矛盾と混沌に包まれても生活は続く。私の結婚の話【小島慶子】

矛盾と混沌に包まれても生活は続く。私の結婚の話【小島慶子】

「「πな人生を生きていく。」」
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恋のこと、仕事のこと、家族のこと、友達のこと……オンナの人生って結局、 割り切れないことばかり。3.14159265……と永遠に割り切れない円周率(π)みたいな人生を生き抜く術を、エッセイストの小島慶子さんに教えていただきます。

第42回のテーマは「結婚」です。結局、するのかしないのか、考えるほど割り切れなくなるこのテーマ。小島さんが結婚生活を続ける中で見えてきたものについて綴っていただきました。

私の結婚の話

この連載は今回を含めて残り3回となりました。考えてみたら、結婚と、子どもを持つことについてはまだここでは書いていないことが判明。そこで今回は結婚について書きます。といってもまだ道半ばだし、私が結婚してみた感想でしかないので、結婚するべきとかしないほうがいいとか、結婚はいいものだとかろくなもんじゃないという話ではありません。

色々な選択がありますから、まあこんな感想もあるんだなと思ってお読み頂ければ幸いです。

2021年6月現在、私は、結婚してよかったと思っています。離婚を視野に入れた関係*であっても、だからこそ今の夫婦の関係は良好です。夫婦で戸籍を作るいわゆる法律婚をしてから、今年で21年。色々なことがあったけど、それでもやっぱり、結婚してよかった。死のうとしたほど辛かったことも含めて、結婚生活は、私がこの世を知る上で何よりも深い学びの場でありました。

(編集部註: 2018年から4年後に「離婚」というゴールに向けて何ができるか考えて生きてみようと“エア離婚”を夫婦で実践中)

結婚と幸せって、全く別の問題なんですよね。けどずーっと、セットだと思ってました。結婚は幸せになるためにするものだと、幼い頃から繰り返し繰り返し、聞かされてきたから。思い出してみてください。昔話からドラマまで、これまで見た物語では、女性が「結婚によって幸せになる」あるいは「結婚した/しなかったせいで不幸せになる」はたまた「結婚しようかどうか悩みに悩む」ものが圧倒的に多くなかったですか?

結婚に悩む男が婚活舞踏会を開いたら見慣れない女子が来て、真夜中前に帰っちゃったから落ちてた靴を拾って苦労の末に探し出して結婚して幸せになりましたとさ!とか、寂しさに耐えかねていたある日、森を通りかかったらドワーフたちが泣いていて、見ればめちゃくちゃ素敵な女性が横たわっているので思わず口付けたら彼女が蘇って好いてくれて結婚してくれましたとさ!じゃないですもんね。

結婚の幸せは、女の側から語られることが圧倒的に多い。女性にとって結婚は「今よりも素敵などこかへ連れて行ってくれるもの」だと、私も思い切り刷り込まれていました。

28歳で結婚を決めた3つの理由

高校生までは、母や姉と同じように、高学歴で有名企業に勤める高収入サラリーマンと結婚して専業主婦になるのが幸せだと信じていました。自らの願望というよりは、そうならないといけないという強迫観念に取り憑かれていました。何よりも、自分が慣れ親しんだサラリーマン家庭の生活からこぼれ落ちたくないという一心でした。自分もそういう男性を捕まえないと、母や姉のような生活は送れないのだと思うと、とても不安だったのです。

しかし大学1年の時に銀行に内定していた彼氏に振られたのをきっかけに、年収目当てで男を探すのはしんどいから、男並みの年収を自分で稼ぐことにしよう!とキャリア志向に転向。働き始めてからは、母や姉のような結婚をせねばという強迫観念から解放され、いわゆる結婚願望もさしてありませんでした。

ではなぜ28歳で結婚したかというと、直接的には3つの理由からです。一つ目は、3年間同棲していた恋人との生活に変化が欲しくなったこと。二つ目は、友達が次々結婚して、何度も結婚式の司会をするうちに、自分も結婚式をやってみたくなったこと。三つ目は、会社から「写真週刊誌に恋人との写真を撮られないように」とか言われるのがめんどくさくなったから。

3年間一緒に暮らしていた恋人は、私のあらゆる最悪な面を見ていたので、結婚するには良さそうな相手でした。しかし結婚しようではないかと提案すると「過去に一度離婚しているので結婚には慎重なのだ」とかなんとか理由をつけて、なかなか踏み切ろうとしません。しかしとにかく結婚式をやってみたかった私は詰めに詰めて同意を取り付けるに至りました。二人で具体的な計画を立てて段取りを進めるのはとにかく楽しかった。親族向けの神式の挙式と、仕事関係者向けのホテルでの披露宴の2回に分け、披露宴は花の種類からメニューまで全てオーダーメイドで二人で決めて、パーティー前夜は徹夜で台本を書きました。

夫に期待したこと、予想外だったこと

彼は3年一緒に暮らしても私を嫌いにならなかった、つまり慶子耐性があり、家事や経済力など生活運営面でも大きな問題はなく、私よりも多くの種類の感情や人生の苦労を知っていそうでした。当時私は、自分はどうも世間知らずだという気がしていたので、若い時から苦労している人と結婚したら、視野が広がるのではと考えたのです。

