夫の腎臓をもらった私 第11回

手術代300万円は“ほぼゼロ円”になったけど…。無力感にとらわれていた私

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手術代300万円は“ほぼゼロ円”になったけど…。無力感にとらわれていた私

「夫の腎臓をもらった私」
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中学1年生の時に腎臓病になり、36歳で末期腎不全になってしまった、ライターのもろずみはるかさん。選択肢は人工透析か移植手術という中で、健康な腎臓を「あげるよ」と名乗り出たのは彼女の夫でした。

今回は、国からの補助に頼らなければ生きられない自分に無力感があったというもろずみさんが、そのとらわれから解放された瞬間を教えてくれました。

私の手術「実質ゼロ円」

腎臓移植を行い、情報発信を始めてから5ヶ月がたちました。「夫の健康な腎臓をもらう」という私の身に起こった経験を、人間関係の変化という観点から綴ってきたこの連載。今では腎臓病の当事者やご家族だけでなく、様々な人から質問を受けるようになりました。

中でも、お金のことはよく聞かれます。「高額な治療費がかかったの?」とか、「臓器移植って1000万円くらいするんじゃない?」と。私はというと、お金の話題になるたびに少し申し訳ない気持ちになります。

私の場合、夫の腎臓をもらう手術にかかった費用は「実質ゼロ円」だったからです。

これは、ひとえに税金のおかげです。私の移植手術にかかったお金も、毎日服用している免疫抑制剤のお金も、国からの補助を受けているのです。つまり、私が生きていられるのは、みなさんの税金のおかげと言って過言ではないと思います。けれど、正直に告白すると、その「おかげ」が苦しかった時期がありました。

30歳で難病指定。月の医療費は1万円以内に

私は中学1年生の時にIgA腎症という慢性腎臓病を発症しました。25年間この病気と付き合っているので、診察代・薬代とも同じ年月をともにしてきました。

振り返ってみると、初期症状の段階はそれほど高いものではなく、腎臓の機能を調べる検査費と診察費が3割負担で3000円、それに1ヶ月分のお薬代を足して合計5000円※程度を実費として支払っていました。

※ただしこれは、IgA腎症と診断された私が支払っていた金額です。病気の種類とステージによって処方される薬は様々で、それによって医療費も変わってきます。

医療費に関することで転機が訪れたのは30歳の時でした。妊娠中毒症になり、お腹の中で子どもを育てきれなかった私は、これが原因で腎機能が著しく下がり「ネフローゼ症候群」だと診断されます。そして難病医療費助成制度の対象者となりました。

医療費負担上限月額が設けられると月の医療費が1万円※を超えることはなくなります。つまり、服用する薬の量が増えても、何度病院にかかろうとも(腎臓の診察のみ。歯医者などは別)、月の医療費は1万円以内におさまるようになったのです。

※収入によって金額は異なります。また食事療養標準負担額及び生活療養標準負担額は本人負担となります

「え、それなら私も病気になりたいんだけど」

さらに、難病患者を対象とした福祉手当が毎月口座に振り込まれるようになりました。金額は、毎月1万5000円です。この話を知人にしたところ、「え、それなら私も病気になりたいんだけど」と言われ、とても肩身が狭かったのを覚えています。

国に助けてもらっている身の私ではありますが、ささやかなプライドを持っていました。それは、病気が原因で夫に経済的な負担をかけるのは避けたいということ。子どもを諦めた後にフリーライターという職業を選んだのも、末期症状になっても働き続けられる環境を整えるためでした。

しかし、いざ末期症状(腎臓の働きが15%以下)になると、途端に不安に襲われるようになりました。私も「腎移植=高額」というイメージを持っていたためです。夫は「ドナーになってもいい」と言ってくれているけど、莫大な手術費がかかるようなら移植は諦めようと思っていました。しかしその不安は杞憂に終わります。

そんな奇跡のようなことがあるの!?

腎移植にかかる医療費について相談にのってくれたのは、移植コーディネーターさんでした。腎移植専門の看護師さんです。彼女は、穏やかな顔で言いました。

「心配しなくて大丈夫ですよ。腎移植手術には健康保険が適用されますし、国や地方自治体の医療費助成制度も受けられます。もろずみさんが実費として払うのは、差額ベッド代や食事代、それと一部の検査費だけです。お金のことは心配なさらず、治療に専念してくださいね」

「そんな奇跡のようなことがあるの?」と、耳を疑いました。だって腎臓移植にかかる費用は、1回につき約300万円~400万円だと言われています。それがほとんど無料になるなんて!

さらには移植後も医療費助成は続くのだと彼女は教えてくれました。生涯服用しなくてはならない免疫抑制剤は、高いもので一粒1000円するものもあると聞いたことがあります。それらも医療費助成制度により患者の負担はぐっと減るのだと。お金の情報は、私の生きる希望になりました。

「ごめんね」の代わりに挙手をして

けれど同時に、自分の無力さに苛まれる日も増えるようになりました。「こんな私ですみません」。そんなふうに、毎日毎日、本当に毎日、情けない気持ちになっていたのです。

愛する夫から健康な腎臓を奪ってしまうこと、顔も名前も知らない納税者のみなさんを頼らなければ、自分の医療費すら支払えないこと。すぐに疲れやすくて、戦力にならないこと。

かつての私は夫に「ごめんね」というのが口癖になっていました。帰宅した時、寝る前、一緒に爆笑していたその一秒後に。

あるとき、夫にこう言われました。「僕はね、はるかさんに『ごめんね』と言われるのが、大嫌いなんだよ」。私は申し訳なくなって、また「ごめんね」と言いました。

夫は、まったく……という感じで、「口癖なんだよね。次に言いたくなったら、黙って挙手してくれない?」と言いました。それを聞いて、また「ごめんね」と言いたくなる気持ちを抑えて、私は黙って手をあげました。

夫は頷き、「うん、いいよ」と言いました。その10分後に、また「ごめんね」と言いたくなるのを、ぐっとこらえて、手を上げました。そんなことを4、5回やっていると、なんだか滑稽に思えてきました。6回目に手をあげた時は、もう、お笑いのネタのようになっていて、夫と2人でくすくす笑いました。

以来、私は「ごめんね」を「ありがとう」に変えました。朝起きたら、「今日もありがとう」。目が合えば、「ありがとう」。特になにもなくてもいいんです。ここにいてくれることが、ぜんぶ、ありがとうなのです。移植を経験してから、私と夫はよく笑うようになりました。

だから、あなたにも「ありがとう」

連載の第1回でも書いたのですが、私は病気になってよかったと思っています。その理由の一つが他者への接し方が、明らかに変わったからです。

お金のことを通じて、自分1人では生きられない無力さに苛まれ、悩んだことで、自分を変えたいと本気で思うことができました。そして、夫の協力もあって、「ごめんね」を「ありがとう」に変えてみると、見える景色が変わりました。

私は、人に生かされているという感謝の気持ちが、もう、どんどん膨らんでいって、出会う人全員に「ありがとう」を向けられるようになりました。

例えば、コンビニで誰かと目が合えば微笑むようにしているし、誰に対しても笑顔で「ありがとうございます」と言うようにしています。もしかしたら、ちょっと変な人だと思われているかもしれません。けれど、それが相手との関係性をおだやかにしている感覚があります。

誰それ構わず笑顔を振りまく私。周囲はあぜん…

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だから、今この記事を読んでくださっているあなたにも、ありがとう。あなたのおかげで今日も一日元気に過ごせました。

(もろずみはるか)

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