日本テレビの藤井貴彦(ふじい・たかひこ)アナウンサーによる新刊『伝わる仕組み―毎日の会話が変わる51のルール―』(新潮社)が2月16日に発売されました。
藤井アナと言えば、夕方のニュース番組「news every.」(日本テレビ系、月~金曜午後3時50分)のメインキャスターを務め、新型コロナウイルス報道では視聴者に寄り添った呼びかけを続け、視聴者から「言葉が響く」「心に届く」と話題になりました。
新刊では、日常会話から会議、プレゼンといった社会人が経験するさまざまな話す機会を念頭に、どうすれば自分の真意が相手に伝わるのかを実用的につづっています。
新刊の発売を記念してウートピでは本書の一部を抜粋してお届けします。全4回。
※見出しはウートピ編集部が作成。
サブのポジションで得られるもの
私が、入社して初めて担当したのはニュース番組内のスポーツコーナーでした。普通は数年間、このスポーツコーナーを担当したら、次はスポーツ「実況」の現場に配属されるのですが、私はなぜかそのままニュース番組のサブキャスターとなり、ニュース本体をお伝えすることになりました。なお、当時の夕方ニュースには男性と女性のメインキャスターがいましたので、重要なニュースはメインの人が、その他のニュースを私が担当していました。
私はスポーツ実況がしたくて日本テレビに入社したので、サブキャスターになった時は少しショックでしたが、どうせならここで何かしらのスキルを獲得しようと、思考を変えました。何しろ毎日違うニュースを扱いますから、報道現場はとても新鮮でした。またメインの人が生放送でしゃべるのを間近で見ることができて、その場でしゃべることの大変さを共有させてもらえたのは大きなプラスでした。
今、思い出すのは人の伝える姿勢です。男性メインキャスターだった現・参議院議員の真山勇一さんは報道記者出身で、物腰柔らかくニュースを伝えるのですが、発するメッセージには見事なキレがありました。一方、その後アナウンス部長を務めることになる女性メインキャスターの木村優子さんは、端的に芯を突く鮮やかな語り口で、こんな風に仕事が出来たらかっこいいなと憧れを抱いていました。入社して間もなくこの人とご一緒できたのは、大きな財産となっています。
ただ真山さんは、物腰が柔らかいあまりにかなり贅沢に時間を使って話すので、その直後に原稿を読む私には大きな影響がありました。真山さんのコメントが長引くほどに、その後の原稿に使える時間が短くなるからです。原稿をカットしなければ、時間内に収まりません。原稿担当デスクはいつも私の横にへばりついてくれていて、原稿にその場でペンを入れます。
「ここカット!ここもカット!あとは藤井、頼む!」と言って、自動的にコマーシャルが流れ始める「確定時間」までに原稿をねじ込むことを任されるのです。この時ばかりは伝えるというより、時間内に読み切ることが優先されます。読み終わって、確定時間になんとか滑り込んで、そのままスタジオのテーブルに突っ伏すということも何度かありました。
ただこんな状況になっても、私はこの役割が嫌いではありませんでした。どちらかというとありがたいと思っていたくらいです。同じスタジオで仕事をしている人がなぜあの言葉を使ったのか、誰に向かって話そうと思ったのかなど、そばで聞くことができましたから。必死の時間管理は、人の経験をいただく分のお支払いだと思うことにしたのです。
若い時は誰しも「こんなことをするために入社したわけではない」と思う瞬間があるでしょう。しかし、仕事内容に意義を求める一方で、支えることを楽しむ時期があっていいと思います。私のまわりの友人を見ても、やりたいことが明確な人ほど、遠回りの途中で素敵なものを見つけています。直線的にゴールを目指すよりも、豊かでみずみずしい道のりになることもあるのです。
私はその数年後スポーツ実況班に移りましたが、あの時に報道で仕事をしていたスタッフと一緒に、現在のニュース番組を立ち上げることになるのですから、人生は何が起きるかわかりません。与えられた仕事を無心にやることの大切さを、私は幸運にも知ることができました。