「殴られたり蹴られたりしないと興奮できない」という自身の性と生に向き合い、初めての恋に落ちたエピソードを綴った、ペス山ポピーさんのエッセイマンガ『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。(ボコ恋)』の第1巻(新潮社)が4月9日、発売されました。
23年間、恋愛経験なしというペス山さんが自らの体験を綴った同作はウェブで公開されるや累計300万部を突破。SNSでも「キュンキュンする」「読み応えがある」と話題になっています。
同作がデビュー作というペス山さんに全3回にわたって話を聞きました。
【第1回】「女であること」に疲れると壊したくなる
【第2回】「私なんて」のタグ付けをやめたほうがいい理由
恋をしたら景色が変わった
——このマンガのタイトル『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』にあるように、テーマが「恋」なんですよね。しかも初恋。ペス山さんにとって恋とはどういうものですか?
ペス山ポピーさん(以下、ペス山):今までしたことがなかったので、まったく解せなかったんですよ。(マンガにも出てくる友だちの)K君が「彼氏と今度ご飯行くの」とか「彼氏がすごく好き。すごく優しいもん。一生添い遂げるっ!」と言っていても「意味わかんない」って思っていて。
——友だちと恋バナはしていたんですか?
ペス山:していたんですが、K君にも「よくわかんない。それ性欲でしょ? 性欲じゃないの?」って結構ひどいこと言っちゃっていて。性欲じゃないもの以外のモノがわからなかった。
でも、殴られて恋に落ちたら、いきなり「あっ、確かに。大事にしたい」って思って。「すごく心が温かい気持ちになる」と思った。
性欲以外の部分で、性的にももちろん好きなんですけれど、要は殴ってくれるのも好きなんですけれど、なんかすごく景色が明るく見えたというか……。
——景色変わりますよね!
ペス山:変わりますよね? なんで変わるんだろう。角が取れるんです。
——おおー、独特な表現ですね。
ペス山:景色の角が取れるんですよ。前までは、なんか四角でガサガサ見えていたものが、モワッと「ガウスぼかし」みたいな。モヤっと輪郭が柔らかくなるみたいな。こんな気持ちがあるなんて小学校のときに教えておいてくれよ、みたいな。
西野カナの歌詞の意味がわかるようになった
——でも、友だちはペス山さんに恋バナをしていたんですよね……。ほかに変わったことはありますか?
ペス山:カラオケに行って、今までは曲がいいから歌っていて歌詞の意味とかまったく心に入っていない状態だったんですが、恋をしてから歌詞を見ると「これ恋だ! 恋だ!」ってビックリして(笑)。「君が好きだと叫びたい」……確かに! って。
——あー、すごくわかります。私、最近やっとユーミンの歌詞の意味がわかったんです。前までどちらかというと中島みゆきのほうがわかるという感じだったんですが、やっと「助手席の女」の気持ちがわかり始めてきた。
ペス山:それはまだ私には高度な気がします。私はまだ『初めてのチュウ』くらいかな(笑)。それまでは『大都会』くらいだったんですよ。「裏切りの街」みたいな。
——スケールがでかいほうがわかるんですね。私も『東京砂漠』はわかる。東京が砂漠だっていう意味で。
ペス山:うんうん、わかります。『宙船』とかね。ほら、私中身が男の子じゃないですか。少年の心はわかるんですよ。でも恋愛の歌は高度で。だから「会いたくて震える」が最近わかってびっくりしました。
——西野カナがわかっちゃったんですね! それは大事件ですね!
ペス山:それまではすごくバカにしていたんです。メロディーはいいと思っていたんですけれど……ということを言っている時点でバカにしているんですが。高校のときに初めて聞いたんです。
隣のすごく恋愛をしてそうなギャルの女の子の携帯から西野カナの『会いたくて 会いたくて』が流れてきて「その曲メロディーはいいね」って言ったら、怪訝な顔をされたんですけど。あのときは本当に申し訳なかった。今は、メロディー以外がいいというのもわかる。
——ギャルに伝えたいですね。「わかったよ!」って。
ペス山:そうですね。でも恋ってすごいですね。だからみんな大人っぽいのかな。表情に余裕があるというか、人を好いたり、好かれたり、人のことを受け入れたり、受け入れられたりすると。一人でも、家族以外の他人に受け入れられると、こうも人間って余裕が出るものかって思いますね。
——やっぱり余裕が出ました?
