会社や組織に縛られることなく、自分ら人生の決断をし、新たな働き方を見つけてきた女性たちのインタビュー連載です。仕事もプライベートも、自分にウソはつきたくない。そんな30代女性が、もっとしなやかに、そして軽やかに生きていくためのヒントが、ここにありました。
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学生結婚をして入社日にはすでに臨月。バリキャリを目指して2ヵ月で職場復帰するも、当時わが子を預けていた保育園に疑問を感じて、24歳でまったくの未経験ながら保育園を開設した安永愛香(やすなが・あいか)さん。

安永さんが始めた「どろんこ保育園」は、今やグループとして全国100園にまで拡大。起業から今年で19年——いったいどんな思いで仕事を続けてきたのでしょうか?

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産後2ヵ月で復帰したものの…

――保育園を始められる前は金融機関で会社員をしていたとか?

安永愛香さん(以下、安永):
そうなんです。でも、大学在学中に結婚して、入社の時点ではなんと臨月だったんです(笑)。新入社員なのにすぐに産休に入ってしまいましたが、当時は、今で言う“バリキャリ”だったので出産から2ヵ月で復帰。子どもを保育園に預けながらリテール部門で働いていました。

――保育園を起業されたきっかけは?

安永:当初は「ありがたい」と思っていた保育園に対して、だんだん疑問を抱くようになってしまって。お迎えに行くと、いつも与えられたおもちゃで遊ぶわが子。外出の機会もほとんどない。先生たちに希望を言うと、「決まりなので」とそっけない。

だんだん保育現場の体質に問題があるのではと思うようになったんです。ただ預かるだけじゃなく、子どもの「生き抜く力」を育てる保育園を作ろうと思い立ち、会社を辞めました。

――子育て1年目の24歳の女性が、何の足がかりもない未経験の業界で起業するのは、かなり無謀な気もしますが……?

安永:保育業界を変えたいという気持ちが強かったんです。思いたったらすぐ行動しないと気が済まない性格なので(笑)。でも、実は人生初の起業ではありませんでした。さかのぼると、大学時代に夫と塾経営をしていた時期があったので、「大変だけど、経験を活かせるチャンス」という前向きな気持ちでした。

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給料を払うためにカードキャッシングをしたことも

――98年、認可外保育所をスタートしています。当初はかなり苦労されたとか。

安永:オープン当初、園児は自分の子、スタッフは私だけでした。駅前でチラシを配り、来園いただいた保護者の方にはどんな保育をやっていくのか、懸命に説明しましたね。一方で、たまたま近郊で閉鎖された保育園があり、うちの園で引き継がせていただくことになったので、経営的にはずいぶん助かりました。

ただ、20代の頃は金銭面ではかなり苦しかったですね。テナントの内装工事などさまざまな出費がかさみ、塾経営の蓄えはすべて消えました。夫の友人や親に借金もしたし、保育士さんのお給料を払うためにカードキャッシングを利用したり。家計も火の車でしたね。

――同業者からのプレッシャーもあったんじゃないですか?

安永:
ああ、ありましたね。子どもたちに自然体験をさせるための畑を借りる時に、「お宅に貸すなと言われた」と農家さんに断われたこともありました。「どろんこ保育園」を作る際も、根も葉もない噂を流されたり、市長あてに怪文書が送られたこともありますよ。

――心が折れそうになりませんでしたか?

安永:悔しかったですよ。でも、“私に何かが足りないんだな”と捉えていました。まわりを変える前に、まずは自分が変わらないといけないと思っていました。

――そして2007年に初の認可保育園「朝霞どろんこ保育園」の開園、現在ではグループ合計で100園まで成長しています。今年で起業されて19年になりますが、振り返ってみてどうですか?

安永:保育業界に携わって気づいたのは、思っている以上に本気でやらないと業界は変わらないということ。社会的に必要だと信じ、人生をかけてやっているつもりでも、本物だと認めてもらうまでに時間がかりましたね。特に最初の10年間は、厳しい日々でした。

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「与えられること」に馴れすぎない

――塾の経営をしたり、保育園を始めたり、最初から教育関係の仕事をしたいと考えていたんですか?

安永:いいえ! 学生時代に夫と二人で始めた塾は、それなりにうまくいっていたし、すごく楽しかった。最終的に4校舎を持つまでになりましたし。でも、就活をするタイミングで一度は社会人になって世の中の大変なことを経験した方がいいかな、と考えました。20代は自分の知らないことも、苦しいことも全部含めて味わってみたかったんです。

――やっぱり仕事は好きですか?

安永:働くのは、すごく好きですね。それは、もう学生の頃からずっと。根っこにあるのは、知らないものなら何でもチャレンジしたいという好奇心と、自分でちゃんと稼いで暮らしていきたいという自立心だと思います。実家が厳しかったせいもあり、10代の頃から自活したい一心でバイトに明け暮れていたり。

――最初はかなり有名な金融機関に勤められていますね。キャリアチェンジに迷いはありませんでしたか?

安永:金融機関の仕事に不満はありませんでした。そこで働き続ける未来も、辞めて自力で築いていく未来も、どっちも楽しそうに思えて。でも、2人目を産んでも、3人目を産んでも、安心して預けたいと思える場所を作らなきゃ、という思いがありました。それに親になると、社会の子どもみんなの未来も心配になってきてしまって。そういう気持ちがあって、思い切って会社を辞め、「新しく挑戦する未来」を選んだんですね。

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――旦那様は学生時代から今に至るまで素敵なパートナーですね。

安永:夫とはずっと二人三脚でやってきましたね。彼はもともと大手の人材派遣会社で働いていたんですが、私が保育園を立ち上げてしばらくした頃に参画してくれました。彼も保育園の現状に不満を感じていたので「文句を言うくらいなら、自分で作ろうよ」と。それからは、私が早番、彼が遅番に入り、交代で保育園を回しました。まさに同志ですね。

――安永さんが一番大切だと考えることは何ですか?

安永:「生き抜く力」ですね。私たちは「与えられること」に馴れすぎていると思うんです。でも、本当は自分で考えて動いて手に入れなきゃいけない。保育園の名前の「どろんこ」には、そういう思いが込められています。みんなで泥まみれになって、感じて、考えて、動いて、成長していこうっていう。今後は、子どもばかりでなくて、先生(保育者)の「生き抜く力」を育てていきたいですね。

2時間にわたるインタビュー中、ずっと笑顔を絶やさず、苦労話も笑い飛ばしてしまう安永さん。21歳で学生結婚、23歳で臨月入社、24歳で起業。普通に考えれば「大丈夫?」と心配になるような状況でも、くよくよ悩まない。そのすがすがしさに圧倒された取材でした。

<安永さんの1日のスケジュール>
6時起床。6時半まで子供に勉強を教え、その後朝食タイム。30分間で、昼と夜のごはんを作っておく。コーヒーを飲んでメールチェックをし、8時半に出社。週の大半は、本社で会議。その他、各園をまわり、面談を行う。21時頃帰宅。早めに帰れる日は家族で食事。就寝は2時くらい。

西尾 英子