「生命科学アカデミー」筑波大学柳沢正史先生に聞く 第5回

日本の住宅はコンビニ並みに明るいらしい。眠りと光の関係を睡眠のエキスパートに聞いてみた

日本の住宅はコンビニ並みに明るいらしい。眠りと光の関係を睡眠のエキスパートに聞いてみた

人生100年時代と言われる現代ですが、長生きをしても「健康」でなければ自分の満足のいく人生を送れないかもしれません。健康を維持しながら長生きができれば、より自分らしい人生プランを考えることができるのではないでしょうか。

健康に生きるためにいま注目されていることのひとつが「睡眠」です。睡眠時間の長さだけではなく、「睡眠の質」について気にしている人も増えています。スマートウォッチのようなウェアラブルデバイスで睡眠の状態をチェックしたり、運動やストレッチ、サプリメントや飲料などで睡眠の質を向上させたりしている人もいます。

「健康長寿」を目指し、最先端の研究を学ぶYoutube番組「生命科学アカデミー」では、今回、ゲストに筑波大学の柳沢正史先生をお迎えしました。同プログラムのHIROCO学長が聞き手となり、「睡眠」の奥深さについて迫ります。

柳沢先生(左)とHIROCO学長(右)

体内時計と光の関係

──今日は、睡眠と病気の関係についてお話を聞いていきたいと思います。さっそくですが、柳沢先生が「体内時計が非常に重要」だとおっしゃっているのをうかがいました。体内時計という言葉は私も聞いたことがありますが、改めて詳しく教えていただけますか。

柳沢正史先生(以下、柳沢):はい、私たちの体の細胞には、ほぼ全ての細胞それぞれに、24時間を刻む分子時計が入っているんですね。

──全ての細胞に、ですか。

柳沢:ええ。その分子時計のメカニズムは、2017年のノーベル生理学・医学賞を受賞したほどホットな分野です(※)。それぞれの細胞が持っている時計を束ねているマスタークロックと呼べるようなものが、脳の一番奥深くにあります。難しい言葉ですが、「視交叉上核(しこうさじょうかく)」という脳のすごく小さな構造があり、そこにあるんです。視交叉というのは「視神経が交差する」という意味で、核がその上にあるということです。

※アメリカのブランダイス大学のホール(Jeffrey C. Hall)博士、ロスバシュ(Michael Rosbash)博士、ロックフェラー大学のヤング(Michael W. Young)博士が、サーカディアン・リズム(体内時計)を生み出す遺伝子とそのメカニズムを発見し、2017年にノーベル生理学・医学賞を受賞した

──真ん中あたりでしょうか。

柳沢:真ん中の一番ボトムですね。なぜそこにあるかというと、理由があります。

目から視神経を介して、脳に光の情報がいきますよね。目から入った光の明るさの情報が、直接その視交叉上核というマスタークロックに入力されているんです。そうすると何が起こるかというと、朝早い時間帯に、強い光、特にいわゆるブルーライトといわれる短波長の光が目に入ると、マスタークロックに対して「もう朝だよ」というシグナルになるわけです。「時計の位相」といいますが、ちょっと針が進むことだと思ってください。

ブルーライトというのは、青い色、まさに青空とかの色です。進化論的にも、分子時計が青空の色にチューニングされているということですね。

──なるほど。

柳沢:逆に、夜の時間帯に強い光を目に入れてしまうと、「まだ昼ですよ」というシグナルになってしまいます。時計の位相が少し遅れてしまうということです。これを繰り返していると、分子時計がどんどん遅れていってしまう。いわゆる「夜にブルーライトを見るのは良くないですよ」という言説はそこからきています。

スマホが原因だと思ったけれど…

──寝る前のスマホいじりはほどほどにしたほうが良いですね。

柳沢:でも正直、日本の場合は、スマホ自体よりも家そのものが明るすぎるんです。

──言われてみれば、確かにそうですね。

柳沢:そちらのほうが問題です。確かに、スマホの画面があまりに明るいのは良くない。ですが面積が小さいので、光の総量としてはたいしたことはありません。今のスマホはみんなよくできていて、ブルーライトをカットするために、夜は黄色っぽくなったりするじゃないですか。

