「男女の交わり」だけじゃない! 春画に描かれた女性たちと当時の人々の視線【春画ール】

「男女の交わり」だけじゃない! 春画に描かれた女性たちと当時の人々の視線【春画ール】

“現代人が見る春画 ”をコンセプトに、SNSや書籍などで春画の魅力や楽しみ方を発信している春画ール(しゅんがーる)さん。6月15日に最新刊『春画の穴―あなたの知らない「奥の奥」』(新潮社)を上梓しました。

江戸の性を通じて、その文化的な背景や性への意識を読み解いた春画の鑑賞本。性行為の様子を赤裸々に描き、かつては「わらい絵」とも呼ばれていた春画ですが、その裏に隠された嫉妬や妄想、病気や犯罪に対するまなざしなど、当時の人々の価値観も垣間見えます。

そこで今回は、著者の春画ールさんに、同書を執筆した経緯や春画に興味を持ったきっかけ、春画の楽しみ方などお話を伺いました。

春画に興味を持ったきっかけ

——まずは、春画に興味を持ったきっかけと、同書を執筆された経緯を教えてください。

春画ールさん(以下、春画ール):2018年ごろに、初めて春画に興味を持って、春画の本を何冊か読み始めました。ここで春画がどう扱われてきたかをお話しすると、春画は長らく「秘められた資料」として扱われ、図に修正を加えることなく出版はできませんでした。1960年代には研究書が「猥褻文書・猥褻図画」とみなされて裁判となり、出版者・著者に有罪判決がくだされたこともありました。

1990年代になって無修正出版が解禁されると、春画に関する本が無修正で刊行されるようになり、やっと当時のままの春画を目にすることができるようになりました。実は海外では日本より早く1980年代から春画展が開催されていました。2013年に、日文研もプロジェクトに参加した春画展がイギリスの大英博物館で開催され、日本へもやってくる計画もあったのですが、受け入れる博物館や美術館がなく、企画がもう一度立て直された末、2015年に永青文庫(東京都文京区)で開催されることになりました。

春画ールさんが古本屋やネットオークションで集めた春画

——永青文庫での春画展には私も足を運びました。

春画ール:春画はわいせつ物ではなくて“男女のおおらかな性愛”を描いたものということで再評価されたからこそ、書店で春画の関連書籍が販売できるようになりました。そういう意味で私も「春画は素晴らしい芸術なんだ!」と思って春画や春画に関する本を読んでいました。私がこうして春画に関する本を出せるのもこれまでの研究者たちの活動のおかげです。ただ、自分で春画に関して勉強して、崩し字という江戸期の文字を読み解いていくうちに違和感を感じるようになりました。

——違和感というのは?

春画ール:「女の性は生まれつき淫乱」みたいなことが書かれていたり……。また、特定の地位にいる人々を排除するようなことを、“笑い”で描いていたりするんですね。そういう差別的な視線がすごく目に留まるようになりました。

春画って今までは芸術的な側面から語られてきたので、私の本も美術史のコーナーに並ぶんです。でも、そもそも春画は、近世の性の価値観だったり、文化や風俗を反映しているはずです。ギャップというか違和感が拭えず、私個人の関心は「当時の女性がどんなふうに見られていて、そのまなざしがどんなふうに春画に反映されているのか?」に移っていきました。

また、私は江戸期の医学書を読むのも好きで、婦人病や男性の包茎など、身体的な悩みにも興味が出てきました。そういうことも、春画に描かれていたりするので、人間の肉体だったり、精神だったり、社会的な性差について春画から読み解いてみたいと思ったのが、この本を書くきっかけです。芸術的側面ではない側面から春画を鑑賞してみることも、今の時代に沿った楽しみ方なんじゃないかなと思っています。

——江戸期の女性たちの月経事情も春画に描かれているんですね。

春画ール:「昔は生理痛はなかった」と言われがちなのですが、史料を読んでいくと生理痛の悩みだったり、生理が来ない原因だったりが書かれています。当時も苦しんでいる人はいたんです。そんなところにも焦点を当てたいと思いました。みなさんの中にも、それぞれの“イマジナリー江戸”みたいなものがあると思うんですけど、「それって本当なの?」と一つ一つ検証していきたかったし、それは自分にしか書けないという謎の使命感がありました。

江戸期の女性の性欲の扱われ方

——江戸期において、女性の性欲はどのような扱いだったのでしょうか?

春画ール:女性のマスターベーションに関して言うと、女性自身の声がまったく史料から見つけられないのです。女性のマスターベーションに関する本とかも、結局は男性が書いていたり。

パートナーとセックスすることのほうが、価値として高いんです。春画の中でも、女性が隠れて、一人で張形(はりがた)*を使って性を解放してるものもあるんですけど、それは、「表には出ないぶっちゃけ」という“笑い”という扱い。本当は、女性もマスターベーションをしてたんだろうなと思うんですけど、隠されたものとして春画では描かれています。

*張形:江戸時代の春画に多く描かれる女性自身のための性具

——江戸期では、男女のセックスこそ価値が高いとされていたんですね。

春画ール:男色ももちろんありましたけど、ベースとして、「男女の営みをして子孫が繁栄する」ということが最重要なので。イザナミとイザナギが交わって、国が生まれ、その後繁栄していったように、春画でも、男女が交わることによって国が繁栄するとか、家が繁栄するとか。男女の営みに、すごく重きが置かれていた。だから、春画では、夫と妻が交わっているところ、幸せそうに男女が交わっているところが描かれていたりするんです。

