『世界の中心で、愛をさけぶ』にはじまり、数々の名作を世に送り出してきた脚本家・伊藤ちひろさんが初監督を務めた映画『ひとりぼっちじゃない』が、3月10日(金)に公開されます。
純粋さと狂気は紙一重——。人とうまくコミュニケーションがとれない主人公・ススメの日常は、偶然出会った女性・宮子に恋をすることで少しずつ変化を帯びていきます。しかし、宮子には理解できない謎が多く……。
本作でススメを演じた井口理さんと、宮子を演じた馬場ふみかさんにインタビュー。前編では、オファーを受けたときの感想や、キャラクターをどのように理解し役づくりしていったのかを聞きました。
「何を根拠に推してくださったのだろう?」
——今作のオファーをどのように受けたのでしょうか。
井口理さん(以下、井口):伊藤監督とは、行定勲監督の忘年会で初めてお会いしました。その場では言葉を交わすことはなかったのですが、忘年会での僕の居住まいを見て「ススメ役ができるんじゃないか」と思ったそうです。
「何を根拠に推してくださったのだろう?」という疑問を早く取り払いたくて、オファーをいただいてからすぐに原作を読みました。そこに書かれていたススメは自分に近しい部分のあるキャラクターで、妙に親しみが湧き、演じるのが楽しみになりましたね。
馬場ふみかさん(以下、馬場):私は、オーディションのような場に呼んでいただいたのがはじまりでした。「こういう役があるんですけどちょっと読んでみますか?」と監督に言われて、嗅覚の記憶のシーンを少しだけ読みました。
その日の夕方に電話をいただいて「宮子役、お願いします」と言われたときは、正直、驚きのほうが大きくて……。宮子を託してもらえることはすごくうれしかったけど、オーディションでの手応えがあまりなかったので「どうして私に?」と思ったんです。
井口:監督はもともと、馬場さんの雰囲気がすごく好きだったらしいよ。もちろん、宮子役をオファーしたのはそれだけが理由じゃないと思うけど。
馬場:そうなの!? それはいま初めて知りました(笑)。
自分でも見たことのない表情が引き出された
——今作には、登場人物の感情を表すセリフがほとんど出てきません。それぞれの役柄をどのように理解し、構築していったのでしょうか。
井口:原作の小説には「ススメの日記」という形で、ススメの心理が全て描かれています。ただし、それはあくまでススメの視点で見た世界であり、一部、妄想が混じっているかもしれないんですよね。
映画では、馬場さん演じる宮子や、河合(優実)さん演じる宮子の友人の蓉子など他者の視点が入ってくる。ススメの独りよがりな物語にならないように、余白を残しておかなきゃいけないなと思いました。だから、原作に書かれたススメの心情をどこまで表情や動作に反映するか、クランクイン前にすごく考えましたね。
馬場:宮子は自分とかけ離れた人物だし、これほどつかみどころのない人物は周りにいないし、どう役づくりをしたらいいのかとても悩みました。
ただ、クランクイン前、監督と優実ちゃんと3人で話していたときに、監督から「馬場さん、すごく宮子に似てますよ」って言われて。監督いわく「宮子のちょっとドライな感じが、すごく馬場さんに似ています」とのことでした。
井口:意外とそうなのかな、って俺も思った。宮子役にすごくハマっていたから。
——馬場さんは、漫画発の作品に出演されることも多いので「明るくて元気なヒロイン」みたいなイメージを持たれている方も多そうですよね。そんな中で、監督はドライな一面を見抜いていたと。
馬場:監督にそう言われて「確かに」と思った一方で、それまでお会いしたこともなかったのになぜわかったのだろう……と、驚きましたね。
監督の頭の中には、宮子像が鮮明にあるようなんです。話すスピードも、まばたきの仕方も、とにかく全部ゆっくり。ビジュアルイメージもはっきりしていて、衣装合わせは全部で5〜6時間かかりました。下着からふんわりしたワンピースまで、どんぴしゃにハマる服がくるまで何度も着替えたんですよ。
——そのようなこだわりの果てに、宮子というキャラクターができ上がっていったんですね。
馬場:私は「宮子いなかった説」をいまだに疑っているんです。幻というか、ススメが妄想で作り上げた人物なんじゃないかなって。目の前にいるのにいない感じがする人、一緒にいるのにいない気がする人。そういうふうに見えたらいいと思いながら演じていました。
宮子を演じるのはチャレンジでしたし、自分でも見たことのない表情が次々引き出されたと感じています。試写を見たときに「見たことない馬場さんだわぁ……」って思いましたね。
井口さんは「すごく愛のある人」
——初めて共演した感想についても教えてください。
井口:馬場さんは、対応力がすごい。宮子って、普段は0.5倍速くらいのスピードで話すのに、急に1.5倍速になるシーンが一つだけあって……。
馬場:あれはしんどかった(笑)
井口:しんどそうだったけど、テイクを重ねても毎回同じクオリティーでアウトプットするのがすごいなって。今回の共演は、そういう技術的な面ですごく勉強になった気がしました。
馬場:ススメも宮子も、それぞれ大変なシーンがあったんです。宮子の場合は、いま井口さんが言った急に早口になるシーン。何十回もテイクを重ねてやっとOKをいただけました。
カットがかかった後、井口さんが「お疲れ! 良かったね」「大変だったね」って激励してくれて。ものすごく愛がある人だな、ありがたいなと思いました。
——インタビューのはじめから感じていたのですが、すごく打ち解けていらっしゃいますよね。お二人は、もともとお知り合いですか?
