マッチングアプリ、リモート飲み、迷惑系YouTuber …今、世の中で起きていることやトレンドをふんだんに盛り込んだ結城真一郎(ゆうき・しんいちろう)さんのミステリー短編集『#真相をお話しします』(新潮社)6月30日に発売され、7月19日には4万部の重版が決定。発売からわずか20日で、累計発行部数6万部を突破しました。
結城さんといえば、2018年の『名もなき星の哀歌』で第5回新潮ミステリー大賞を受賞し、小説家デビュー。21年には、短編小説『#拡散希望』(「小説新潮」掲載)が、第74回日本推理作家協会賞の短編部門を受賞。そして、22年には、『救国ゲーム』が第22回本格ミステリ大賞候補に選ばれるなど、ミステリー界の超新星として注目を集めています。
今回、初の短編集を上梓した結城さんに、同作への思いやミステリーの魅力、会社員との両立などについてお話をうかがいました。前後編。
小説家と会社員の“二足のわらじ”を続ける理由
——普段は、会社員としてお仕事をされているそうですね。いつ、執筆活動をされているのですか?
結城真一郎さん(以下、結城):土日もしくは仕事が終わったあとしか物理的に時間が取れないので。その時間で書いています。
——会社員と小説家の兼業は、スケジュール的に大変そうですね。
結城:そうですね。ただ、仕事を辞めてしまうと、自分本来の興味関心であれば出会わなかったものたちとの出会いがなくなってしまうと思っていて。そうなれば、創作に対して、もしかしたらマイナスになってしまうかもしれない。だから、そのバランスが難しいですよね。仕事の最中でも、「これは作品に使えるんじゃないかな?」とか思ったりもしますし。まあ、小説家としての視点はできるだけ排して仕事に集中しようとは思っていますが、ゼロだとは言えないですね(笑)。「これはどこかで使えるかも……」って頭の隅で考えてます。
——ジャンルに限らず、小説家の方は “今の空気感”を繊細に感じ取っている方が多いような気がします。
結城:確かにそうかもしれません。日頃からアンテナを広く張ろうと思ってますし、その中で、「おや?」と感じた気持ちを作品に活かしたいと考えていて。実際に生かせているかどうかは分からないですけど、そういう姿勢は常に持つようにはしてます。
例えば、今回の作品に出てくる精子提供の話なんかも、最初はそんなことがあるなんて知らなかったんです。でも、Twitterで多くの人がリツイートしてたり、ネットニュースで読んだりしているうちに、興味が湧いてきて。そこから本を読んだりして、「こういう問題があるのか」「こういう人がいるのか」ということを知って着想を得ました。
だから、常に広くアンテナを張って、気になることがあれば、さらに突っ込んで調べるということを心掛けています。それがうまく文章に出てくれれば良いんですけど、そこはまだ修行の身なので……。
新しい人と出会うことの意味
——今回の短編集に収録されている話の一つ『惨者面談』では学生時代の塾の営業というアルバイト経験がもとになっているそうですね。今も営業職をされていると伺いました。
結城:人と話すことが好きだったのと、初対面の人とどう打ち解けるかというところに魅力を感じて営業職を選びました。「どうやってアプローチしていけば心を開いてもらえるか?」とあれこれ策を練るのが、たまらなく面白いです。学生時代は4年間、家庭教師を斡旋(あっせん)する営業をやっていたので、『惨者面談』で書かれていることはほぼ自分の体験です。唯一、あんな変な家に行ってないというだけで、それ以外はほぼノンフィクションと言っていいかもしれません。
——“人との出会い”における醍醐味(だいごみ)とは何でしょうか?
結城:やっぱり、自分の知らない発見をもたらしてくれることだと思います。いつも一緒にいる人たちだけだと、どうしても似通ってきちゃったりして、滞留してしまうというか。あんまり刺激がなくなってしまうんですけど……。一方で、新しい人たちと出会って話を聞いてると、「そういう物の考え方があるんだ」とか、自分の中で新たな発見があったりするんです。それは、さきほど申し上げた「どうやってアプローチしていけば心を開いてもらえるか?」という楽しさとは別の次元として、出会った人と話すことで広がる世界や、新しい価値観を得られること自体が、楽しいなと思いますね。
——それらは、小説につながる部分もあるのでしょうか?