春画に描かれた性暴力や差別

——本の中では、性暴力についても書かれていて驚きました。

春画ール:おそらくこれまで、そういったシーンが描かれたものは春画の展示でもあまり出さなかったと思うんです。今回は、「春画のエアスポットを読み解く」ということをテーマにしていたので、「なぜ春画で性暴力が描かれてきたのか?」ということも書きたかったことです。

当時の性暴力事件に対して、「江戸期の人々はどんなまなざしで見ていたのか?」などを深掘りしていきました。そんなふうに読み解かないと、暴力的な行為が描かれているだけの春画になってしまうから。

——当時の価値観を知らないと、本当の意味が読み取れないというか。

春画ール:現代的な価値観で、性暴力の春画を見ても、結局は意味がないというか、鑑賞の深掘りができないという気持ちがあって。やっぱり私は、当時の人々がどういうことを感じたり、考えたりしていたのかが気になるんですよね。だから、裁判記録を読んだりして、当時の事件の背景を読み解いていきました。

——差別についても書かれていましたね。

春画ール:差別を“笑い”で描くというのが、春画における一つの特徴です。だから、「当時は何が差別だったのか?」「“笑い”とは何だったのか?」というところも、本の中に書いています。例えば、平安や中世の“笑い”を見ると、病気を患って苦しんでいる人を指さして笑ったりとか、社会的にみんなと同じではない人を笑ったりとか。“笑い”で特定のものを排除する精神性があったんですね。それが、江戸期にも盛り込まれていて、そういった“笑い”の表現が生まれたのではないかと考えていて。

やっぱり、「これって笑っていいのかな……?」と思うような春画もたくさんあるんですよ。だから、「なぜ、この絵師はこのことを面白おかしく描いたんだろう?」という、根本的なことが気になる。これまでに出された本ですと、「この春画はこういうパロディですよ」「こういうところが面白いということで描かれています」とか、淡々と説明されてるんですけど。私は、「じゃあ、なぜそれが面白かったのだろうか?」ということがどうしても気になってしまうんです。

左から、恋川笑山『実娯教絵抄(じつごきょうえしょう)』、恋川笑山『笑具 おへそが茶(わらひのぐ おへそがちゃ)、歌川国芳『百真名子(ひゃくまなこ)』=春画ールさん私物の艶本。

春画や史料を読み解いて現れる人間くささ

——春画を通して社会的な背景や人々の価値観を知りたいという思いがあったんですね。

春画ール:私は、「自分が生きてない時代の人々が、何を考えていたのか?」ということに、すごく興味があるんです。江戸期は、何百年も続いた混沌(こんとん)とした時代で、史料もたくさんある。そういうものをもとに、「当時の人々は、何を面白いと思って、何に美学を感じたのか?」を知りたい。

例えば、江戸期では、「後家は再婚をしないで、亡くなった夫をずっとしのぶのが美しいことだ」とされていました。しかも、「美人であるのはもっと素晴らしい」みたいな。つまり、「美人な後家がずっと亡き夫を思っている」という美学があったんです。そういうことが史料にたくさん書かれているのに、実際はみんなめちゃくちゃ再婚している。その矛盾が面白いなって思ったり。

——人間くさいですね。

春画ール:生々しさみたいなものが、人間っぽくてすごく好きなんです。首尾一貫してない感じが、めちゃくちゃ面白いというか。

他にも、取っ組み合いになって、金玉を引きちぎった事件とか、宙づりの女性が空から飛んできた話**とか。そういう意味の分からない江戸期の事件が面白い。タイムスリップもできないし、自分は絶対に見ることができない混沌(こんとん)とした江戸という時代を、今この世にある史料をもとに読み取っていくのが楽しいです。だから、この世には、私がまだ知らない春画が無限にあるんだろうなと、一生勉強しないといけないなと思っています。

江戸期のものに限らず、昔の本や史料を読んでいると「この世には自分の知らないことが無限にあるんだな」って常々思うんです。と同時に、江戸期の文学ではないですが『源氏物語』や『伊勢物語』だって、今も昔も変わらないようなことが書いてあります。江戸期の本にも「最近の若いやつらは……」みたいに、ぷんすかぷんすか書いてある。いつの時代もそうやって怒ってたんだなって(笑)。そういうところが面白いですよね。

**江戸時代の随筆『甲子夜話』(かっしやわ)の中にあるエピソード

春画に描かれた“新しい女性”

——明治期の春画もあることをこの本で初めて知ったのですが、「女学生」も春画に描かれていたのですね。

春画ール:彼女たちが描かれたのは、明治に生まれた“新しい”女性たちだからです。新しいことをするとたたかれるんですよね。でも、新しいことをして、世の中を引っ張っていくのはいつだって若い世代。ただ、その新しいカルチャーが受け入れられない。「女のくせに自転車に乗って面白くない!」みたいな。

——看護師(当時は看護婦)の春画もあるんですね。

春画ール:女学生同様、看護婦も明治時代に生まれたものです。春画って、流行を映す鏡みたいなところもあるので、当時の流行を描く。だから、新しい職業の女性で、エッチな妄想力を働かせるんです。

やっぱり、当時一番ニュースになっているものを描くと、見る側も飛びつきますよね。そして、はやりとエロって、どうしても切り離せないので、何でもエロに結び付けちゃう。「はやりのものでエッチなことを想像したい」という人間の欲望って、今も昔もあるんだなあと思います。

参考サイト:
https://lapis.nichibun.ac.jp/enp/UserMenu

(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)

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「男女の交わり」だけじゃない! 春画に描かれた女性たちと当時の人々の視線【春画ール】

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