女優の有村架純さんが主演する映画『ちひろさん』が2月23日(木・祝)からNetflixで世界配信&全国劇場で公開されました。
海の見える田舎町のお弁当屋さんで働いているちひろさん。元風俗嬢であることを隠そうとせず、飄々(ひょうひょう)と生きるちひろさんの周りには、いろいろな事情や孤独を抱えた人たちが集まってきます。
『ショムニ』で知られる安田弘之さんの同名マンガが原作。『愛がなんだ』や『窓辺にて』など、一筋縄ではいかない恋愛模様や人間関係を繊細に描くことで定評のある今泉力哉(いまいずみ・りきや)監督が映像化しました。『ちひろさん』を映画化するにあたり意識したことは? 今泉監督にお話を伺いました。

今泉力哉監督
「分からない」と言える大人でいたい
——『ちひろさん』を映画化するにあたり、原作者の安田さんといろいろなお話をしたと伺いました。どんなお話をされたのでしょうか?
今泉力哉監督(以下、今泉):最初に原作を読んだときに、どんな映画にするかという話よりも、「ちひろさん」という人物を生み出して、こういうお話を描いている人は一体どんな考えの持ち主なのか? ということに興味が湧きました。そして、プロデューサーに頼んで安田さんに会わせていただきました。
ちひろさんは、普通の大人とはちょっと違うというか“へんな大人”です。僕が子供の頃にいた、ちひろさんのような大人の話とか、ひたすらちひろさんについて話していました。あとは、「孤独」や「寂しさ」は一般的にはネガティブなもの、できれば感じたくないものとして扱われているけれど、必ずしもいけないことではないよね、とか、どう孤独や寂しさと共に生きていくか? というような話をしました。
——今泉さん自身は、どんな大人でいたいと思っていますか?
今泉:なるべく立派な人じゃなくいたいと思っています。敷居が一番低いところにいたいというか…… 。僕は今、子供が3人いるんですけれど、子育てしていて思うのは、親が子供より全部知っていなければいけないということはないなって。子供のほうが知っていることもたくさんあるから、分からないことに対しては「分からない」と普通に言える大人でいたいと思っています。
ただ、監督という仕事は特殊で、現場でも最終的なOKを出すのは監督の役割なのでつい偉そうというか上にいるように見えてしまう。自分の意識としてはそんなこと全然なくて……。「幸せ」についてもそうで、例えば世間ではお金をたくさん持っていることや豊かであることを「幸せ」と表現することがあるけれど、そういう軸ではなく、自分の幸せの軸を持っていたいと思っています。自分の中の好き嫌いがちゃんとある人になりたいし、なるように意識をしています。
「嫌なことを“ なかったこと”にしない」有村架純とちひろさんの共通点
——自分の幸せの軸を持っているというのはまさにちひろさんですね。有村さんが演じたちひろさんもぴったりでした。
今泉:有村さんに演じていただいて本当によかったと思うのは、ある種の暗さや寂しさというのを“いけないこと”ではなくしてくれたこと。そして映画が完成して、舞台挨拶や取材を受けていく中で気づいたのですが、有村さんってめちゃくちゃ真面目なんです。
そういう有村さんが持ってる“真面目さ”が実はちひろにめちゃくちゃ必要だったことに今さら気づきました。ちひろは一見、すごく自由で不真面目ではないけれどフワフワして見えるけれど、逆なんです。
——逆というのは?
今泉:例えば、一般的に大人になるというのは、状況に応じて嘘(うそ)をついたり、他人と折り合いをつけたりして生きることとされるけれど、それって真面目ではなくて不真面目なんじゃないかなって。うまく嘘(うそ)をついたり、自分は本当は嫌だったりやりたくないのに我慢するのって、自分自身に向き合っていないという意味で、ある種不真面目なのかなって思うんです。そういう意味で、自分が嫌なことを“なかったこと”にしないで、誠実に向き合う人がちひろなんだと思いました。
そして、それって有村さんが持っている真面目さとリンクするなとこのタイミングで気づきました(笑)。撮っていたときは気づかなかったけれど、そんな話を原作者の安田さんにしたら「ちひろはめちゃくちゃ真面目ですよ」っておっしゃっていました。
——自分は何が嫌で何が好きなのかということを実は分かっていないというのは、多くの大人に思い当たるんじゃないかなと思いました。
今泉:それなりにうまく生きられちゃうし……。だからと言って、飄々(ひょうひょう)と生きているように見えるちひろだってもともとすごく強い人間というわけではなかったんだと思います。親との関係しかり、風俗時代のことしかり、うまくいかないこともあっただろうし、それでもなんとか一生懸命生きようとしてたどり着いた結果の今というか、うまくいかなかった時期がある人の今という状況なんですよね。ベースが器用に生きている人のそれではないので、ちひろと出会う女子高生のオカジや小学生のマコトは幼少期のちひろと似ている気がして、そんな感覚で作っていましたね。
映画は終わるけれど、人生は続くから…
——『ちひろさん』を映像化するにあたって意識したことはありますか?
