元フジテレビのアナウンサーで現在は経済ジャーナリストとして活躍中の小出・フィッシャー・美奈さん(58)。
米国の投資運用会社で働いていた経験をもとに、投資業界で働く人々の実像に迫った『マネーの代理人たち〜ウォール街から見た日本株〜』(ディスカヴァー携書)を上梓しました。
小出さんは新卒でフジテレビに入社。ニュース番組のキャスターを務めたのちに記者職に転向し、外信デスクを経て37歳のときにフジテレビを退社。MBA留学後、投資業界に転職して米国でアナリストやファンドマネジャーとして活躍し、現在は経済ジャーナリストという“異色の”経歴の持ち主です。
第5回目は、男女雇用機会均等法の導入前にフジテレビに入社した小出さんが「働く女性として」感じてきたことについて聞きます。
【第1回】37歳で金融に転身した元フジアナの仕事論
【第2回】アナウンサーにはなったけど…「私は偽物じゃないか?」という葛藤
【第3回】「組織の力=自分の力ではない」
【第4回】「そういえば私、会社員だった」中間管理職になって気づいた“現実”
セクハラ問題、元政治記者として思ったこと
——第2〜4回は小出さんのアナウンサー、記者時代のお話を伺ってきました。小出さんが政治経済部の記者だったということもあってぜひ伺いたいことがあるんです。
小出・フィッシャー・美奈さん(以下、小出):はい、何でしょうか?
——昨晩遅く*に財務省の福田淳一・前事務次官のセクハラ問題に関して、テレビ朝日が会見をしました。元政治経済部の記者として小出さんはどう見られましたか?
*取材は2018年4月19日に行いました。
小出:今回の件では民放労連女性協議会と日本民間放送労働組合連合会(民放労連)が「放送局の現場で働く多くの女性は、取材先や、制作現場内での関係悪化をおそれ、セクハラに相当する発言や行動が繰り返されてもうまく受け流す事を暗に求められてきた」という声明を発表しましたが、「うまく受け流すことを求められた」というのはまさにその通りだと思いました。
「不快だと感じる言動に出くわしても、そこは『大人の対応』をしてくれ。角が立たないようにうまくやってくれ」と。
言葉には出さなくてもそれが暗に求められてきた世界だったと思います。この『大人の対応』っていうのが、意味不明で不条理なものだったわけですが。
——それも記者の度量のうちとされていたんですね。記者に限らず、ほかの職場でもセクハラがあっても「うまくやれ」と求められる場合は多いと思います。実際、私もそのような場面を何度か目にしました。
小出:そうですね。なので、一歩遅れてではありましたが、女性記者の雇用者であるテレビ朝日が「被害者保護を第一に考え」と言ったのは、私たちの時代では考えられなかったことですので、ここまできたかとうれしかったですね。
働く女性が増えてきて、それがどんどんレイヤーとして厚みが出てくると、こうやって時代を変えるんだと思いました。声を出せる女性がそれだけ増えたんだと。これを見た時は一人で「やったー!」と思いましたね。
女子アナにだけ課されていた「お茶くみ」
——小出さんは男女雇用機会均等法施行前*にフジテレビに入社されていますよね。国内で初めてセクハラに関する裁判が行われたのは1989年ですが、やはり「セクハラ」は日常茶飯事だったんですか?
*1985年成立、翌86年施行。採用や昇進、職種の変更などで企業が男女で異なる取り扱いすることを禁じている。
小出:セクハラまではいかなくても、意味もなく議員さんからお茶に誘われたりというのはありましたね。
ただ、それは議員さんに始まったことではなくて、最初に新人アナウンサーで朝のニュースを担当したときに、当時は年配の編集責任者の方々がいらっしゃったんですが、朝っぱらから猥談しながら仕事というのは、もう日常の風景としてありました。
私に対してセクハラをしているというわけではないんですが、あいさつ代わりに「昨日はかあちゃんと〇〇」という話が飛び交っているんです。
——それに対してどう感じていましたか?
