「清田隆之シ×ジェーン・スー」第1回

カッコつけたいのは彼女じゃなくて男友達の前 なぜ僕はオラついてたのか?【清田隆之×ジェーン・スー】

カッコつけたいのは彼女じゃなくて男友達の前 なぜ僕はオラついてたのか?【清田隆之×ジェーン・スー】

コラムニストのジェーン・スーさんが会いたい人と会って対談する企画。今回のゲストは恋バナ収集ユニット「桃山商事」の清田隆之(きよた・たかゆき)さんです。全3回。

僕が「桃山商事」を立ち上げた経緯

ジェーン・スーさん(以下、スー):こうやってゆっくりお話するのは初めてですね。清田さんといえば、恋バナ収集ユニット「桃山商事」の活動でも知られ、最新刊『さよなら、俺たち』(スタンド・ブックス)も話題になっています。大学でのサークル活動がそのまま仕事になったとのことですが、どんな経緯だったんですか?

清田隆之さん(以下、清田):通っていたのは早稲田大学だったんですが、そこで二つのサークル活動をやっていました。一つは自分が立ち上げた桃山商事の活動で、もう一つがメンバーとして参加していた出版系サークルです。デザイン、イラスト、テキスト、写真と、それぞれ得意なものを担当してばかばかしいグラフィック作品を作る団体で、学内外で話題になり、雑誌連載など出版社から仕事のオファーが来るようにもなって。

当時は就職氷河期で就活はしておらず、「このまま食っていけるのでは?」と2005年の卒業後にそのままメンバー五人で法人化しました。編集プロダクションとデザイン事務所が合わさったような小さな制作会社でしたけど、ゆくゆくは広告のクリエイティブをやろうという野心を抱き広告賞にも応募したり。食ってくために受験雑誌のコンテンツ制作からエロ本の白黒ページを埋める仕事まで、何でも必死にやりました。

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スー:清田さんはそこで文章を担当されていたんですか?

清田:僕はテキスト担当で、いろんな雑誌でライター仕事もしていました。一時期は月給が30万円を超え、代々木に広いオフィスを借りられるくらいにまでなったんですが、リーマンショックの影響をモロに受け、原稿料やデザイン料が一気に下がって会社として売り上げがきつくなり……。

当時はメンバー全員が30歳手前で、会社の経営を安定させるために稼げる仕事を増やすか、クリエイティブチームとして認知されるよう給料を削って作品づくりの比重を重くするか、みたいな話し合いを何度も重ねました。でも全員の意見がまとまることはなく、段々と「自分の視点でモノを書けるようになりたい」という思いが勝るようになり、約8年働いたその会社を辞め、32歳のときに独立しました。

スー:そうだったんですね。いまその会社は?

清田:制作会社として今でも活動しています。社員も十人近くいるんじゃないかな。立ち上げメンバーも二人残っていて。

スー:おお、続いていらっしゃるんですね。私が最初に清田さんのお名前を目にしたのは、桃山商事としての活動だったように思います。

清田:桃山商事は元々、思いつきで始めた遊びのような活動でした。僕の通っていた第一文学部が女子ばかりの環境で、クラスメイトから彼氏の愚痴や恋愛の相談を聞くことが多かったんですね。「男子の意見を聞かせて」みたいな。でも自分にはまともな意見を言える自信がなく、高校や予備校の同級生に助けを求めました。その「複数人の男で恋バナを聞く」というスタイルが意外な好評を呼び、口コミで広まって友達の友達とかからも依頼が来るようになって(笑)。「また仕事が入った!」って盛り上がり、会社みたいにしようとなってつけたのが「桃山商事」という名前でした。

当時ちょうど高田純次さん、大竹まことさん、渡辺正行さんの3人が日テレで「あんたにグラッツェ!」(通称「あんグラ」)という番組をやっていて、毎回1人の女性ゲストを、おしゃれで面白くてシニカルなおじさんたちが囲んで楽しませるというコンセプトにインスパイアされた部分もひそかにありました。

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スー:まさかのその3人!

清田:桃山商事の活動は卒業後も続き、恋人と別れたとか、彼氏とうまく行かないとか、依頼があるごとにみんなで集まっていました。学生時代はみんな時間があったので、落ち込む女子と一緒に海とか山とか遊園地に出かけ、車中で話を聞きながら「それはつらい……」「ひどい彼氏だ!」なんて盛り上がるチャラチャラした活動でしたが、社会人になってからはカフェなどでじっくり話だけを聞く現在のスタイルになっていきました。

それを仕事でご一緒する雑誌やウェブメディアの編集さんに雑談レベルで喋っていたら、「せっかく変わった活動してるんだし何か書いてみたら?」と声をかけていただき、段々と仕事と結びつくようになりました。

スー:へー! なにが仕事になるか、わからないものですね。私が最初の本『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ社)を出したのが2013年で、確か清田さんの名前を見るようになったのもその頃だったような。

清田:まさに『わたプロ』の書評をTVブロスに書きました。その時スーさんともTwitterでやりとりして。

スー:それだ。そうそう、昔やりとりしたって記憶あります。

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