「オオカミくんには騙されない」元プロデューサーが語る、恋愛リアリティショーの怖さ

「オオカミくんには騙されない」元プロデューサーが語る、恋愛リアリティショーの怖さ

人気の恋愛リアリティショー、「テラスハウス」(Netflix)に出演中のプロレスラー木村花さんが亡くなったというニュースが流れました。番組出演をきっかけにネット上で誹謗中傷にさらされ苦しんでいたという木村さん。

AbemaTVで人気の恋愛リアリティショー「オオカミくんには騙されない」の初代プロデューサーを務めた津田環(つだ・たまき)さんが、制作サイドの立場から、今回の出来事について「ウートピ」に寄稿してくださいました。

いったい何が起きたのか?

人気の恋愛リアリティショー、「テラスハウスTERRACE HOUSE TOKYO2019-2020」出演中の、プロレスラー木村花さんが亡くなったニュースが駆け巡りました。心よりお悔みを申し上げます。ネット上のアンチ勢による誹謗中傷に、ご本人が心を痛めていたと伝えられています。

どんな経緯で、どんなことが起こっていたのでしょうか。すでにたくさんの記事が出ていますが、簡単に経緯まとめておきます。

テラスハウスの番組内(38話)でのエピソードとしては、木村さんが大切なプロレスのリングコスチュームを洗濯機に置き忘れ、シェアハウス仲間の男性が、気がつかず上から自分の洗濯物を入れて洗濯してしまいました。コスチュームが台無しになったこと、その男性が反省しているように見えないことについて、木村さんの怒りが爆発。その場にいた他の仲間も二人の様子にショックを受け、テラスハウスの人間関係に暗雲がたちこめる、というものです。

木村さんのブチギレぶりがすごかったこと、そして相手の男性を責め立てる彼女の態度に対して「洗濯物を置き忘れたあなたにも非があるのに……」という指摘がなされたこともあいまって、アンチ木村さん派が総攻撃をかけたようです。彼女に対する誹謗中傷は酷いものでしたが、いわゆる「炎上」として、番組ファンを中心に話題になりました。

「オオカミくんには騙されない」初代プロデューサーとして

この訃報を聞いて私は、ものすごく複雑で、苦しい気持ちになりました。というのも、私自身がAbemaTVで放送されている恋愛リアリティショー「オオカミくんには騙されない」の初代プロデューサーとして、実際にこのような番組の制作を手がけたことがあるからです。

通称「オオカミくん」では、高校生を中心とした若い男女がデートを繰り返すのですが、そのなかに「恋をしていないのに、恋しているフリをしている子(オオカミ)」が混ざっているので、騙されないように気をつけて……というのが番組のコンセプト。

この番組企画を立ち上げた2017年時点で、すでに「テラスハウス」は、恋愛リアリティショーの王道として人気を博していて、私も一人の視聴者として楽しんでいました。まさか自分もこうした恋愛リアリティショーのプロデューサーを務めるとは思いもせずに……。

なので、「オオカミくん」のプロデューサーに就いた時点で、演出方法などもまったく未知の領域でしたが、制作に携わるようになってすぐにわかったことがあります。

それは、意外なほどに「本当にリアリティ」であること。

リアリティショーは「台本ありき」「やらせ」などと言われますが、出演者たちは、実はかなり本気で相手のことを好きになって、喜んだり、泣いたりしていました。仲良くなったり、距離をおいたり……まだ10代後半〜20代前半で若いということもあって、感情はめまぐるしく揺れ動きます。その様が、制作サイドから見ても意外なほどに「本当にリアリティ」で、驚きました。通常のドラマのような台本はなく、誰かを好きになったり、嫌いになったりする気持ちは、フィクションではないのです。

私たち制作サイドは、出演者たちの性格や想いの変化を見ながら、およその筋書きを立て、「リアル」と「虚構」という矛盾する要素のバランスをとり、演出を考えます。そうした演出方法においては、ある意味、出演者の人としての気持ちを、番組が作り出した世界のなかで、弄び、切り売りさせることになります。

その点が、私がこれまで手がけてきたテレビ番組とは決定的に違う。制作サイドとしても、若い彼らの人生を背負う覚悟を決めなくてはと、早々に悟りました。

もちろん、若いとはいえ、出演者たちは、素人ではありません。モデルやタレント、俳優としてまさに活躍し始めたタイミングで、仕事への熱意やプロ意識は高く、自分がこの番組でどのような役割を果たすべきか、どのように見られるかを非常に気にします。制作サイドの「こういう展開になったら面白い」という演出意図を汲もうと努力します。

場の流れを読んで、みんなが期待するように自発的に振る舞うという高度なテクニックを、10代後半〜20代前半の、人生を歩みだしたばかりの子たちに暗に強いていないか?もしそうだとすれば、その先にある番組の目指すものとは何だろう?とかなり悩みました。

制作サイドの「思うツボ」とは

恋愛リアリティショーは、視聴者が出演者に「自分だったらどうするだろう?」という想いを重ね合わせることができる、身近な「共感」が一番の存在価値です。

この点において「番組(フィクション)だから本気で受け止めないでね」、という都合のいい「お約束」は成り立ちません。SNSを中心にネット上のあらゆる局面で、まことかウソか……の境界線をさまよいながら、その一部が切り取られ、どんどん拡散していきます。

