女社長の乳がん日記page.8

「ホルモン治療で自分は変わってしまうのか…」女社長・川崎貴子、退院する

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「ホルモン治療で自分は変わってしまうのか…」女社長・川崎貴子、退院する

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女社長、ホルモン治療を受け入れる

2016年11月18日(金)

この入院を知っている人達からいただいた花達が、窓辺で今日も綺麗に満開。

花

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水やりをしながら、「今日も長い(暇な)一日が始まるのか……。」と、思っていたら先生が回診に来て何やらドレーンを確認している。

そして、「明日退院になりますので今から診察室に来てください。」と、「夢にまで見た退院」をさっくり許可された。

もう、血液も廃液も十分に出たということなのだろうと納得して後をついて行くと、
「先日検査した体内女性ホルモン値ですが、正常でした」
と、のこと。

正常、なんて言われるとよい知らせのようだが私にとってはバッドニュースだ。前回の説明では、女性ホルモンが少なければホルモン治療は免れることになっていて、私はひそかにそちらへ期待していたのだ。

また、検査結果は1か月後と聞いた記憶があるのだが、治療が1か月後からということだったらしい。危険な聞き間違いである。

それにしても意外だったのは、私に女性ホルモンが正常にあったということだ。何かに裏切られたような気分だが、きっとそれは「私」か「女性ホルモン」に、であろう。

女性ホルモンがちゃんと分泌されててこの性格で、このパサパサな仕上がりだったのだとしたら、もう私は当面女性ホルモンを信じられない気がする……などとプリプリしていると、先生に、

「1か月後からホルモン治療を開始したいと思いますがどうしますか?」

と、尋ねられる。聞けば、このがんの再発率が15%ぐらいだとして、ホルモン治療をすれば15%の内の三分の一ぐらい再発確立が下がるそうだ。

要は再発率5%削減のために太ったり、イライラしたり、ぱさぱさになったり、発汗したり、めまいに見舞われたりするリスクを負うということでもある。

「果たして、仕事と両立できるものなのであろうか」と一瞬迷ったが、同時に子供たちや夫の顔、友人たちの心配そうな顔が脳裏によぎるのだった。たった5%だとしても打てる手は打っておくこと、リスクを潰しておくこと、はまさに私が経営という仕事を通じて体得した教訓でもある。その5%の効果が欲しくてたまらない闘病中のがん患者だっていっぱいいるはずだ。

女社長、脳内マリー・アントワネットと再会する

できることは何でもチャレンジしてみよう! と私の腹は決まり、気持ちはすでに
「更年期障害上等!」「ばっちこーい!」状態になっていた。

が、先生は更に私を立ち止まらせる指令を無表情で下すのであった。

「絶対に、太らないでください」

どうやら私のがんは、体重の上昇と比例して再発率が上がるらしい。ダイエットは得意なので痩せろと言われれば痩せる自信はあるのだが、「ホルモン治療をすると太る可能性が高い」と先生はおっしゃっていたはず。

おまけに、「食べないダイエットをすると免疫力が落ちるのでしないでください」とさらに難しいことを畳みかける。これは先生による「とんち」みたいなものに私が答えるルールなのか? と明後日の方角に身構えていると、先生はきっぱりと、

「運動をしてください」

と言うのだった。

「う・ん・ど・う?」

かろうじて言葉に出たのはそれだけで済んだが頭の中では大変なことになっていた。

私の脳内で飼ってるマリー・アントワネットが、

「運動ですって! 何を言ってるの! そんなこと、この私がするわけないでしょ!」

と、キンキン声で怒り狂っていたからだ。

私の運動嫌いは友人知人には有名だ。どんなにお世話になった人に誘われようと私は「体を動かすこと」を頑なに拒否してきたからである。

そして、私の基本人格は中小企業の社長(おっさん)だが、脳内では大阪のおばちゃんやマリーや美輪明宏を勝手に飼っている。で、このマリーは男尊女卑男に遭遇したりした際、高飛車な姿勢で相手を言い負かし活躍してくれたりするのだが、年を取ってそんなファイトの場もめっきり減ったせいか彼女に会ったのは久しぶりだった。

また、さっきホルモン治療すらあっさり受け入れたはずなのに本件にはマリーが顔を出したということは、私にとって「運動すること」がよっぽど理不尽なことなのであろう。この健康ブームの最中、深層心理でも運動を拒絶する自分は、まさに病気になる資質を備えていたのだとまた深く、一人納得してしまうのだった。