井口:以前、何度かお会いしたことがありました。
馬場:会ったといっても、挨拶程度でちゃんとお話ししたことはなかったんです。映画『劇場』などに出演されていることも知っていましたが、私の中では「King Gnuの井口さん」像が完全にでき上がっていたので、一緒にお芝居するとわかったときは不思議な感じがしました。
ところが、いざ一緒に現場に入ると、とんでもない集中力を発揮する方で……。びっくりしましたね。
井口:追い込まれているだけなんだけどね。
かけた熱量や周りの人との一体感が作品に表れる
井口:俺ね、いまだから話すけど、馬場さんの飄々とした感じにのみ込まれないようにしていたの。馬場さんは、カメラが回ったらいきなり役に入れるけれどそれまではあっけらかんと笑ったりできる。でも俺はそういうタイプじゃない。だから、そっちに気持ちが持っていかれないように、持っていかれないように、って必死だった。
馬場:私はそうやって撮影前に役に入り込むことができなくて……。できたほうがいいなって、いつも思うんだけど。
井口:切り替えがはっきりしているタイプなのかな。俺はそれが羨ましい。
馬場:井口さんは、現場でずっと、キリンジの「エイリアンズ」を聴いていた印象があります。
井口:それバラしちゃうの!? 恥ずかしいな。ほかの俳優さんに現場での過ごし方を聞いたとき、「演じる役のテーマ曲を聴く」っていう方が結構いて。河合さんもそう言っていたし、そういうものなのかなと思って、マネしてみたんですよ。
——なるほど。井口さんは、東京国際映画祭のときに「今作で俳優としてのスタートが切れた」とおっしゃっていましたよね。その確信を持てたシーンはありましたか?
井口:これといって具体的なシーンはないのですが、やっぱり作品について考えたり、向き合ったりした時間の蓄積って大きいんですよね。どのくらい熱量をかけたか、周りの人と同じ方向を向いてやれたかどうかが、完成した作品にどうしても表れてしまう。それは、音楽をやっていても思うことではあるんですけど。
今作は、映像としてどうこうというよりも、そういう面であまり欠点がなかったように思います。皆が同じ方向を向いて、エネルギーをぶつけ合っていた。それって、すごく幸せなことだなと思います。
インタビュー後編は3月7日公開です。
(取材・文:東谷好依、撮影:面川雄大、編集:安次富陽子)
■作品情報
映画『ひとりぼっちじゃない』
井口 理(King Gnu)
馬場ふみか 河合優実
監督・脚本:伊藤ちひろ
エグゼクティブプロデューサー:古賀俊輔 倉田奏補 吉村和文 吉永弥生
企画・プロデュース:行定 勲 原作:伊藤ちひろ「ひとりぼっちじゃない」(KADOKAWA刊)
製作:「ひとりぼっちじゃない」製作委員会(ザフール セカンドサイト ダイバーシティメディア ミシェルエンターテイメント)
制作プロダクション:ザフール 企画協力:KADOKAWA 宣伝:満塁 配給:パルコ
公式サイト:http://hitoribocchijanai.com
(C)2023「ひとりぼっちじゃない」製作委員会