんだけど、きょうだいの扶養義務ってあるようでないんだそうです。たとえば、パンが1個あるとするじゃない。未成年の実子に関しては扶養義務があるのでそのパンを分けてあげなきゃいけないんだけど、きょうだいの場合は分けなくていいですよっていう感覚なんだって。
サンドラ:家族といえども「自分」ではないから、深刻に考えすぎず、ある程度切り離して考えることも大切かなと思います。
吉田:外部の専門家にサポートを頼んでもいいわけだし。「家族の問題は家族で解決するべき」という思い込みをまず手放せるといいですよね。
(構成:東谷好依、編集:安次富陽子)