もしあの女性(ひと)がオフィスにいたら…? 第11回

与えられた仕事は器用にこなす 大久保佳代子タイプが見せる「女のギャップ」

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与えられた仕事は器用にこなす 大久保佳代子タイプが見せる「女のギャップ」

「もしあの女性がオフィスにいたら?」
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「40代の女の人は、性欲ピークですもんねw」

ある時、エリートを名乗るふざけたアラサー男性がSNSコメントで冒頭の発言を投げてきた。当然ながら、人格者の私は怒る前に頭を冷静に保ち「世間にはさまざまな女性がいるというのに、なぜ会ったこともないコイツは40女が性欲ピークだと断定しているのだろうか」と思考を開始した。

どうやら世間のあまりかしこまらない男性誌やAVその他で、「40代熟女は、悶々としつつ、歳も歳ゆえ割り切っているから、男には最高」と、はるかにお手頃で後腐れもないと都合よく描かれているのを参考にしているようだ。

そうやって「40代女性の性欲」をめぐり憤りながら考えを巡らせていると、ふと頭に浮かんだのが、お笑い芸人の大久保佳代子さん(46)のことだ。

女の、女による、女のための性

テレビ番組で同列に並ぶ美女たちと比較すると、大久保佳代子さんのような、不美人な40代の女芸人がムンムンするエロを開陳するのは「開き直って」「お手頃で」、そして「みっともない」から「面白い」。

同世代の石田ゆり子さん(47)が、「奇跡の47」「かわいすぎる」と男性誌にデレデレで評価されているのを見ると、大久保佳代子さんの価値とは、47歳だというのに清純で生真面目なイメージを保つ石田ゆり子さんの価値とは真反対のところにあるのだろうと思う。

そして彼女だからこそ市場に拓いた新しい視点が2つある。一つは「他者に一方的に『不美人』と断定されたインテリ女性がつくる笑い」、もう一つは「『市場の需要』なんかとは関係ない、女の、女による、女のための性」だ。そんな濃いキャラの彼女が、職場にいたらどうだろう?

……独身アラサー編集のY子が、某人気お笑い番組の終了のニュースを見て言いました。「河崎さん、大久保佳代子さんって昔、OLなんですよね。どんな会社員だったのでしょうか?」

フツーが発酵してフツーの人たちの共感を生んだ

私:世代がほぼ一緒なんで、私はオアシズとして光浦靖子さんと二人でデビューした頃の『新しい波』(フジテレビ系)から見ていましたよ。大久保さんが普通のOLをしていた頃の『めちゃイケ』(フジテレビ系)は、大学卒業後のロスジェネ世代女子のドキュメンタリーのようでした。

でも初期のブレイクでは光浦さんだけが脚光を浴びたんです。「光浦は笑えるブスだけど、大久保は笑えないブス」と容赦のない評価で、番組に呼ばれない大久保さんは普通のOL生活をしていたんですよね。

Y子:コンビ格差があったんですね。大久保さん、よく辞めずに今までこられましたよね。コンビとしてのつながりが強かったのかな。それとも、お笑いへの決意が強かったとか。

私:うーん、そういう美談じゃないところがいいんですよね。7歳からの付き合いだそうですから、コンビの仲は家族みたいなものなんでしょう。でも光浦さんにフツーに嫉妬したし、「お笑いなんて」とひがみまくったそうです。OL時代はそこそこデキる社員だったそうで、大久保さんっていい意味で「何もかもがフツー」な人なんですよね。だからこそ花開くまでに時間がかかりすぎて発酵してしまったような屈折ぶりに、フツーの私たちが共感するのかなと思います。

Y子:なるほど。ところで大久保さんといえば、エロキャラとしても知れ渡っていますよね。40代独女として、とにかく遠慮なく下ネタ。弾けてるなーと思って見ていますが、でもどこか“わきまえている感“もありますよね。

私:大久保さんは、たぶん何でもこなせる器用な組織人だと思いますよ。自分のキャラを出すのも引っ込めるのも、TPOをちゃんと読むのが得意で、だから上にも同期にも下にも、変な敵は作らない。

