5月11日に新刊『名曲の裏側:クラシック音楽家のヤバすぎる人生』(ポプラ新書)が発売されたばかりの音楽プロデューサー・渋谷ゆう子さんによると、今年はバレエの当たり年だそう。「バレエ」と聞くとなんとなく敷居が高い気がしてしまいますが、この機会にバレエ鑑賞に出掛けてみては? 「バレエに親しもう」と題して、渋谷さんにバレエの歴史や鑑賞の仕方について3回にわたって解説していただきます。
なんとなく敷居が高い「バレエ」
前回の映画『アルマゲドン・タイム』のレビューでも登場したチャイコフスキーのバレエ『白鳥の湖』は、三大バレエのひとつとも言われるほど有名で評価の高い演目です。美しい白い衣装だけでなく、その物語もなんとなく知っているという人も多いでしょう。
バレエといえば白いタイツをはき、豪華でふわふわとしたチュチュを着て優雅に踊る舞台。実際に見たことがなくても、そんなバレエのイメージは日本でも浸透しています。踊りだけでなく音楽も有名で、特にチャイコフスキーの音楽は日本人にも耳なじみがあるでしょう。『白鳥の湖』をはじめ、『くるみ割り人形』『眠れる森の美女』は三大バレエとして世界で上演されています。
バレエは遠い国の文化? いえいえ、実は日本でも毎週のように各地で公演が行われていて、世界で活躍するバレエダンサーを間近で見られる海外団体が来日しています。しかし、一方で実際に舞台を見にいくという人はまだまだ少ないのが現状かもしれません。
おそらくそれは、クラシック音楽のコンサート同様、バレエは敷居が高いと感じたり、どこをどう見ればよいかわからないと思ったり、バレエを習ったことがないから行きづらいなどと思う方もいるからでしょう。見てみたいと思っても、初心者でもいいのかと不安になり、気後れしてしまっているかもしれません。でも大丈夫。実は筆者もクラシック音楽の仕事をしているにも関わらず、バレエ公演を自発的に年に何度も見るようになったのは、ここ10年足らずのことなのです。

新国立劇場バレエ団『白鳥の湖』撮影:鹿摩隆司
私がバレエ好きになったきっかけ
私がバレエを好きになったのは、『フランケンシュタイン』の物語をバレエにした新作を見たことがきっかけです。人造人間が自身を作った医学生の愛を得たいと願うばかりに、周りの人たちを次々と殺してしまい、それが引き金で愛する医学生までも死んでしまうという恐ろしくも悲しい物語です。
人造人間役のダンサーは、全身を覆うタイツに皮膚のツギハギが施された恐ろしい衣装で、およそ優雅な様相ではありません。バレエなので登場人物にセリフはなく、踊りとマイム(身ぶり手ぶり)だけで表現していくのですが、人間の身勝手さ狡猾(こうかつ)さや、モンスターとなってしまった悲しみと同時に湧き上がる恐れと怒りなど、複雑な感情を体全体で表現していて、私はその舞台にすっかり魅入られました。
殺人鬼として周囲の人間に恐れられてしまった人造人間の悲哀に完全に感情移入してしまい、涙が溢(あふ)れて止まらなかったのです。一言のセリフもない中、身体表現だけで物語をわからせるだけでなく、内面もしっかりと表現したダンサーたちに、劇場の中は感動で一体となっていました。幕が下りた時、観客の多くは私と同じように目に涙を浮かべながら、立ち上がって拍手をし、ブラボーと叫び続けていました。この時の強烈な観劇経験が私を一気にバレエファンに変えたのです。
私が観たこの演目はロンドンのコヴェント・ガーデンにあるロイヤル・オペラ・ハウスのロイヤル・バレエ団の初演でした。初演というのは新作初めての公演のことで、バレエは昔のものではなく今現在も進化し続けている芸術といえるでしょう。このロイヤル・バレエと、ミュージカル『オペラ座の怪人』での舞台としても有名なパリ・オペラ座バレエに加え、ロシア・モスクワにあるボリショイ・バレエが世界三大バレエ団と呼ばれています。それ以外にも世界各国に数多くのバレエ団が存在し、それぞれにしのぎを削っています。またバレエ団の組織にアカデミーをつけて後進の育成に励んでいるところも多くあります。こういうと、なんだか遠い世界の文化のようですが、実はそんなことはありません。
現在、日本の新国立劇場バレエ団は、ロイヤル・バレエにおいて日本人で初めてプリンシパル(最高位のダンサー)となった吉田都が芸術監督として率いています。テレビやCMなどでもおなじみのバレエダンサー熊川哲也は同じくロイヤル・バレエでプリンシパルを務めたのち、日本に戻ってKバレエカンパニーを運営しています。また来年2024年に創立60周年を迎える東京バレエ団は、1966年にモスクワ、レニングラード(現・サンクトペテルブルグ)で公演を行い、当時のソビエト文化省より”チャイコフスキー記念”の名を与えられている力のある団体です。その他、牧阿佐美バレヱ団や森下洋子率いる松山バレエ団など、日本には複数の卓越したバレエ団体が存在しています。加えて子供から大人まで学べるバレエ教室は日本中で展開されていて、実は日本でバレエ文化はかなり浸透しているのです。

新国立劇場バレエ団『白鳥の湖』撮影:鹿摩隆司
初めてバレエを見るなら…
とはいえ、やっぱりなんとなく高尚なイメージ、ハイソサエティーな雰囲気に気圧されてしまい、なかなかバレエを見にいくきっかけがつかめないという方もいらっしゃるでしょう。そんな不安を取り除き、一歩を踏み出すきっかけとして、やはり有名な一作を見るところから始めていただければと思います。そう、やっぱりここは「白鳥の湖」です。折しもこの6月からは新国立劇場バレエ団で『白鳥の湖』の公演がはじまります。コロナ禍で一度は延期されたこの演目。多くの人が待ち望んだこの作品は昨年に続き上演が決まっています。
また、8月にはウクライナ・グランド・バレエによる、水と映像の演出を加えた『白鳥の湖』も。残念ながらKカンパニーの今年の『白鳥の湖』は終わってしまいましたが、まだまだ日本各地で行われる魅力的な公演も控えています。そんなバレエにまずは触れて、感じて、そして、かつての私がそうであったように新しい刺激を受けていただきたいと願ってやみません。
次回ではそんな人生の新しい刺激の第一歩となるよう、バレエの歴史や魅力、気後れせずにバレエを楽しめる方法をお伝えします。
新国立劇場バレエ団『白鳥の湖』は2023年6月10日(土)~6月18日(日)に公演。予定上演時間は約3時間(休憩含む)。
(渋谷ゆう子)