「脱・頭痛持ち」を目指し、脳神経外科専門医でいのうえクリニック(大阪府吹田市)の井上正純院長に連載でお話しを聞いています。これまで、日本の頭痛持ちは推計4,000万人にのぼること、三大頭痛である「緊張型頭痛」「片頭痛」「群発頭痛」の特徴、特効薬、予防薬、セルフケアについて伝えてきました(各記事のリンク先は文末などを参照)。今回・第11回は、患者数が増えつつあるという「薬剤の使用過多による頭痛」について尋ねます。
「薬剤の使用過多による頭痛」の診断基準は
——「薬の飲み過ぎによる頭痛」とは、頭痛を緩和するための鎮痛剤(痛み止め)をたくさん飲むと頭痛が起こる、または悪化する、ということでしょうか。
井上医師:そうです。日本神経学会、日本頭痛学会、日本神経治療学会などの共同監修による『頭痛の診療ガイドライン2021』では、「薬剤の使用過多による頭痛(薬物乱用頭痛 MOH)」という病名がつけられています。
市販の鎮痛剤や医療機関で処方された薬を長期にわたって連日飲み続けると、この頭痛が起こるケースがあります。その診断基準は次のとおりです。
(1)もともと片頭痛や緊張型頭痛がある
(2)1カ月に15日以上、頭痛がある
(3)鎮痛剤(頭痛のほか、月経痛や腰痛の痛み止めも含む)や、片頭痛の治療薬の「トリプタン」(第5回参照)を、1か月に10日以上服用する状態が3か月以上続いている
3つともに思いあたる場合は「薬剤の使用過多による頭痛」です。また、飲み続けている日数がはっきりわからなくても、「鎮痛剤を飲む回数が多いなあ」「鎮痛剤に依存しているかも」と思う場合も、早めに頭痛外来や脳神経外科、脳神経内科、またはかかりつけの内科を受診してください。
「薬剤の使用過多による頭痛」が女性に多い理由
——「薬剤の使用過多による頭痛」の患者さんは、どのぐらいいるのですか。
井上医師:日本の頭痛外来による調査のひとつでは、患者さんのうち14.6%がこの頭痛であり、そのうちの83.2%が女性と報告されています。この頭痛に悩む人の約8割は、もともと片頭痛のある人といわれていて、先の診断基準の(1)の片頭痛の患者さんには女性が多い(第4回参照)ことにその理由が挙げられます。
——「月経痛がひどくて、市販の鎮痛剤をつい用法用量以上にたくさん飲んでしまう。気づいたら頭痛も強くなって…」と話す人がいます。
井上医師:そうした患者さんは多いです。それが3ヵ月以上続くと、自ら鎮痛剤を飲む量を減らすなどのコントロールは難しくなるでしょう。そもそも、「頭痛の原因が薬の飲み過ぎにある」と気づいていない人も多いのです。「鎮痛剤を飲んでも効かない」「痛みの頻度が増えた」「痛みが悪化する」と思う場合は、医療機関を受診してください。
神経が過敏になって頭痛に
——どうして、鎮痛剤の飲み過ぎで頭痛が悪化するのでしょうか。
井上医師:鎮痛剤を飲み過ぎると、痛みの中枢がある脳などで痛みの感受性が高まります。するとだんだんと痛みに敏感になり、やがては、少々の刺激でも頭痛が起こるようになり、頭痛の頻度が増えると考えられています。また、痛みの性質や痛みが出る場所が変化するなど、頭痛が複雑化して、次第に薬が効きにくくなっていきます。そしてさらに鎮痛剤に頼りたくなって、服用の回数が増えていく悪循環となります。
治療では問診と薬を変える
——医療機関を受診した場合、どういった治療を行うのですか。
井上医師:まずは問診で、診断基準のチェック項目などの頭痛の状態について、また、服用している薬品名や、服用の頻度を尋ねます。
そして、「薬剤の使用過多による頭痛」である場合は、病態や原因について説明をします。急性期治療薬(鎮痛剤)の過剰使用と頭痛の進行との関係を知ってもらうだけで、薬の服用の量や回数を減らすことができる患者さんもいらっしゃいます。そのうえで、いま頻繁に服用している薬を減らす、中止するように、計画的に取り組みます。
——薬を減らしたり中止したりするのがつらくて、受診をためらう人もいるようです。例えば、片頭痛の特効薬だというトリプタンや、市販の鎮痛剤でも、減らすと頭痛や月経痛が悪化することはないのでしょうか。
井上医師:治療の原則は、①原因となる薬剤の中止、②薬剤中止後に起こる頭痛への対処、③予防薬です。薬には多くの種類があるので、患者さんの頭痛の状態に合わせて、性質や種類が違う別の薬に代えます。
例えば片頭痛治療薬のトリプタンは5種類あり(第6回参照)、別のトリプタンへ変更します。市販の鎮痛剤では、違う成分の単一成分の鎮痛剤にします。また、急性期の治療薬の服用が過剰とならないように、予防的な薬を用います。
もともと片頭痛であれば、カルシウム拮抗薬や抗てんかん薬などが、緊張型頭痛であれば抗うつ薬などが用いられます。慢性片頭痛で薬剤使用過多の場合には、CGRP関連製剤(第7回参照)の有効性が報告されています。
——薬を飲む回数を、診断基準未満にすることができれば、「薬剤の使用過多による頭痛」は治るのでしょうか。
井上医師:目安として、もともと片頭痛の場合には、「頭痛薬の使用が1カ月に10日未満に減った場合は、薬の使い過ぎによる頭痛を離脱し、もとの片頭痛に戻った」と考えられます。その後は片頭痛の治療に戻ります。
緊張型頭痛の場合は、薬の服用なしでも大丈夫なように、日常生活の習慣の見直しや頭痛体操(第2回参照)などのセルフケアを続けることで改善が望めます。
いずれの頭痛の場合も、前回(第8回)に紹介した「頭痛ダイアリー」による記録が治療にとって大いに役に立ちます。また「鍼(はり)による治療が頭痛日数の減少を認めたとの報告もあることが『頭痛の診療ガイドライン2021』に記載されています。
——再発の可能性はあるのでしょうか。
井上医師:「薬剤の使用過多による頭痛」は、原因となっていた薬を中止し、離脱してからも、1年以内に約3割の患者さんが再発しているという報告があります。
——予防するにはどうすればいいでしょうか。
井上医師:「頭痛ダイアリー」を活用し、定期的に受診して薬の使用頻度を確認することが重要です。「薬剤の使用過多による頭痛」を予防するには、頭痛薬の使用は「1カ月に10日未満」を守り、頭痛が起こっていないときに予防的に薬を服用することも避けましょう。
聞き手によるまとめ
痛みを抑えるために飲んでいる薬がさらなる痛みを誘発するとは、つらいことです。「薬剤の使用過多による頭痛」は自己判断による薬の選び方や服用法での改善は難しく、早めに受診して治療に取り組みたいものです。次回・第12回は、危険な頭痛について紹介します。