小出:やっぱり不快感はありますよ。こっちは1年目の入りたての新人でしょ? 聞かなかったフリですよ。
——お茶くみもあったと聞いたんですが……。
小出:お茶くみの話していいですか? 新人アナウンサーは女性アナウンサーにだけ、お茶くみの仕事というのがあったんです。男性はないんですよ。
——「お茶くみ」が男女問わず新人の仕事として課されていたのならまだ納得もできますが、「女性だけ」となると「なぜ?」となりますよね。
小出:そうですよね。お茶を出す相手はアナウンス部の目上の男性だけなんですが、それまでお茶くみ担当だった一つ目上の先輩女性の方から、誰が何を飲むかというお茶出しシートが回ってくるんです。
そして偉い方、アナウンス部長からお茶をお出しするんですが、みんなそれぞれ飲む物が違うので、そのシートには緑茶、コーヒーミルク付き、紅茶とお砂糖2つといったことがメモされているんです。
——えー、スタバみたい!
小出:そうなんです(笑)。不条理だなあと思うんですが、「私も不条理に耐えてきたから、次はあなたの番よ」っていう感じで先輩たちから回ってくるんですね。そういうものだったんです。
で、お茶を入れると今度はお茶碗洗いのマニュアルもあるんです。「漂白剤をここで使って、茶渋をきれいに取って、さらに熱湯で煮沸消毒する」などと書いてあるんです。
——当時はそれが普通だったんですね。
小出:そうですね。均等法が施行されてもお茶くみはすぐに廃止とはならなかったんですが、数年後に自動販売機が入って、お茶くみはなくなりました。
——機械の導入でなくなったんですね。
小出:それでも、新人の時にある先輩に「なぜこういうことをするんですか? 皆さんで声を上げないんですか?」って聞いたことがあったんです。でも「壁」は厚かったですね。「でもね、美奈ちゃんね。私たちもずっとこうやってきたからね」って、逆にお叱りを受けちゃいました。
——自分も不条理な思いをしたから下にはそういう思いをさせたくないっていう発想じゃないんですね。
小出:年配の偉い男性陣には「お茶くみは女性の社会教育だよ」と真顔で言う人までいる風潮でした。
逆らっても、和を乱すわがままな人間だと見なされるだけですし、私が拒否すれば、結局他の女性がそれをやることになってしまう。ああ、もう面倒だと思って私もお茶くみリストを後輩にさっさと引き渡してしまったので……。ごめんなさい。私も同罪ですね。反省しています。
——偉い人にそう言われたら何も言えないですよね。
小出:そうなんですよ。だから働く女性が増えて初めて、声を上げられるのであって、マイノリティはやっぱりなかなか声を上げられないですよね。
——しかも同性など同じ立場だと思っていた側から握りつぶされるみたいなことも結構ありますよね。「私も我慢したんだから、お前も我慢しろ」的な。
小出:何かを言うことって大事なことなのですが、どこかわがままな人間に見られてしまうことってありますよね。
そうすると、自分の中で葛藤が起こりません? 迷惑を掛けたいつもりじゃないんですよ。システム自体がおかしいから直そうと言っているんだけれど、なかなかそれが伝わらない。
——それって、どうしていけばいいんですかね?
小出:時間をかけて何人もの声を積み上げていくしかないのかな、と。なので、今回の件で、女性記者が置かれている状況が明るみに出たのは大事なことだと思います。
——そうですね。まだまだ日本は遅れているなあと思うことも多いんですが、アメリカではどうですか?
小出:アメリカでも実は女性がまだまだマイノリティだという業種がたくさんあるんです。私がいた投資業界や金融業界もまだまだ男の世界です。
アメリカではダイバーシティを求める声は非常に強いので、例えば企業も役員に2割ぐらいは女性を入れるんですね。日本でも今、アベノミクスで女性活用の声が高まっていて、企業も慌ててやっていますけれど、いわゆる社内では主流と見なされていない部門から、女性の役員を入れ始めている。まあ、私は何もないより、最初はそれでもよいと思ってるんですけれどね。
でも、そうやってメインではないところに女性を入れることによって、うちはダイバーシティに取り組んでいますよ、というポーズを示しているけれど、実際のところ、メインストリームのポジションでは女性はまだまだおいていかれているんです。
こうした状況は日本だけではなくて、女性の登用が進んでいるとされるアメリカでもそうですので、ユニバーサルな問題だと思います。
※次回は5月30日(水)公開です。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子、写真:宇高尚弘/HEADS)