ですが、日本の典型的な住宅は、リビングダイニングや、下手すると寝室にある天井の光が明るすぎます。この部屋も、オフィスなので相当明るいのですが、このくらい明るい家がざらにあります。夜の住宅は、そんなに明るい必要がないんです。

私がよく言うのは、ちょっと雰囲気の良いレストランとか欧米のホテルの部屋を想像してくださいということ。だいたいが、天井にライトがありません。ちょっと薄暗い、ボワッとした光でね。高級なレストランだと、手元だってそんなに明るくないです。

——そうですね。

柳沢:ちょっと暗いくらいのほうが、雰囲気が良いし食べ物もおいしく見えると言われています。ですから、そのぐらいにしましょう、と。

──(光を)抑えるほうがいいんですね。

柳沢:日本の住宅はコンビニ並みに明るい、といわれているので。あれは良くないです。

夜のホルモン「メラトニン」

──なぜ、夜は部屋を暗くする必要があるのでしょうか。

柳沢:体内時計に「もう夜ですよ」というシグナルを送らなければいけないからです。暗いということが、そのシグナルになるんですね。人間を含めた全ての動物は、進化の過程で、地球の自転、昼夜ですよね、その時計に合わせた分子時計を獲得してきたわけです。だから、ちゃんと時計に「夜ですよ」と知らせてあげなければいけない。

──ホルモンバランス的にも必要なことですか。

柳沢:はい。体内時計が24時間を刻んでいて、睡眠・覚醒のサイクルもそれによって制御されています。しかし、実はそこのメカニズムは、まだはっきりとはわかっていません。体内時計と睡眠の調節がどう繋がっているのかということは、まだきちんとわかってはいないものの、ひとつ言えることとして、橋渡しをしているのは「メラトニン」だといわれています。

──メラトニン、聞いたことあります。

柳沢:メラトニンは、俗に「夜のホルモン」といわれていて、健常な人だと夜にだけ分泌されます。大体、夜の9~10時くらいから、朝の6~7時くらいまでの間だけ。だからちょうど、標準的には眠っている時間帯だけ分泌されて、昼間はほとんどゼロ。このメラトニンが出ているときは、やっぱりきちんとよく眠れます。逆に昼間に眠ろうとしても、あまりよく眠れないように人間はできています。それをきちんと実験した人がいて、昼の睡眠、夜の睡眠を比べると、昼の睡眠の質がやっぱりすごく悪いです。

──そうなんですね。

夜に強い光を浴びない生活を勧める理由

柳沢:だから、夜勤などのシフトワークをしないといけない方は本質的な、生物学的な問題を抱えているといって良いと思います。人間は、昼に眠ってくださいと言われても、夜と同じようには眠れないようにできているのです。その理由のひとつが、メラトニンがあるかないかが効いてくるからです。

──夜にお仕事がある方は、損をしてしまっているかもしれないですね。

柳沢:これは本当に結構重大な問題です。酷い話ですが、アメリカの研究で、夜勤している看護師さんは、夜勤をしない人よりも、ある種のがんの発症率が高いという報告があります。だから、やっぱり本当に良くない。

──夜しか出ないメラトニンというものが、未病に繋がっているということが少しずつわかってきているということでしょうか。

柳沢:そうですね。例えば、さっき「夜に強い光を浴びるのは良くない」と言いましたが、夜に強い光を浴びてしまうと、それだけでメラトニンの分泌が抑制されてしまいます。

──もったいないですね。

柳沢:そうなんです。

──健康長寿のキーワードとして、ぜひ「メラトニン」をみなさんに覚えていただけたらと思います。

◆本日のまとめ
・細胞ひとつひとつに24時間を刻む分子時計が入っている
・日本の家は夜が明るすぎる!
ちょっと雰囲気のいいレストランや欧米のホテルの部屋の明るさを参考にしよう
・体内時計と睡眠の調整の橋渡しをしているのが「メラトニン」
・人間は、昼間は眠くならないようにできている

(第6回へ続く)

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