自分を面白く演じることで周りを楽しませつつ、「これはキャラであって、本質はすごく真面目な女性なのでは」と感じさせるのは「負けの哀愁」の効果なんでしょう。彼女にならついて行ってもいいと思える。男性でも女性でも、無敗の人間になんて、共感できないですもんね。

インテリ女が見せる「ぬるっとした性」

大久保さんは本当は高学歴のインテリで、咄嗟の受け答えの反射神経もいい賢い女性だ。そんな彼女がぬるっとしたエロを打ち出した時に、そのギャップで大笑いした。「そうだよねぇ、どんな女にだって、エロはあるもんね!」。そこにテレビ的な需要なんてあろうがなかろうが、「女だってエロいんだよ」と、自分を脱いでいく大久保さんに、40女のエロを男性のための商品としてではなく、女たちの共感の笑いにしていく姿を見た。

彼女のエロとは、男の視線で既に出来上がったエロの価値観や形式の中、「不美人」の烙印を一方的に容赦なく押された彼女にはまったくエロなど期待されていなかったのに、「勝手に形式をなぞってみせた」エロである。まず男の期待ありきではないから、自己発生した、究極的に自律したエロ、「女の、女による、女のための俯瞰したエロ」という笑いだ。

でもそこに攻撃性がなくてゴツゴツせず、とにかくぬるっとしている。その潤滑性は、彼女が「ロスト・ジェネレーション」だった長いOL生活で体得してきたものではないかと思うのは、深読みだろうか。

「負け」の味を舐めてきた情の深さがある

「ぬるっと」人の会話のなかに入り、人間関係をこなしていくというのは、“ガキンチョ”にはできない技だ。コミュニケーション能力のなかで最も高度で難しいんじゃないか。

大きな声を出して、一瞬でも注目を集めるのなんか、いとも簡単だ。小さな子どものように、無造作に無神経に思いついた先から「これが私!」なるものを放りだして見せてやればいい。それでいいのなら、どんなにラクなことか。

でも「人間(じんかん)で生きる」とはそうではないと知り、他者への想像力や繊細な所作を身につけるのが大人になるということでもある。頭でっかちが、ボディに経験値という筋肉をつけて、バランスを修正する。腕があって継続的に重宝される芸人になるのも、同じことなのだろう。

摩擦を起こさずにいい仕事をする。自分の役割を適宜果たし、思いやニーズも適宜遂げて、しかも存在感を人々の記憶に残していく。おそらく「笑えないブス」という、芸人としてたぶん致命的な評価を一度は与えられ、プライドを粉々にされ、充分に負けの味を舐め尽くして「オバサン」になった大久保さんだからこそ拓くことのできた、全てを逆手にとった笑いだ。

「ピカピカじゃないけど及第点」という生き方

わりとそういう40代の先輩に、心当たりはないだろうか。

美人を売りにするようなキラキラで自己主張の強い女性とは別の枠に生息し、高学歴で、どんな仕事も及第点以上を打ち出してくる。受け応えもユーモラスで冴えていて、器用で多趣味だから後輩からの信頼も篤く、人気だってある。でも上司にウケるキャッチーさに欠けたからなのか氷河期の時代ゆえだったのか、仕事上はあまりチャンスに恵まれてこなかった。

実は、第2次ベビーブームだった40代には、時代のせいと笑ってゆるやかに諦めてきた、そんな女性がゴロゴロしている。だからオアシズの大久保さんや光浦さんが、同じ負けの味を知る同級生的感覚で同世代に支持されているのだ。

職場の40代をそういう目で見始めると、「ピカピカじゃないけど及第点」の得体の知れないあの人たちの理由がわかってくるんじゃないだろうか。期待されていない「オンナ」を出して笑いにする、その自虐がどこから来るのかも、わかるんじゃないだろうか。

だから、あの大久保さんが繰り出すエロは、女としてすごく高度な笑いなのだ。全女子、心して仰ぎ見るべし。

(河崎 環)

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