しかし、運動をしろと言われても、リンパまで切った私の右腕は傷口が引きつれている状態で、動かそうとしても痛すぎて肩より上には上がらない。動かしたらぱっくりと傷口が空きそうな勢いだ。それなのに先生は「バーベルの上げ下げだって平気です。」と無茶な提案をしてくる。

それよりも筋肉量を上げ、代謝を上げ、体温を上げよ、と。

傷口は大丈夫、「乳がんの名医」と言われている私の縫合技術をなめんなよ、と。

そう、畳みかけてくるのだった。逃げ場なし。

明日は待ちに待った退院日だというのに私はうなだれて病室に戻ってきた。再発も怖いが、自分が変わってしまうのも正直怖いものである。退院後の私はどんな人間になるのだろう。

野菜を毎朝スムージーにして飲んだり、マクロビレストランに通ったり、東京マラソンに申し込んだりする人になるのだろうか。ただでさえホルモン治療により、パサパサのイライラのクラクラ仕様になる予定なのに、それは本当に私の原型を留めているのであろうか。

しかし、先生に「YES」と言ってしまったのだからもう後には引けない。

とりあえず、試しに腕を上げてみたらまた激痛が走った。

女社長、退院する

11月19日(土)

入院した時より荷物がだいぶ増えたが、さかさかっとまとめて退院手続きをした。この日をどんなに待っていたことか。支払いを終えてタクシーに乗り込むと、気ばかりが焦って信号で止まるのも待ちきれないぐらいだった。

家に着くと、次女がいた。

「ママ! どうして!」

小さな目をこれ以上ないぐらい見開いて、次女は私の胸に飛び込んでくる。4日前に「次の日退院できるかもしれない」という未確定な情報が次女に伝わってしまい、その時結局退院できなかったから次女は相当落ち込んだそうだ。だから、今回は夫も長女も知っていたけど伝えなかったのだと思う。

「もう、びょういん、いかない? おうちにずっといる?」

必死にしがみついて離さない力の強さに、次女の2週間の寂しさが、我慢が、表れていると思った。

「寂しい思いをさせてごめんね。もういかないよ。ひびきとずっと一緒にいるよ。」

まるで生き別れた母子のようだが、私たちが2週間も離れたのは彼女が生まれて初めてのことだったから仕方がない。

次女を妊娠してから、私は働き方をだいぶ変えた。出産して1か月で復帰するも、家でできる仕事を増やし、会食を極端に減らし、一泊以上の出張は断るようになった。

次女が生まれた当初は変わらず不安定な経済状況だったけれど、私は人生でもう一度、赤ちゃんからの子育てチャンスを授かったのだ。それがどんなに幸運なことかは流産経験や経済的事情で妊娠できなかった経験から骨身に染みていた。そして、年齢的にもこれが最後のチャンスだということも。

次女のまあるい小さな背中を抱きしめながら思う。がんの手術が終わり、晴れて今日から一緒に過ごせることになったわけだが、これから何かが変わるわけでも、関係性や教育方針が変わるわけでもない。

元通り、毎日一緒にご飯を食べ、お風呂に入り、同じ寝床で眠る。きっと、おしゃべりしたり、笑ったり、ぎゅーやちゅーをしているだけだと思う。それは、私が若い頃忌み嫌っていた「なんの変哲もない日常」そのものだ。

だが、長女と次女はその存在を持ってして、「なんの変哲もない日常」がどれだけかけがえのない時間であるかを私に教えてくれた。さらにこの乳がんプロジェクトは、刺激や変化を求めがちで、そんな毒々しい蝶々を追いかけて断崖絶壁まで来てしまった私に

「どうか今日と同じような明日が、来週も、来年も来ますように」

と言わしめたのだから、「人生厚生プログラム」とも言い換えることができる。
限りある人生の中で「自分にとって一番大切な時間は何か」に気づけて本当によかった。
若い頃からあれだけ探し回ったというのに、結局私の青い鳥も家にいたのだ。それも、2羽も!

私の腕の中の小さなおかっぱ頭に、天使の輪が光っている。
今日から再び始まる「なんの変哲もない日常」に、ワクワクしている自分がいる。

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女社長の乳がん日記

「がん宣告」を受けた女社長・川崎貴子(44)が、「乳がんプロジェクト」と自ら命名して己を奮い立たせ、がん宣告から手術・治療までの日々をリアルタイムにつづっていた日記を初公開します。

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