今泉:映像ってどうしても印象が強くなるので、答えが一個にならないようにしました。脚本をつくる際に、プロデューサーや脚本家と話したのは、擬似家族っぽい関係が唯一の正解みたいになってしまうことは違うよねってこと。「家族っていいよね」「これが正解のかたちです」と押し付けになってしまうことは避けたかったので。
また、例えばちひろは元風俗嬢という設定ですが、学校のクラスの男子が「風俗嬢がやっている弁当屋はエロいじゃん」とか、逆に「嫌だ」とか話しているんだけれど、ああいう視点は入れなければと思いました。万人がちひろさんに肯定的なわけではないから、みんなが肯定する人物ではなくていいというのは大事にしたことでした。
あと、全員が幸せになっているという終わり方にもしたくなかったです。家庭に息苦しさを感じているオカジも、ちひろやべっちんとの出会いをきっかけに親に意見をぶつけたり、行動するようになっていくけど、その後家族と仲良くなりましたというのではなくて、今後もいろいろ大変なことはあるんだろうなというふうにしたかった。でも、べっちんがいるからなんとなく大丈夫なんだろうな、みたいな。全部解決しました、めでたしめでたしのような終わり方にしないように考えていました。
——今泉さんのほかの作品にも共通する気がするのですが、それは常に意識されていることなのでしょうか?
今泉:そうですね。悩みが全部解決すると登場人物が、映画の中の人物として終わっちゃうけれど、その後の日々がある感じで終わると、映画を見終わったあとも「あの人は今頃こうしているんじゃないかな」とか想像したり、話したりする余地があるのかなって。そうすると、登場人物がただの劇中の人ではなくて、本当に身近にいたり、生きてる人みたいな気がしてくるので……。映画のラストはただ単純に映画が終わる場所なだけで、登場人物たちの生活や人生はその後も続くんだよというのが分かるようにしたいなと。
「ダメなこと」「いけないこと」を映画で描く理由
——今泉さんがつくる作品は日常の些細な違和感をきちんと描いたり、ちょっとした会話を大事にしている印象が強いのですが、例えばそういうアイディアや会話はどんなふうに生まれるのでしょうか? 忘れないようにメモをしたりするのでしょうか?
今泉:僕の場合はメモはしないです。メモらない理由は、メモらないと忘れてしまうことは大したことではない気がしていて……。何回考えても分からなかったり、覚えたりしていることのほうが作品の題材やテーマになる気がしています。例えば、「付き合っていたり結婚している状況で、ほかの誰かを好きになることはいけないこととされているけれど、それって本当?」ということを題材にすることが多いのですが、本当に分からなくて……。このテーマについては、答えがないからこれからもつくっていくと思うし、恋愛ものが多いと言われるのはそれが理由かもしれません。恋愛は本当に答えがないので。
——恋愛もそうですし、一般的に“いけないこと”とされている「不倫」も今泉さんがつくる作品では、ジャッジしないというか個人的なこととして大事に扱っている印象です。肯定もしないし否定もしない。だからファンも「誰も分かってくれないかもしれないけれど、今泉監督なら分かってくれる」って思うんだろうなって。
今泉:いけないとかダメとされてることを、「本当にダメなの?」という思いがめちゃくちゃあります。でもこれは、誰かを助けたいというよりは、結構自己肯定でやっている部分があるんです。
——自己肯定?
今泉:僕は本当にだらしなくて、ダメなんですよ。そういう人をダメじゃないっていう映画をつくることで自分を肯定したいみたいな(笑)。基本的に自己肯定です。自分のこのダメさを認めてほしくてつくってるみたいな部分もあるので。だから、ダメを知っている人にしかつくれない種類のものなのかもしれないです。
自分がすごくちゃんとした人間で、ちゃんとした立場から、ダメなことに対して「いや。ダメじゃないですよ」って上から言ってるんじゃなくて、本当にダメなところから、「いや、ダメじゃないですよね……?」と言ってるみたいな感じですね。どちらかと言うと(笑)。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)
■映画情報『ちひろさん』
2月23日(木・祝)Netflix世界配信スタート&全国劇場にて公開!
出演:有村架純
豊嶋花、嶋田鉄太、van
若葉竜也、佐久間由衣、長澤樹、市川実和子
鈴木慶一、根岸季衣、平田満
リリー・フランキー、風吹ジュン
原作:安田弘之『ちひろさん』(秋田書店「秋田レディース・コミックス・デラックス」刊)
監督:今泉力哉 脚本:澤井香織 今泉力哉
製作:Netflix、アスミック・エース
制作プロダクション:アスミック・エース、デジタル・フロンティア
配給:アスミック・エース
(C)2023 Asmik Ace, Inc. (C)安田弘之(秋田書店)2014