ドラマ『シジュウカラ』に見る「そこそこの幸せ」にある落とし穴

ドラマ『シジュウカラ』に見る「そこそこの幸せ」にある落とし穴

現在放送中のドラマ『シジュウカラ』(テレビ東京系)。山口紗弥加さん演じる40歳の綿貫忍と、忍の漫画のアシスタントとして出会う22歳の青年・橘千秋の物語です。
日々の生活の中で「自分」が消えてしまったように感じていた忍に訪れた「仕事」や「恋愛」のセカンドチャンス。忍はどのように向き合っていくのか——。

ライターの吉田潮さんに、40歳からのリスタートにブレーキをかけてしまうもの、その正体について綴っていただきました。

©「シジュウカラ」製作委員会

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*本記事は第4話までの物語の展開に関する話題を含みます。

「ささやかな不満」はポイントカードのように

人生や生活に大きな変化を望まない人がいる。そこそこ幸せだから、リスクを伴うことはせず、ささやかな不満も飲み込む。それが大人だと思っている。「いい年して……」という言葉に象徴されるように、年齢を重ねるほど新しいことに挑戦する気持ちを挫く社会がある。

ただし、この「そこそこの幸せ」と「ささやかな不満」には落とし穴がある。「そこそこの幸せ」というのは、自分の可能性を低く見積もっている。本当は才能や実力をもっているのに、それを発揮する機会や場につながる扉を自ら閉じてしまっていないだろうか。

また、「ささやかな不満」は確実に積もるもの。自分では忘れたり、流したつもりでも、実際にはたまっている。ドラッグストアのポイントカードのように。何かのきっかけでその不満を思い出した途端、芋づる式に過去の負の感情があふれ出す。「私の人生、こんなもんだろう」と思っていたはずが「私の人生どこで間違えたのか」と思案するようになる……。

美青年との年の差不倫の物語だと思ったけれど…

そんな40歳の逡巡を描くのが『シジュウカラ』(テレビ東京系)だ。鳥の名前と「40歳からのリスタート」をかけたタイトルが興味をひく。主人公は漫画家・綿貫忍(山口紗弥加)。ひと回り年上の夫(宮崎吐夢)と結婚して15年、一人息子もいる。漫画家デビューして20年だが、今は自分の作品を描かず、他の漫画家のアシスタントに甘んじている。生活には困っていないが、家事と育児に追われるうちに漫画家としてのモチベーションを失っていたのだ。

ところが、12年前に描いた不倫モノが電子版でバカ売れしていると編集者から連絡が入る。不倫モノの読み切りの執筆を打診され、願ってもいない好機に恵まれる。本腰を入れた忍はアシスタントを募集。やってきたのが22歳の美しい青年・橘千秋(板垣李光人)。ミステリアスな色気を発して距離を妙に縮めてくる千秋に一瞬ときめく忍だが、彼の背景には過去の因縁と衝撃の事実が……という物語だ。

40歳の女に突然おとずれた恋と仕事のセカンドチャンス、美青年との年の差不倫……と軽い気持ちで観ていたら大間違い。根が深いというか、それこそ「そこそこの幸せ」「ささやかな不満」の行く末を示唆する大人のドラマだったから。

「そこそこの幸せを手放すな」という社会の圧

確かに、忍はそこそこ幸せだ。漫画家としてわりと早いうちにデビューできて、夫と子供もいて生活も安定している。昔の仲間たちは皆漫画をあきらめたので、漫画を続けている忍を「漫研の星」と讃える。そのうちのひとりは夫が一回り下の女と不倫して離婚。小学生の息子を育てるシングルマザーだ。別れた夫から養育費が払われなくなり、深夜もカラオケ店で働く。彼女は「私にとって、結婚って最強の生活保障だったわ」とつぶやく。

このシーンは、40歳でリスタートをきろうとする忍に、心理的に「ブレーキ」をかける重要な部分だ。「そこそこの幸せを手放すな」という社会の圧ともとれる。

また、40歳の忍と22歳の千秋が互いに惹かれ合っていく年の差恋愛には、ことごとく戒めや否定が投げかけられる。「おばさんがはしゃいじゃって」「おばさんが恥ずかしくないの?」「母親なんだからちゃんとしろ」。そう、これが年齢を重ねた女に「わきまえろ」と要求する、リアルな社会(世間)のメッセージなのだ。

「やっぱりママの抱っこ」「男の浮気と女の浮気は違う」にイラッ

©「シジュウカラ」製作委員会

©「シジュウカラ」製作委員会

一方、年上でモラハラがひどい夫は「アクセル」の要素を担っている。宮崎が演じる夫は穏やかで、暴力的でも威圧的でもない。ただ、腹立たしいほど無神経な発言を次から次へと吐く。

●疲れていてセックスを断ったら「まだ妊娠するの?」
●子供をあやすことができないうえに「やっぱりママの抱っこのほうがいいんだな」
●頭が痛いから先に寝ると伝えると「え、俺は何を食べたらいいの?」
●自分の浮気を棚に上げて「男の浮気と女の浮気は違うんだよ!」
●漫画の仕事を「気楽でいいよな。家で気が向いた時だけ絵描いてさ」
●仕事部屋に寝ることにした忍に「誰のお陰で漫画続けられているか、わかってる?」

ささやかな不満どころか、立派な家庭内人権侵害だ。この暴言が日常的に浴びせられていく苦痛を考えたら、忍が40歳で大きな決断をしてもおかしくない。

しかも、この夫、まだ息子が乳飲み子のときに浮気をしていた。その相手がなんと千秋の母(酒井若菜)とわかる。千秋は復讐のために忍に近づいてきたものの、忍を漫画家として心の底から尊敬し、一人の女性として見ていることに変わりはない。

千秋を愛おしく思う気持ちと、夫を疎ましく思う気持ちは比例して加速&増量していく。漫画家として安定した生活を送れるかはまだわからない。夫の給料や持ち家という安定を捨てられるのか。ふたりの恋は成就するのか。忍の心はどこへ向かうのか。葛藤する要素、心理的な障壁は他にもまだまだ増えていきそうな気配……。

「この物語はフィクションですが、40歳からの恋は実在します」

「あんな美しい22歳が40歳の自分のところには来るはずがない!」

「恋も仕事も好機到来なんて現実にはないから!」

と思うかもしれない。ただ、このドラマの本懐は次回予告の後に出てくる文言が示唆している。

この物語はフィクションですが、40歳からの恋は実在します
この物語はフィクションですが、年上の人に恋する気持ちは実在します

年齢差があってもなくても、結婚していてもいなくても、子供がいてもいなくても、自分の気持ちに嘘をつかなくていい。年齢や属性で行動や心の在りようを制限されるいわれはない、とほのめかしている。「年だから」「母親だから」と自分の可能性を狭めている人に「シジュウカラでも遅くない」と密かにエールを送っているのだ。

個人的には、自分の仕事を馬鹿にする相手とは1秒たりとも一緒にいたくない。大きな変化もどんとこい、だ。経済的安定に心の摩耗がついてくるなら、不安定でも心が健康でいられる生活を選びたい。より戦略的に考えるならば、10か年計画をたてる。経済的自立を目指し、独立資金をため、夫の問題発言はすべて記録に残し、着々と準備を整えてから不要な夫を捨てる、かな。

そこそこ幸せだと自覚している人ほど、このドラマで考えてみてほしい。自分の可能性と選択肢を。ブレーキをかけているのは、世間でも家族でもなく、自分自身だったりもするからね。
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                            
(吉田 潮)

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