「でもブスだよね?」——仕事で評価されても地位を得ても、私たち女性はその一言で突き落とされてきました。それほど強く根付いた“ブス”という価値観が、近年のCMや企業動画の炎上を経て、少しずつ変わり始めているようです。それでも、いまだ“美人“であることを求められる現代社会。私たちはどうサバイブしていくべきなのでしょうか?
著書『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)などで女性を論じてきた稲田豊史さんと、数回にわたり紐解いていく連載です。
「ブスいじられ」が当然だった女芸人たち。ところが近年、「ブスいじられ」を拒否した芸人がTVから姿を消し、話題になりました。まさに「ポリ・コレ」問題の真っ只中にいる彼女たちはどう生きていくのでしょうか?
“おいしい”ブス呼ばわりと「ポリ・コレ問題」
「ブス」を戦略的に活用してサバイブしてきた女芸人が、近年直面した2つの問題。ひとつは「結婚するとつまらなくなる問題」、もうひとつが、今回考察するポリティカル・コレクトネスつまり「政治的に正しくない問題」である。
2015年4月、実力派女性漫才コンビ・アジアンのツッコミ担当・隅田美保が、自らの意志でテレビから姿を消した。理由は「ブスといじられるのが嫌だから」。
実際、隅田は吉本興業が発行する月刊誌『マンスリーよしもとPLUS』で毎年1回発表されていた「吉本ぶちゃいくランキング」で2010年から2012年まで3年連続で1位を獲得していた。そのため多くの番組で容姿を笑いものにされ、それを嫌がる隅田の姿が幾度となく放送されている。
それまでの女芸人界の常識であれば、隅田の「ブスいじられ」はかなり“おいしい”。しかし隅田は、それが心から嫌だったのだ。視聴者は驚いた。あの嫌がる姿は「テレビ向けのポーズ」ではなかったのである。
今年1月1日の隅田のブログには、こう書かれている。
私は現在、昔からの夢だった「結婚」がどうしてもしたくて、婚活に専念するために、2015年の4月からテレビの仕事を休んでいます。とにかく出会いの時間を優先したいからです。*
「ブスいじり」を封じたアリアナ・グランデ事件
殿堂入りした隅田に代わり、今度は2013年から3年連続でハリセンボンの近藤春菜(前回参照)が「ぶちゃいくランキング」第1位を連覇した。
ところが2016年4月13日、その春菜が苦笑いするしかない“事件”が起きる。彼女がレギュラー出演している朝の情報番組「スッキリ!!」(日本テレビ系)に、来日中だった世界的セレブにして歌姫、アリアナ・グランデが登場した時のこと。
春菜が得意とする有名な自虐ネタに「顔が映画監督のマイケル・ムーアとCGアニメのシュレックに似ている」というものがある。当日も加藤浩次が春菜を前にそれをいじったのだが、その場にいたアリアナ・グランデは少しも笑わなかったばかりか、あろうことかCM中にマジフォローしたのである。
「あなたはマイケル・ムーアになんか似てない。私が約束する」
先進国の常識に照らし合わせれば、女性の容姿を笑いものにするのは絶対に許されない。このようなモラルに世界一敏感なアメリカ・ショウビズ界の申し子であるアリアナが、春菜を笑わなかったのは当然だ。
しかし、いつもの自虐で安定の笑いが取れなかった春菜の胸中たるや、複雑だろう。アリアナの態度は政治的には圧倒的に正しいが、春菜の女芸人としての存在意義は激しく揺らいだ。皮肉というしかない。
口パクでビヨンセを踊る芸でおなじみの渡辺直美(彼女も「ぶちゃいくランキング」常連だった)は、2014年にアメリカ・NYに留学しているが、現地での反応は、どちらかといえば「デブなのに似ても似つかないビヨンセを真似ていて滑稽」ではなく、「ダンスが優れている」だったという。
ニューヨーカーにとって、「デブ」「ブス」「ハゲ」といった身体的特徴を嘲笑するのは、「黒人」「アジア人」といった人種的特徴を嘲笑するのにも等しい、あるいはそれ以上にモラルに反した野蛮人の所業なのだ。
なお、「吉本ぶちゃいくランキング」は同「べっぴんランキング」とともに、2016年に廃止された。
妊活CMに見る、森三中・大島美幸の「中和力」
女芸人だからといってブスをいじってはいけない、ブスで笑いを取ってはいけない――そんな倫理的潮流は女芸人たちから、かつては生命線だった「ブス売り」を封じつつあるのだろうか?
その結果が、前回紹介した渡辺直美のアフラックのCMや、近藤春菜のNTTドコモのCMなのかもしれない。彼女たちは、いずれのCMでもダイレクトに「ブス」扱いをされていないからだ。
極めつけは、この1月から流れているロート製薬の排卵検査薬「ドゥーテストLHa」のCMだ*。ここでは森三中の大島美幸が「妊活経験者」として起用されており、清潔感のある白いブラウスにピンクのカーディガンを羽織って、フレンドリーに商品を説明している。女芸人を起用しておきながら、自虐どころか笑いの「わ」の字もない。
かつての大島の、鬼気迫る“女を捨てた”芸風――生尻を出す、乱暴な言葉で相手に凄む、等――を知る者にとって、女性性を象徴する究極のアイテムとも言えるこのような商品に彼女が起用されるのは、隔世の感がある。
彼女を起用したことによってロート製薬が得るメリットは何だろうか。それは「女性視聴者に敵を作らない」ことである。
「妊活」は特に女性にとって大変デリケートなトピックであり、不特定多数の人の目に触れるCMで言及するのは、大変なリスクが伴う。妊活をしたくてもできない人、妊活しているのに報われない人、そもそも妊活という単語を耳にすることすら不快な人。彼女たちを敵に回せば、ロート製薬が被るダメージは計り知れない。
なぜ大島なのかの理由は、なぜ大島以外ではダメなのかを考えれば、おのずと見えてくる。
もし、このCMにモデル系の美女(実際に私生活でも出産経験済み)が起用されていたら? そこに漂い、視聴者の神経を毛羽立たせる「勝ち組感」と「選民感」は測り知れない。多くは語るまい、大島の起用は、あらゆるトゲトゲした空気を「中和」するのだ。たった15秒のこのCMには、美人にならずとも勝者になれる「ブス」の生存戦略のヒントがたくさん詰まっている。
次回は、本件にもおおいに関連する「ブスのパートナー問題」について考えてみたい。