私はフェミをやってない。田嶋陽子を生きてるだけ

私はフェミをやってない。田嶋陽子を生きてるだけ

英文学・女性学研究者の田嶋陽子さんがインターネットテレビ局「ABEMA」で5月1日に配信される『Wの悲喜劇』にゲスト出演。「怒れるフェミVSフェミ嫌い #わきまえないオンナたちの大激論SP」と題して、MCのSHELLYさんをはじめりゅうちぇるさんらとトークを繰り広げます。

令和と元号が変わってもうすぐ丸2年。コロナ禍で私たちの生活や働き方は一変し、時代はどんどん変わっていっているのに男女格差やジェンダーをめぐる状況は昭和からあまり変わってないような気も……。

このほど収録に臨んだ田嶋さんにお話を伺いました。前後編。

私は田嶋陽子を生きてるだけ

——田嶋さん自身はずっとフェミニズムをやってこられて……。

田嶋陽子さん(以下、田嶋):
私はフェミニズムを「やって」などいないよ。ただ生きてるだけ。私は田嶋陽子を生きてます。それだけです。フェミニズムは生まれた時から私の中にあって、私がさまざまな抑圧から自由になろうとするプロセスの中で、私と一緒に育ってきたものなんだよね。

——いきなり個人的な話で恐縮ですが、うちの母は専業主婦で化粧水を買うたびに父に許可を取っていたんです。「化粧水が切れたから買ってもいい?」って。父はもちろん「いいよ」って言うんですが、そんな父にも許可を取るんだ、経済力ないってこういうことなんだと思ったのがフェミニズムを勉強しようと思ったきっかけなんです。

田嶋:そういうことに気づくってことがフェミニズムなんだよね。

大事なのは自分の心に誠実に生きること

——20年前に私が学生だった当時よりもSNSを中心にフェミニズムについて関心を持つ人が多くなった気がします。田嶋さんから見て大きく変化したと思いますか?

田嶋:選択的夫婦別姓ひとつとっても制度が変わらないから、みんな足踏みしている感じがある。一方で、収録でも言ったけど、やっぱり女の人がこうやって働いてるじゃない? みんな実力つけてますよ。ただどっかで迷ってるわけ。「結婚しなくちゃいけない」とか「子供を産まなきゃいけない」とか「〜しなければいけない」って。やっと自分で働いて食べられるようになったんだから、もっと自由に人生を選んだらいいのに。相変わらず世間の「女の生き方」を脱ぎ捨てられないでいる。

——ひよっている?

田嶋:うん、ひよってる。自分がない。女の人がみんな実力つけてきたことは分かってる。でも、どっかで、もうひとつなの。一貫してないの。それはフェミニズムでもなんでもない。ただ時代の空気に沿ってるだけ。

——トレンドや時代の空気に合わせているだけ?

田嶋:そう。だからやっぱり自分で考えながら、丁寧に生きていった人のほうがどういう形にしろ、納得した豊かな人生を送れると私は思う。途中で軌道修正したっていいし、方向転換したっていい。自分が考えてきたあかつきにするんだったら、誰も恨まないし、自分の責任じゃない? それがいいと私は思う。途中で迷ったときに、フェミニズムの力を借りたり、いろんなもの、例えば哲学の力を借りたり、先輩の力を借りたりいろんな力を借りればいい。

フェミニズムっていうのは勉強できれば発見が多いし、力になるけれども、中途半端な理解の仕方だと、教条主義的になって自分も他人も苦しめる。観念でなくて、自分の生き方と表裏一体となるといいかなって。無理して自分の心に誠実に生きないのが一番良くないよね。子供欲しかったら、別に愛する男の子どもでなくてもいい。育てる力があれば一人で何人育ててもいい。経済力って大事。

私が知ってるイギリス人の女の人なんか、子供3人ともみんな父親違うんだよ。でもパーティーやると、その3人の子どもたちの父親がみんな集まる。それぞれの父親も他に家庭を持っていて、ものすごく複雑な関係だけど、それでうまくいってる。自分が女に産ませた子供に対してはそれなりの責任を取る。だから、父親3人集まって和気あいあいとパーティーをやれる。面白いでしょ? そういうふうに人生が面白くならなくっちゃさ。

——それでうまくいっているならいいですよね。3人分のつながりがあるってことだし。

田嶋:そう。それできちんと運営できているんだったらいいんじゃない? って。最初は苦しんだり悩んだりしたでしょうけどさ、そうやって自分の人生を自分でつくって、つながりをつくって、楽しんでいければいいよね。断ち切りたければ断ち切ればいいしさ。自由じゃない。

私が“わきまえない女”になったワケ

——今回、田嶋さんにお話を伺うにあたり『愛という名の支配』を改めて読み返して、私はちゃんと自分になれただろうか? と己に問い直しました。

田嶋:私はこの本を書くことで自由になったの。誰にも遠慮しない“わきまえない女”になっちゃったんだよね。怖い人がいなくなっちゃったの。地震や病気は怖いけど。私のいう意味、分かってくださる? それまでは母親が唯一人生で怖かったんだけど、その母親からも解放されたら、怖い人が誰もいなくなっちゃった。

要するに、今の私なりの言葉で言うと、「自分になった」んだよね。女でも男でもない、田嶋陽子になったっていうのかな。そういう感じだよね。

——私がまだちょっと怖いと感じてるのは、まだ自分になりきれてないってことなのでしょうか。

田嶋:そうかな。あなた怖い人いるの?

——世間が怖いです。他人の目がどうしても気になってしまいます。

田嶋:私はもうそれもなくなっちゃった。散々テレビでたたかれて、それでも自分が言わなきゃいけないことは言わなきゃと思って頑張ってきて。その昔は、嫌われることが本当に怖かったよね。

——そういうときもあったんですか?

田嶋:『愛という名の支配』を書く前はね。誰かに嫌われることが怖くて怖くて。その誰かは正体ないよね。一番怖いのは母親だったんだけど。私にとって、母親が世間だったんだと思う。世間の代弁者ね。でもこの本を書いて、世の中の差別の仕組みが分かったら、何も怖いものがなくなっちゃった。自分が出演したテレビの悪口言われることもあるけれど「ああそう」で終わりなんだよね。いつかこの人たちも私の言っていることを自然に分かるようになるだろうって。

テレビを見て、たとえそのときは私のことを「何だコイツ」って思った人がいたとしても「あんなことを言っていたけど、それってこういうことだったのかな」ってあとになって思ってくれるかもしれない。女の家事労働はタダ働きだとか、一生懸命言ってるのがいたなってどっかで思い出してくれたときに、役に立つこともあるかもしれない。いつまでも私のことが嫌いな人は嫌いだし、みんながどんなことを思うかは分からない。でも発信しなければダメじゃない。とりあえず、球は投げた。あなたたちがどう受け取ろうと勝手だよ。でも、もし私がわきまえないで怒ってたことを覚えてくれてる人がいるとしたら、それだけでも、いいよね。

■番組情報
男子は見なくて結構!男子禁制・日本一過激なオンナのニュース番組がこの「Wの悲喜劇」。さまざまな体験をしたオンナたちを都内某所の「とある部屋」に呼び、MC・SHELLYとさまざまなゲストたちが毎回毎回「その時どうしたのか?オンナたちのリアルな行動とその本音」を徹底的に聴きだします。

Wの悲喜劇「怒れるフェミVSフェミ嫌い #わきまえないオンナたちの大激論SP」は2021年5月1日(土)午後10時から放送。

(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)

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