飯田華子、もう責任と隣り合わせにしか生きていけない。

飯田華子、もう責任と隣り合わせにしか生きていけない。

先の見えない大変な日々が続いています。会社にも行かず、友だちにも会えず、うちの中にいると、つい”ひとり”になってしまった気がして、寂しい気持ちになることも。そこで、ウートピは「1往復エッセイ」を始めます。気になるあの人へ「最近、どうですか?」とたずね、「こちらはこんな感じです」と回答する。そんなささやかな現状報告と、優しくて力強いメッセージをお届けします。

今回は、詩人でイベントオーガナイザーの内田るん(うちだ・るん)さんから、紙芝居作家の飯田華子(いいだ・はなこ)さんにこんな質問が届きました。

【飯田さんへ】

ご無沙汰しております!

世界は新型コロナウィルスによって大変なことになってきてしまいましたね……。私はよく、「今の世界が終わったあと」の夢を見ます。壮大な悪夢の中に閉じ込められたようでもあり、これまでの現実生活が瓦解(がかい)する中で、逆に「我に還る」という感覚も目覚めつつあります。自分の本当の、時間感覚や、他人への信頼度、死との距離感……。飯田さんは、この数週間で、何かそういう感覚を覚えたり、デジャブを感じるようなことはありましたか?

「目覚めた」より「暴かれた」に近い感覚

るんさん

こんにちは。急に色々なことが大きく変わりましたね。私も「我に還る」ような感覚です。ただ、「目覚めた」というよりは「暴かれた」に近いです。これまでは見ないでも済んだ(見ない方が都合のよかった)自分の本性があぶり出されているような気持ちです。

今は「ステイホーム」が叫ばれ、「自分の何気ない行動が誰かを死に至らしめることもあるんだよ」って言われてます。しかし、生きるとはそもそも他者の命を奪う可能性を孕んだむごい営みなのかもしれません。今の状況は、それが目に見える形で現れただけなのかもしれません。

基本的に私は、傷つくことや責任から逃げたいタイプです。だからできるだけ人に批判されないよう、あまり主張せずヘラヘラしてきました。ライブ活動やその他の自己表現も、謙虚……というより卑屈な態度でやってました。また、その方が格好いいとも思ってました。時々アツくなったり自我が出ちゃったりもしましたが、そういうのは恥ずかしいことだと思ってました。

でも、生きることのむごさ非道さがここまで剥き出しになっちゃった今、このスタンスでいくのはもう無理があります。

人から言われた通りにするのは簡単だけど…

3月末、ワンマンライブを延期しました。本当に残念でしたが、感染が拡大している状況を鑑みて決断しました。しかしその週明けも、普通にみんな満員電車で通勤してました。仕事が休めないからです。

「なんだそれ?」って感じですよね。登場人物全員、命も心も無視されてるじゃん。誰に? 国に? 国とは?

さっきも書きましたが、私は責任とるのが嫌いです。人から言われた通りやる方が楽です。「〇〇さんに言われたからやりました」って言っていたいんです。だけどこんな状況、「〇〇さんに言われたからやりました」じゃもう死にます。

だったら好きなことやろうって思いました。私はそこそこ好きなことやってきたほうかもしれないけど、まだぜんぜんやり尽くしてません。ヘラヘラして卑屈にして、人に批判されないことを第一義にしていたせいです。好きなことはなにかというと、ものをつくることです。

恥ずかしいですよね。いや、恥ずかしくないのか? どうなんだろ。なんか、「私はものをつくるのが好きです(キリッ)」って揶揄されがちなセリフじゃないですか。創作は特別な才能がある人しかやっちゃいけないとされてるから。そしてみんな、自分に才能があると思ってる人のことが嫌いだから。

でも今の私は、死ぬぐらいなら恥かこうって思ってます。傷ついてもいい。責任も引き受ける。ていうか、もう責任と隣り合わせにしか生きていけないでしょう。

なんでこんなときに「好きなこと」なんて

SNSには、「生活が苦しいので絵や文章の仕事を下さい」といったことを投稿しました。みんなが大変なときにこんなこと言っていいのか、申し訳ない気持ちと恐ろしい気持ちでしたが、「生活が苦しい」という部分が強く響いたのか、「選ばなければバイトはありますよ」というアドバイスを何人からいただきました。中でも、 

「医療現場は崩壊寸前です。華子ちゃんの好きな仕事じゃないかもしれないけど、看護助手なら喜んで雇って貰えると思います」

という現役の看護師さんからのお言葉には、殴られたような衝撃を受けました。

……ここまで書いて、「この先なんて書こう?」って悩んだまましばらく止まっていました。

私はなにをしてるんだろうと思います。なんでこんなときに好きなことしようとしてるんだろうと思います。でも、じゃあどんなときなら好きなことしていいんだろうとも思います。いつだってやっちゃいけないことなんかなく、同じように、全ての人に歓迎されることもありません。

るんさんが「デジャブ」という言葉を出されましたが、私はこの状況に東日本大震災のときを思い出してます。あのときの私は、現実で起きていることについて考えるのをやめました。そんで、思考停止してワープしました。弱くて情けないです。

今はもうその手が使えません。ワープした問題がでかくなって戻ってきたような気もしてます。今までのツケを払うときなのかもしれません。

ただ、こういう状況でも色々な方が手を貸してくださったり(るんさんもそうです)、あたたかかったりして、すごくありがたいなと思ってます。いやなニュースばかりですが、周囲の方々への信頼はむしろ深まりました。

なお、時間感覚はずっとめちゃくちゃなままなので、何が本当なんだかよくわかりません。

こちらはそんな感じの数週間でした。

次回は、飯田さんから内田さんへ

るんさん 

少し前から、なんとなく時代の変遷にいるような感覚がありました。フェミニズムの浸透やLGBTという語の認知、また「誰も傷つけない笑い」が支持を集めるなど、「どーせ変わんないでしょ」って思ってきたものがちょっとずつ変わっていくような気がしていました。

るんさんはそのような感覚がありましたか?

また、新型コロナウイルスによって日本も世界も変化を余儀なくされていますが、これまでの流れはどのようになっていくと思いますか?

*内田さんからのお返事は、5月13日(水)公開予定です。
(企画:安次富陽子、special thanks:須田奈津妃)

SHARE Facebook Twitter はてなブックマーク lineで送る

この記事を読んだ人におすすめ

この記事を気に入ったらいいね!しよう

飯田華子、もう責任と隣り合わせにしか生きていけない。

関連する記事

編集部オススメ

仕事と恋愛、キャリアとプライベート、有能さと可愛げ……女性が日々求められる、あるいは自分に求めてしまうさまざまな両立。その両立って本当に必要?改めて問い直すキャンペーンが始まります。

後悔のない30代を過ごしたい。ありとあらゆる分野のプロフェッショナルに、40歳から自分史上最高の10年を送るために「30代でやっておくべきこと」を聞いていきます。

記事ランキング