結城:あると思います。小説を読んでいて「面白い!」って思うときは、新しい物の考え方に触れたり、自分が知らないことが出てきて知識が増えたりするときですよね。人であれば、新しい出会いを求めますし、小説であれば、新しい考え方や価値観が得られるものが好きなので。それは共通して言えることかもしれないですね。
ミステリーを読まない人に手に取ってほしい
——読者の中にも仕事に追われて忙しくてなかなか自分の趣味ややりたいことまで手が回らない人もいると思います。先ほども「物理的に時間が取れない」とおっしゃっていましたが、結城さんは小説を書く時間をどのように捻出していますか?
結城:小説家をやっていて、こんな言葉でまとめるのは誠に不甲斐(ふがい)ないのですが、「気合と根性」になっちゃいますね(笑)。そもそも、「小説を書くことが好き」という根底があって、嫌々やってるわけじゃないので、いくらつらくても最後に踏ん張りがきくっていうのはあると思います。本来だったら寝ちゃっている場面でも、その思いがあるので、「もうちょっと頑張ろう」と思えるというか。飲み会があっても、小説を書くことのほうが面白いと思ってるから、その時間を確保するために断ったりとか。その根っこの部分は、「小説を書くことが好き」という感情につながっているんだと思います。
——小説を書いてよかったと思う瞬間はどんな瞬間ですか?
結城:やっぱり最後に、目の前の読者が喜んでくれて、リアクションが返ってくるっていうのを経験していると、それは忘れがたいものなので。僕の場合は、それが気持ちいいというか、面白いと思えるメンタリティーなんだと思います。
——今回の作品は、どんな方に読んでほしいですか?
結城:ミステリーが好きな人だけを対象にしているわけではなく、普段本は読むけどミステリーを読まない人だったり、あるいはそもそも本を読まない人でも、手に取りやすい厚さだったり、手に取りやすいテーマを扱っています。だから、「一人でも多くの方に届いてほしいな」というのが、今回の執筆にあたって一番の思いです。
別に、本が偉いとは思ってないですし、本を読まなくても人生は成立すると思ってるんですけど……。でも、やっぱり自分は、本を読んで「面白い」と思って生きてきた人間なので、本を読まずにいる若者が多いのだとしたら、「とりあえず一回手に取ってみてよ」と思っていて。そのきっかけになるような本になればうれしいです。
「いつか作品で使えるかも」嫌なことがあったときの乗り越え方
——ちなみに、会社や日常生活で嫌なことや大変なことがあった場合に、結城さんはどのように向き合ってますか?
結城:「いつか作品で、こういう境遇の主人公を書いてやろう」と思って消化してますね(笑)。もちろん、その場ではめちゃくちゃ嫌な思いをしますけど、その先には、「こういう嫌な経験もいずれ作品に生かし得る」と考えて、プラスマイナスでプラスだなと思ってます。
——では、ご自身の生き方で大事にしてることを教えていただけますか?
結城:今の話に尽きるかもしれないですね。嫌なことがあっても、それをプラスに転じられるメンタリティーにいるというか。自分は、そこに救われていると思います。会社で嫌な経験をしてきた人が、嫌な上司の話を読んだら、「あるある! 私もこんなことがあったな」と共感できますよね。そんなふうに、「いつか作品に生かせる」と捉えるようにしています。
でもこれは、小説に限らず、営業のときも思っていて。営業先で雑談するときでも、自分の失敗談とか嫌だったことを話すと、ウケるというか、共感を得やすいんですよね。だから、営業職をしていても、嫌なことはいずれプラスに使う場面が来るので、「これ、いつか使ったろ」って思えるといいですし。それで一笑い取って、「アイツ面白いな」ってなるのもいいですしね。もちろん、僕が特別なわけじゃなくて、「嫌なことがいつか自分にとって得になる」というようなメンタリティーを持って生きてる人はいると思いますが、あえて挙げれば、僕はそこを意識してます。
会社員として働きながら小説を書くということは、そういうところの良さがあると思います。働く人がおしなべて感じる不条理とか理不尽さとか、程度の差はあれ、自分も知っているので……。そこを作品に入れ込むことができれば、読者にも寄り添いやすい人物が描けるんじゃないかと思います。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)