誰が誰を好き、カワイイ、カッコイイ、というポジティブな面だけでなく、悪いのは、ズルいのは、かわいそうなのは誰?というネガティブ面も取りざたされます。人間模様が複雑になっていくにつれて、視聴者も、自分ごとのように「本気」になるという構造があります。制作サイドにしてみれば、その状態こそ「思うツボ」です。ただ、番組が話題になればなるほど、「まな板の鯉」として、矢面に立つのは出演者です。

一つだけ、確実に言えること

実際に「テラスハウス」がどのような演出方法をとっているかは、私にはわかりません。

ただ、一つだけ確実に言えることは、この木村さんのコスチューム事件が、最初からシナリオにあったにしろ、偶発的に起こったことを番組として取り入れただけにしろ、放送前に内容は織り込み済みであった点です。

視聴者から彼女への攻撃が炎上するであろうことは想定内、つまり「おいしい」との制作サイドの判断があったのではないかと推察します。実際に、アンチが湧いてSNSでは非常に話題になりました。

さらに、番組では、この炎上を受けて公式Youtubeに、他のシェアハウス仲間の女性たちが、コスチューム事件について本人のいないところで話すシーンや、本人に反省を促すような話をして泣かせてしまうシーンなどを、未公開映像として追加リリースしています。

つまり、一時的にせよ、木村さんには、テラスハウス内で「問題児」の役を負わせる制作サイドの意図があったと思います。

私自身の番組制作経験から想像するに、木村さんは、出演者として、周りの期待に応えて、自分が果たすべき役割をまじめに果たそうと一生懸命プロの仕事したのでしょう。プロレスラーである木村さんは、「悪役(ヒール)」の価値をよく知っていたはずですからなおさらです。

結果として、番組の「リアルさ」が増して、視聴者がより「本気」になり、激しい誹謗中傷が寄せられ、さらに木村さんを追い込むことになってしまったのかもしれない……。そう考えると、同じような恋愛リアリティショーを手がけた立場としては、震えるほど辛いです。

「青春の貴重なひととき」を預かる立場だから

番組のプロデューサーとして、出演者を守りきれたかと言えば、今も確信は持てません。

ただ一つだけ、「オオカミくんには騙されない」において、制作サイドとして肝に銘じていたことがありました。それは、出演者たちの青春の貴重なひとときを預かっているのだということ。親御さんからの信頼を受けてお任せいただいている、大切なお子さんたちなのだということ、です。

彼らが所属する芸能事務所も、番組の制作意図を優先して、原則としてタレントの扱いに口出しをしてくることはありません。特に若い駆け出しの出演者については「可愛い子には旅をさせろ」との考えのもと、何事も経験を積むように指導する傾向にあります。

演出するディレクターや放送作家は、番組全体を俯瞰して見て、視聴者をハラハラドキドキさせる「面白い演出」を考えているため、出演者と独特の距離感をキープして現場を仕切ります。

そこで私のようなプロデューサーにできることは、出演者のケアです。

といっても、撮影の合間に、よく話しかけてくるウザいオバハン(10代の子から見たらお母さん世代なので)として、彼らの様子を把握しておくことなのですが。例えば女の子であれば、お菓子を出して食べるか食べないか、でどのくらいダイエットのプレッシャーがかかっているか、拒食・過食の兆候はないかなどを見ます。どんな漫画を読んでいるか、ゲームはしているか、他の仕事はどのくらい忙しいか、学校に行っているか……。

他の出演者がいない一対一の場で、他愛のない会話をすることでわかることは結構あります。例えば、ソワソワしてるなと感じて聞いたところ、携帯の使いすぎで親に支払いを止められているのでフリーWi-Fiを探していた……など。彼らのSNSでの動向もまめにチェックしていました。

そんなふうに、「ウザいオバハン」として、できる範囲ではあるもののケアを続けていると、予想もつかないことで一喜一憂している彼らの姿が見えてきました。

それで彼らの「本音」がわかったなどという気はありませんが、制作サイドからアプローチしない限り、彼らはスタッフに弱音を吐かないし、友達じゃないから本音も押し殺したままです。プロデューサーとして、少しでも安心な現場だと思ってもらわなければ、と仕事をしていました。

「人の心のリアル」を扱うということ

長くなりましたが、今回の木村さんの悲劇を、かつて恋愛リアリティショーのプロデューサーを務めた立場から考えるに、やはり最後は制作サイドの責任に行きつくと思います。

出演者は生身の人間で、制作サイドの私たちは、その感情の振れ幅を、いわば「商品」として扱っていることをもっと自覚しなくていけないと思います。そして、番組において培われる彼らのイメージには制作サイドが責任を持つ、という態度を明確にすべきでしょう。番組内の演出だけでなく、出演者のSNSを利用した番組宣伝の手法が度を越していなかったかも検証すべきです。

どれだけ「リアル」であっても、プロの手によって作り出される「フィクション」である点には変わりがないのですから。

恋愛リアリティショーの価値は、出演者たちが「リアルに」泣いたり笑ったりすることを通じて、本人たちすら気づいていない魅力や輝きを描かれる点にあると思います。綺麗事に聞こえるかもしれませんが、もう一度、シンプルに、人の心の「リアル」を扱う番組のあり方、制作体制を問い直すときが来ているのではないでしょうか。

SHARE Facebook Twitter はてなブックマーク lineで送る

この記事を読んだ人におすすめ

この記事を気に入ったらいいね!しよう

「オオカミくんには騙されない」元プロデューサーが語る、恋愛リアリティショーの怖さ

関連する記事

記事ランキング