「年とともにどんな変化が起こるか楽しみ」銭湯絵師・田中みずきさん

「年とともにどんな変化が起こるか楽しみ」銭湯絵師・田中みずきさん

2月5日、都内墨田区にある押上温泉「大黒湯」という銭湯で、その人はせっせと壁にペンキで絵を描いていた。「お風呂の日」にちなんだ2月6日から3月4日まで、この銭湯は、熊本県営業部長兼しあわせ部長のくまモンにジャックされている。自治体初の長期銭湯コラボ企画が始まったのだ。

銭湯絵師の田中さん

「銭湯くまモン」準備中の様子/撮影:亀山早苗

その前日、国内に3人しかいない銭湯絵師の田中みずきさんが壁にくまモンや熊本城など、熊本にちなむ絵を描いていた。お湯のない銭湯は、冬場ということもあって意外と寒い。足場を組んで行う高所の作業もきつそうだ。だが田中さんは、ひたすら集中し続ける。翌日、「銭湯くまモン」がオープン。オープニングイベントのあと、田中さんに話を聞いた。

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ペンキ絵の中に自分が溶け込む気がした

田中さんが銭湯に興味を持ったのは、大学で卒論テーマを考えたはじめた頃。高校時代はひたすら絵を描き、大学では美術史を学んだ。

「その中で心を奪われたのが、大好きな女性現代アーティストの福田美蘭や束芋が銭湯のペンキ絵をモチーフにしている作品だったんです。それで私も銭湯に行ってみよう、と大学3年生のときに銭湯デビューしたんです」

1日に2~3軒、銭湯をはしごをしたこともあるという。浴槽から見上げると、周りの絵の中に自分が溶け込むような不思議な感覚があった。

「最終的には、とにかくペンキ絵に心惹かれて、銭湯絵の歴史をテーマに卒論を書くことにしました。その過程で実際に絵師の方に話を聞くと、絵師の人数はどんどん減っているという。こういう文化がなくなるのはもったいないと心から思いました」

学生時代の2004年、絵師の中島盛夫さんに弟子入りを志願、中島さんは「仕事も減っているから、これだけじゃ食べていけないよ。別の仕事ももっておきなさい」と言ったが、修行することは許してくれた。

「最初は荷物を運んだり、床が汚れないようにシートを敷いたりするところからでした。銭湯絵というのは、銭湯が休みの日1日で仕上げなければいけない。時間との勝負という側面もあります。いろいろなタイプの絵師がいると思いますが、師匠は非常に合理的で、寒かったらきちんと防寒着を身につける、ときどき水分を補充する、無理はしないとよく言っていました。技術的な面でもそうです。たとえば、絵を描くときには基本的に刷毛(はけ)を使うのですが、空を描くにはローラーのほうがいいと合理的でしたね。それから『かっこつけるな』ということも教えられました。作業の合間に路上でごはんを食べたり、作業服がボロボロになったりすることもあるんですが、そういうことを気にするな、と。私はもともとそのあたりを気にするタイプではないので、かえってありがたかったのですけれど(笑)」

跳ね返ったペンキが模様のように…

跳ね返ったペンキが模様のよう

絵師として独立した現在の生活

職人の世界だから、怒鳴られることも覚悟していたが、師匠の中島さんは現場が明るくなるよう率先して行動していたという。丸8年修行をしたが、最後のほうは部分的に描かせてくれることも多くなった。

その間、田中さんは大学院に進学、美術関係の本を出している出版社に就職もした。ただ、平日に作業をしなければいけない銭湯絵師と会社員の両立はむずかしかった。そこで2013年に絵師として独立した。

「銭湯の場合は、そこのご主人から依頼を受けて、まずどういう絵をお望みかお聞きします。相談しながらイメージ図を何パターンか描いて見せて決まっていくことが多いですね。中にはゴルフ好きのご主人が、『とにかくゴルフ場の絵を描いて。あとは任せるから』なんていうこともあります」

銭湯のペンキ絵は2、3年でどうしてもペンキがささくれだってきてしまうので、塗り替える必要がある。1年に1回は変える銭湯もあるし、さまざまだ。

また最近は、さまざまなPRを目的に銭湯絵を活用する動きもある。田中さんは、以前、熊本地震の復興支援で、熊本の旅館のお風呂に絵を描いたこともある。また、東京オリンピックを前に、日本各地のホテルや旅館からも仕事が舞い込んでいるという。

今回の「大黒湯」での「銭湯くまモン」も、熊本地震からの復興を後押ししようと開催されている。「いつもはだいたい半日足らずで終わらせるんですが、今回は2日にわたって17時間かかりました。特にくまモンの顔がむずかしかったですね。ほんの数ミリ違っても、くまモンのあのかわいさが出なくなってしまうんです」

今回は特殊な現場で、足場を複雑に組まなければいけなかった。通常は足場職人が必要なのだが、田中さんの場合、6年前に結婚した夫がその役を担っている。

「夫とも銭湯イベントで知り合ったんですが、もともとIT関係の会社に勤めていたのにコンピューターがイヤになって便利屋を始めたという変わった人で(笑)」

夫婦だからこそ現場で言いたいことを言えるのも、気持ちよく仕事ができる要因となっている。

準備の様子/撮影:亀山早苗

準備の様子/撮影:亀山早苗

変わっていくことも楽しみたい

「私はペンキ絵はメディアだと思っているんです。ご主人の思いを伝えるものでもあるし、今回のくまモンや熊本の絵にしても、今の時代を反映させるものでもある。伝統文化でありながら、やはり時代によって変わっていくものでもあるんですよね」

銭湯絵は、前の絵が残っているところに新たに描いていくものだ。もちろん、他の現場で田中さんの絵が消されていくこともある。職人なのかアーティストなのか、そのあたりも考え始めると複雑だ。だが、彼女の答は明快。

「私は職人かアーティストかは分けて考えないようにしています。自分の名前を入れることもしないし、ただ、依頼してくださった方とお風呂に入ってくださる方が楽しんでくれればそれでいい、と思うんです。迷うのは、どこで終わろうか。この1点ですね。周りがもうじゅうぶんだと思っても、自分が納得できないことが多々あって。そういうときはいったんちょっと休み、気分転換してもう一度、見直してみます。自意識と客観性との闘いですね(笑)」

定年のないこの仕事だが、田中さんは「体力の限界もあるだろうけど、描けるだけ描けたらおもしろいなと思っている」そうだ。

「個人のピークはあると思いますが、中島師匠は今、70代半ば。経験からくる余裕があるからこそできる力の抜き方が、すばらしい味になっているんです。だから年をとった自分がどのような絵を描くのかに興味があって、年を重ねることもおもしろいかなと今は思っています」

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(取材・文:亀山早苗、写真:大澤妹、編集:ウートピ編集部 安次富陽子)

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