ペス山:でましたね。頭の中で好きな人のことを”天使ちゃん”って呼んでいるんですが、「私には天使ちゃんがいるし」って。
恋とはどういうものかしら?
——恋愛って何だろう。
ペス山:それまでは、二次元って心の中で作った像に壁打ちしている状態だったんです。「好きだ!」って言って一方的に愛情を壁打ちしている状態。一方的に。要は相手がいない。反応も自分で決められるし。そういう恋愛の形を否定しているわけではないんですけれど、その状態でしか経験したことがなかったんです。
その状態だけで人生終わったら、別にその状態のままでいいと思うんですけれど、生身の人間を対象に恋愛をするという資格が自分にはないみたいな感じに思っていたんです。
で、まずは相手を好きであるということを自分で受け入れて、そのあとに「好きです」って言ったんです。私から言おうと。私から絶対言おうと思って。
——マンガでもそのシーンがありますね。なぜ自分から言おうと思ったんですか?
ペス山:わかんないです。でも「男たるもの」みたいな。自分から言うべきだと思っちゃって。自分がリードするべきだって思ったんです。(相手が)可愛らしい子なんですよ。だから「引っ張っていこう。守ってあげなきゃ」みたいな。
——へえー。相手が生身の人間だと壁打ちじゃないですよね。
ペス山:キャッチボールをしなきゃいけないですよね。
——キャッチボールって、どこに球が飛んでくるかわからないじゃないですか。自分が思っていた方向とは違う方向にいっちゃうかもしれない。それって、“他者”が初めて自分の前に現れたってことなのかなって思ったんですけれど……。
ペス山:そうです、そうです。他者との遭遇で、すごいことが世の中にあるんだなと思いました。みんなすごいことをしているんだなと。
——している人もいると思うんですけど、している気になっている人も多い気がしているんですよ。だって、好きな人とキャッチボールするって怖いじゃないですか。怖いですよね?
ペス山:怖いです。嫌われやしないかとか。それは超恐怖でしたね。告白したのもすごく勇気のいることだったんですけれど、あまりにも好きだったので「好きだ、これは。どうしようもない」って思って。抵抗してもしょうがないぐらい好きだった。これは無理ですね。私はこんなにも熱烈に人を愛するんだなと思ってびっくりしました。
——本当に世界が変わったんですね。人との出会いっていいこともあるし、傷つくこともある。まして好きな人の一言にグサッと刺されることもある。それこそユーミンじゃないけれど「どうして僕たちは出逢ってしまったのだろう」みたいな。それでもペス山さんは人と出会う人生がいいですか?
ペス山:そうですね。刺してきても、何であの人が刺したのか想像する人生もよい気がする。自分で刺したこともあったし。刺されたときには、「この人はこういう理由で私のことを刺してきた」って想像するのが楽しい。わりと悪くないし、そんなに辛くない。
——想像すること、か。
ペス山:人のことをああだこうだ決めつけちゃうのはよくないって言いますけどね。私なんて、半径5cmの人間だから、人のことが結構分からない人間だから、想像してみるってことが大事なのかなって。人と出会ったら、その人のことを想像してみる。その人の人生とかを……。あとは自分を責めないことが大事かな。
——前回も言いましたけれど、真面目な女性ほど自分を責めちゃうんですよね。
ペス山:私でも自分を責めてないんで、責める必要があるわけがないと思います。私は責めてないんで。私は親のスネをかじっています。だけど、自分のことを責めていません。みなさんも自分を責めないでほしいです。
——失礼ですけど、説得力があります。
ペス山:もうちょっとみんな自分勝手になってもいいのでは?
——そうですよね。もっとみんなワガママになっていいですよね。
ペス山:だってお互い様じゃないですか。だいぶ傷ついたりとかしている人とか、自分を責めている人って、他人のワガママを聞いて、ワガママに耐えているときに、「これは相手が悪いんじゃない。私が悪いんだ」って思って、その暗示で苦しむことが多い気がする。あなたは他人に迷惑をかけられたのに「自分が悪い」と曲解するところからスタートしていると思うんです。
だから、自分を責めるくらいなら、人を責めましょう。心の中でよいので。わりと自分が悪くても、他人を責めていいような気がする、自分の中では。表面に出して責め立てて問題を起こさなければ、いくらでも人のせいにしてよいと思うんですよね。
——私もしょっちゅう心の中で「バナナの皮でも踏め」って思ってます。言わないけど。
ペス山:そうじゃないとキツいですよね、人生って。それでいいと思います。
(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子、写真:宇高尚弘/HEADS)