聞いちゃ悪いな、と思いつつもつい耳をそばだててしまう「盗み聞き」。偶然耳に入ってきた隣の席の会話から誰かの人生の一片を知ることも……。そんな盗み聞きについてつづった岡田育さんのエッセイ『天国飯と地獄耳』(キノブックス)が6月2日に発売されました。
東京で、鎌倉で、フランスで、そして移住先のニューヨークでごはんを食べながら「イケナイコト」とは知りつつも聞き耳を立てて妄想を膨らませたという岡田さんに3回にわたって話を聞きました。
第3回は、「アラサーだった自分に伝えたいこと」について伺いました。
【第1回】岡田育さんに聞く、“盗み聞き”の醍醐味
【第2回】「年齢でスカート丈が決まる」と思っていた私だけれど…
35歳でアメリカの美大に入った理由
——前回はニューヨークでの暮らしについて聞きました。35歳で美大に入ったということでしたが、グラフィックデザインを学ばれたんですね。それはなぜですか?
岡田:東京にいる間は、毎月、毎週、テレビに出る仕事があったり、東京でしかできない取材の仕事をいただいたりしていました。でも、家庭の事情もあってアメリカへ引っ越すことが決まり、いくつかは中断せざるを得なくなりました。その分の時間を、何か別のことに使えればいいなと思ったんです。
もともとグローバルに通用する資格などをお持ちの方は、現地ですぐに転職することも可能なんでしょうが、私はそれまでずっと「日本語の仕事」しかしてこなかったわけで、あまり現実的ではない。そもそも英語もろくに話せませんからね。
そこでまずは、英語の勉強も兼ねて大学へ通い、学位を取得してから働こうと考えました。18歳から通った日本の大学でも専攻はメディアデザインでしたが、今回はもう少し具体的に「手に職をつける」イメージありきで、社会人向けの学部を選んだ。大人ならではの、最短距離を見つける考え方ですね。
——やっぱり高校のときに進学先を決めるのとはまた違う感じなんですね。
岡田:そうですね。英語圏でもそのまま通用する仕事上の経験と、今現在の自分に足りていない部分とを突き合わせて、足掛け5年くらいの計画で、逆算しながら決めていったので、「留学」というよりは、「転職活動のための資格取得」といったニュアンスです。
周囲のクラスメイトも社会人が多く、子育てを終えてから来た人、若い頃にガッとお金を稼いで「第二の人生はアーティストになる」という人、元は金融業界にいたとか、分子生物学専攻だったとか、あるいは海兵隊にいたとか。本当にさまざまでした。
——そういう意味でも「この年齢だからこれをしなくちゃ」というのに縛られてないんですね。
岡田:そうですね。転職をどんどん繰り返して複数の肩書を持つとか、仕事を辞めて大学へ通い、まったく別の分野に移ってプロフェッショナルになるとか、自分で自由にキャリアを積み上げていく人々に対して、日本よりアメリカのほうが寛容だと思います。
——そうなのですね。うらやましいなあ。
“大人の女プレイ”をしていたあの頃
——散々「年齢に縛られない」という話をしていて恐縮なんですが、「アラサー」と言われる30歳前後ってあれもしたい、これもしたいっていう大なり小なりの「欲」があって、「捨てきれない」世代なのかな、とも思うんです。30代を振り返って思うことはありますか?
岡田:私もそうでしたよ。でも、それって、20代のときよりも自分の可能性が広がっているということでもあるんですよね。若いときは無限に選択肢があるし、だからこそ迷いも尽きない。私もまだそこから完全に“解脱”できているわけではないので(笑)。
「これができるんじゃないか」「あれができるんじゃないか」「これも私の人生に関係してくるんじゃないか」という“色気”を出して、あれもこれもと抱え込んじゃうことは、今の私にだってもちろんありますよ。さすがに10代20代の頃よりは、諦めがよくなったと思いますが。
——ちょっと安心しました。ウロウロして迷って捨てきれない自分はダメなのではないかと思っていたので。まあ娑婆っ気が強いと言われればそうなのですが。
岡田:もし自分が30代前半の自分に声を掛けるなら……「おまえは、自分が思っている以上に、まだまだ若い!」かな。私、30代前半のころが一番、自分のことを老けていると思っていたんですよ。「もう20代じゃない」みたいな。今思うと全然そんなことないのに。
——確かに30歳をちょっと過ぎた頃って「もう若くない」ってやたら言いますよね。
岡田:そうなんですよね。組織の中で大きな仕事を任されたりして、「30代前半にはこういう大人の振る舞いが求められる」とか「私が新卒のときに30代前半だった先輩はあんなにちゃんとしていたのに」とか思ってしまう。
そういうことを気に病んで、急にコンサバな服を着始めたりするじゃないですか。用もないのに、内勤の日にジャケットを着ていったり……(笑)。
——わかります! やたら高いヒールを履いて大人のいい女ぶったり。取材に行くんだから歩きやすい靴で行ったほうがいいに決まっているのに。
岡田:“大人の女プレイ”みたいなことをしたがりますよね。でも、38歳になった今からしてみると、「その振る舞いこそが、まだまだ青臭い証拠」と思うんですよ。
まあ、もっと上の世代から見たら、私がこうして若者に説教垂れているのも「お前、何を老成した気になっているんだよよ、自分だってまだ30代のくせに」って笑われると思うんですけれど。
30歳前後にある「早く老けなくちゃ」という謎の焦り、あれはうまくかわせるといいですよね。前回お話した通り、地球の裏側にある街では、50代の大学教授が超ミニスカート履いてますからね!
ニューヨークのオシャレなおばさまたちを撮った『Advanced Style』という有名な写真集がありますよね。「ああいう素敵なおばあちゃまになりたい」と思ったときに、「あれはしちゃダメ」「これはしちゃダメ」という振る舞いにはならないと思うんですよ。逆に「あれもしたい」「これもしたい」と好きなことを突き詰めて、いろいろ実験して失敗して、流れていった先にああいう老後があるんじゃないかと。
私もそうでありたいなって思います。無限の可能性の中で、「やりたいから、やる」「できるけど、やらない」「しなくていいから、しない」のバランスを上手に取りながら。最初に「もう若くない」と感じてから、そのあとの人生のほうがずっと長いんですよ。人生100年時代と考えると、私たち、まだまだ折り返し地点にも到達していないですからね。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子、写真:宇高尚弘/HEADS)