結婚したことによる一番大きな変化は、新しい親戚ができたことでした。結論からいうと、親戚付き合いという点では、私は昔ながらの結婚という制度にはかなり不向きでした。夫の両親はすでに他界していたのでいわゆる姑とのトラブルがなかったのは幸いでしたが(それも結婚を躊躇わなかった理由の一つです)、夫の親戚の中には、家父長制バリバリの奇想天外な無茶振りをしてくる人たちがいたのです。当初は私もそれを珍しい風習としてちょっと面白がっていました。しかし親戚付き合いは遊びじゃないので、放置するとリアルに生活が脅かされます。夫が親戚ブロックをかけたおかげでおさまったものの、法的な結婚にはこういう厄介ごともついてくるんだなと思い知ったのでした。

結婚式の余韻と既婚者生活の物珍しさが落ち着くと、子どもを産むってどんな感じだろう?とまた好奇心がむくむくと湧いてきて長男を産みました。しばらくして、ある事件から私が初めての育児でてんてこまいだった最中に夫が超絶クソ野郎な振る舞いをしていたことが判明。このショックに加えて、かねて懸案だった実家との関係やら仕事復帰の重圧やらもあって、精神を病みました。しかしサバイブするために夫がやったことは封印して、彼のいい面だけを見て生きると決め、次男を出産。身を切るほど辛い気持ちと、心の底から尊いと感じる出来事とが混在する日々でした。

やがて何年もかけて、純度100%の幸福じゃなくても人は幸せを感じるということを知りました。純度70%、15%、45%、2%、などと幸せとしんどさがモザイク模様になって散りばめられ、死にたくなったり世界が煌めいて見えたりして月日が過ぎました。

矛盾と混沌に包まれながら進化する

今も息子たちと私たち夫婦はいい関係です。だからこそ、海外移住の大冒険もみんなで力を合わせて乗り切れました。互いに強い信頼で結ばれたナイスなファミリーなのですが、同時に夫と私の間には修復できない傷があり、それを息子たちも知っています。かけがえのない関係が最低の出来事を内包して、光を放ったり闇に沈んだり、怒りに冷え切ったり温かい笑いに包まれたりして進化し続ける有様を4人で見ている。この矛盾と混沌こそが、若い自分が知らなかったものなのだなあと今は思います。

夫が過去にしたことを思って「あいつのせいで私の完璧に幸せな結婚生活は3年しか続かなかった、あとはずっと血を流しながら生きている、人生を返せ」と思う時もあれば、「あんなひどいことがあり、同時にさまざまな尊いことがあるのが人生なのだな。誰かと生きる、ってそういうことなんだな。人間の得体の知れなさを間近で見るのはしんどいが、面白い」と思う時もあります。思えば一人の人間の醜さと温かさにこんなに長期間、これほどの深度で触れたことは、夫との関係以外ではありません。それでもなお、彼という人間を私はほとんど知らないのです。なんと不思議なものでしょうか。

私が息子たちを思うのと同じように深く彼らを愛し、家族の記憶を共有している世界でただ一人の人が、夫です。私を誰よりも苦しめた人間と、誰よりも受け入れた人間とが同一人物であるややこしさ。別々だったら良かったのに。まあ、このまま法的な夫婦を続けようと、元夫婦の友人同士になろうと、事実婚夫婦になろうと、どちらかが死のうと、彼と私は他にはない関係であることは確かだし、そういう関わり方をした相手が一人でもいるのは、人間を知るという意味ではなかなか得難いことではないかと思います。

“シンデレラの亡霊”の声を聞きながら思うこと

生きることは長い長い、100巻組の連作の本を読むようなもの。何巻目まで読んで終わるかわからないけど、誰も完結するまで読み切ることはできません。何歳で生涯を終えても、「ああ、まだ途中だったのに」「最後はどうなるか知りたかったのになあ」で終わるのだろうし、回収されない伏線や、矛盾した記述もたくさんあります。私の約49年の人生の中の21年、同棲期間も入れたら24年を占める夫との結婚生活が、物語に占める割合はすでにかなり大きい。元は互いの存在すら知らない他人だったのに。

今でも心の中には「結婚して誰かと一緒に生きるなら、いつもハッピーで平和でいたい!やり直せるなら、そういう“幸せな結婚”がしたかった!」と叫ぶシンデレラの亡霊がいます。もし、時間を巻き戻して、もう一度人生をやり直せるなら……。過去に付き合った誰を思い浮かべても、きっと48歳の私は同じようなことを言っているのではないかと思います。では、もし誰とも結婚していなかったら? 私は一人で生きていくのは、つまり厄介な自分自身と二人きりで生きていくのは、どのみち耐えられなかったでしょう。

きっとどんな形式であれ、誰かと恋愛を経たパートナーシップを結んでいたと思います。もしかしたら、夫と結婚しなければ、彼がしたようなひどいことはしない、全然違う人と出会っていたかも知れません。うん、結婚式をやってみたいなんていう目先の理由で結婚を決めずに、もっと待てば良かったのかも。そうしたら、流さなくていい涙もあったのかなとは思います。しかしまあ、人生は一度きりです。生きてしまったものは仕方がない。

どんな選択をしても、きっと予想外のことが起き、暗く深い淵を覗くことがあるのでしょう。誰かと生きるって、他人の人生に巻き込まれるということ。それは見方を変えれば、予想を超えた学びや発見の機会を得るということでもあります。このちっぽけで世間知らずの脳みその外に出るには、それはなかなか悪くない方法だったのではないかと思うのです。

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