「問題なく排泄できている肛門に温水洗浄は必要ない」、「温水洗浄便座の過剰な使用は、肛門のかゆみや痛み、痔の原因になる」と指摘するのは、大腸肛門病専門医・指導医で大阪肛門科診療所(大阪市中央区)の佐々木みのり副院長。
前回、アクセスが多かった記事、「おしりがかゆいのはなぜ? 温水洗浄便座の正しい使い方」に続き、「おしりの不調をもたらす無意識の習慣は、温水洗浄のほかにもたくさんあります」と話す佐々木医師に、「過剰な肛門ケアが危険な理由」について具体的に聞いてみました。
おしりケアは「よく洗う」から「洗いすぎない」へ
まず佐々木医師は、「肛門科でも、温水洗浄便座が社会に浸透する以前は、『肛門をよく洗って清潔を保ちましょう』という指導が一般的でした」と言い、その後の治療の変化についてこう説明をします。
「きっかけは、20年ほど前に『温水洗浄便座症候群』という病気の概念が提唱されたことです。これは前回の記事で紹介した、温水洗浄便座の過剰な使用で引き起こされるさまざまな肛門のトラブルを指します。
清潔にこだわりすぎた習慣が、かえって病気をまねくということが明らかになってきたのです。そこで最近は、『洗いすぎはよくない』という指導が一般的になってきています」
おしりのケア用品や消毒剤による拭きすぎに注意
では、どんな方法が「洗いすぎ」になるのでしょうか。佐々木医師は、「『温水洗浄便座症候群』と聞くと、温水洗浄便座だけが原因のように聞こえますが、実は、『おしりふきシート』や『殺菌消毒剤』、『ウェットティッシュ』などのケア用品の頻回の使用、また、お風呂でのシャワー法など、患者さんご自身は清潔のためにと普通にされていることが、かゆみや痛み、ただれ、痔の原因になっている場合が少なくないのです」と話します。
そこで佐々木医師に、「間違いだらけのおしりケアの実例」を挙げてもらいました。
・トイレのたびに、「おしりふきシート」を使う。
・ウェットティッシュでおしりを拭く。
・肛門専用の洗浄剤をトイレットペーパーにつけて何度も肛門を拭く。
・アルコール綿で肛門を拭く。
・殺菌消毒剤で、肛門を消毒する。
これらの使用の問題点について佐々木医師は次のようにアドバイスをします。
「おしりふきシートには赤ちゃん用、介護用がありますが、どちらにも防腐剤として、皮膚に刺激がある成分が含まるタイプがあります。肛門に不調がある人はもともと皮膚が弱いことが多いので、毎回これらのシートを使用していると皮膚の保湿成分が奪われ、さまざまな肛門の病気の原因となることがあるわけです。
おしり用洗浄剤や殺菌消毒剤でも同じことが言えます。特に、効能の覧に、『痔疾の場合の殺菌・消毒』などと記載されている消毒剤に注意をしましょう。おしり用のケア製品と銘打って市販されているので安全だろうと思いがちですが、肛門周囲は皮膚が薄くて傷つきやすいこと、また目に見えないので不調に気づきにくいことを覚えておいてください。
たとえ、痔に効くと読み取れる記載があっても、安易にくり返し使用しないでください」
続いて、その理由について佐々木医師は、こう説明を加えます。
「おしりのかゆみと痛みがひどいと来院された患者さんの中に、30年以上消毒剤を使い続けていた女性がいました。『おしりがかゆいのは、不潔だから』、『肛門をきれいにしなければ』とよかれと思ってそうされていたのです。その結果、やけどのようにおしりの皮膚がただれ、晩年にその部分から皮膚がんを発症されました。
おしりを清潔にしたくて、ケア製品の過剰な使用を習慣にしているのは、若い女性に多いのです。くり返しますが、肛門周囲の皮膚は、眼の周りと同じくらい薄く、デリケートです。1日に何回も眼の周りをごしごしとウェットティッシュで拭いたり、まして殺菌や消毒をしたりはしないでしょう。いきすぎた衛生習慣は皮膚にダメージを与えるだけです」
お風呂で洗剤やボディタオル、シャワーでの洗いすぎに注意
さらに佐々木医師は、次のようなお風呂での洗い方についても警鐘を鳴らします。
・合成界面活性剤の石けんやボディシャンプーでごしごしと洗う。
・ナイロンタオル、ボディブラシで肛門周囲をごしごしと洗う。
・肛門にシャワーを直撃して長い時間洗う。
・指で肛門周囲や中をこすって洗う。
・排便のたびに浴室に行って肛門を洗う。
「これらも『清潔にしたい!』という一心からの習慣でしょうが、温水洗浄便座の使いすぎと同様に、皮膚の乾燥をもたらす行為です。洗剤の過剰な使用やごしごし洗うこと、シャワーの直撃は、洗っている最中は気づかないかもしれませんが、想像以上に皮膚に多大な刺激を与えています」と佐々木医師。
また、洗いすぎると炎症をまねく理由について、
「消毒剤の使用などでもみられますが、洗いすぎは、バリアとして皮膚を守っている常在菌や皮脂など皮膚の健康にとって必要な成分までをも洗い流し、免疫の力を低下させて炎症を起こしやすくします。
その炎症が引き金となって、かゆみ、痛み、湿疹と皮膚のトラブルが進行し、切れ痔を生じさせる場合もあります」(佐々木医師)
正しいおしりの手入れは「洗わない」こと
それでは、適切なおしりのケアについて佐々木医師に教えてもらいましょう。
「そもそも肛門は便の排出口ですから、無菌という状態はありえません。つまり、洗う必要がない部位であり、『洗わない』ことこそが健康な肛門を保つケアと言えます。
排便後は、トイレットペーパーを丸めてやさしくポンポンと押さえるように拭き、それも3回までとしましょう。それでももし便がついていたら、『出残り便秘®*
』の可能性があります。その場合は、肛門が不潔だからではなく、出口の便秘のケアが必要だということです。出口の排泄の状態はどうかを考えましょう」
*大阪肛門科診療所の登録商標。毎日お通じがあっても完全に出し切れずに便が残り、残った内容物の状態や排便の状況が悪化していく便秘。
「出残り便秘」については次の機会に詳説しますが、おしりの悩みやトラブルは医師にも相談しにくい部位です。そのおしりは実は、「洗ってほしくない」、「そっとしておいて」と訴えていることがよくわかりました。眼の周りと同じようにデリケート、と思えば納得ができます。モゾモゾとかゆみが気になったら、おしりケアが過剰になっていないかをチェックしてみてください。
(取材・文 ふくいみちこ・藤井空/ユンブル)