50 to 100 5冊目

60代で仕事も持ち家もない。“ていねい”は揺れる世代の支えになるか

60代で仕事も持ち家もない。“ていねい”は揺れる世代の支えになるか

「50 to 100【人生100年時代の後半戦を考える】」
の連載一覧を見る >>

PR

人生の後半とどう向き合いたいか「50 to 100」として、50代から100歳以上の著者の本から考えてみる本連載。

5冊目に紹介するのは、『61歳、ひとり暮らし一年生。 お金はないけど、「好き」を重ねて楽しむ暮らし』(KADOKAWA)です。著者は、30代で離婚、57歳で整理解雇、突然の体調不良に親との別れ……。人生後半に訪れた困難と向き合い、ささやかな生活の中に楽しみを見出す著者のyamaさん。

運営するYouTubeチャンネルには、同じような経験をした世代や将来に不安を覚える40代、50代からのコメントも寄せられているそうです。仕事も持ち家もない、揺れる60代を支えてくれるものとは——?

作家の南 綾子さんに読んでいただきました。

アラームは文鳥の鳴き声

いきなりで恐縮だが、わたしは日本でも有数の雑人間である。洗濯物は靴下とかシャツの袖とかまるまったまま干してしまうのでなかなか乾かない。洗い終わった皿に泡がつきっぱなしになっていないことはまずない。初校ゲラはしょうもない誤字脱字でいつも真っ赤。そんなわたしであるので、本書のような“シンプルで丁寧な暮らし”を連想させるものとは極力距離をおいて生きてきた。はたして今回、わたしは本書を読むことで、シンプルで丁寧な暮らしとはなんであるのかを、少しは理解できるようになるのか。

正直な感想を申し上げれば、著者の暮らしはわたしにとって、宇宙人のそれも同然であった。

毎朝、スマホのアラームではなく飼っている文鳥の声で目を覚ますそうである。しかも時刻は四時半頃。もうその時点で完全に脱落である。わたしは人から「いつも何時に起きるの?」と聞かれることが苦手なのだが、理由はその日によってあまりにも違うからだ。昼過ぎのときもあれば夕方のときもある。ひどいときは昼寝がずっと続いて深夜に起きて活動する。

また、本書にはいくつか著者の料理レシピが紹介されているのだが、その中の一つ『アマランサスの明太子風パスタ』には驚愕するばかりだった。明太子の代わりに使用するアマランサスとかいう謎の物体Xはまだいい(著者は玄米菜食を実践している)。パスタの分量が70グラムとは一体どういうことだろう。三時のおやつ用?

”シンプル”や“丁寧”に気づいたのはいつだったか

そもそも、シンプルで丁寧な暮らしなんて言葉が世にはびこるようになったのはいつからなのか。少なくともわたしが子供の頃にそんなことを言っている人はいなかった。そう考えてはっと気づいた。わたしは1981年生まれ、子供の頃はバブル全盛期だった。

我が家の所得は平均よりやや下ぐらいだったと思うのだが、それでも当時は毎週末デパートにいき、カニを買って家で食べていた(とはいえそれはズワイでもタラバでもなく、三河湾産のワタリ)。その後バブルがはじけ景気悪化、格差が広がっていくとともに、人々の暮らしに”シンプル”や”丁寧が”持ち込まれたように思う。つまりそれは、貧しさをごまかすための手段ともいえるし、同時に乗り越える武器でもあったのではないか。

著者は持ち家もなく、仕事もなく、そして離婚を経て今は独身。そんな彼女の暮らしや人生が、この本ではとてもミクロな視点で描き出されていく。大きな事件は何も起こらない。仕事の面接に何を着ていくか迷ったこと。自分は年金をいくら受給できるか心配になったこと。そんな日常のこまごましたことを”丁寧”に拾い上げて、悩んだり感動したりする。

わたしも独り身のまま四十代になり、これからの暮らしや人生がどんどん貧しくなるだろうことを日々感じている。仕事もこれ以上増えることはないし、新しい何かをはじめられる年齢じゃない。あらゆる可能性が日々狭まっていく。いずれは貯金を切り崩す日々がまっている。

そんな退屈さと貧しさへ向けてどう生きていくべきかということは、わたしのここ最近の課題でもあったのだが、本書を読んで、こうしてとるにたらないことに目を向けることで、日常の刺激や楽しみ、感動は案外簡単に得られるのかもしれないと気づいた。

四方八方から感じる”未婚者の末路”の呪い

そして本書からは、もう一つの大きな気づきを得た。それは支えになる人間関係を確保することの重要性だ。

著者のユーチューブチャンネルの登録者数は2023年5月現在で2.53万人。動画の再生回数も一万回に満たないものも多い。しかし著者が大事にしているのは数字や人気ではなく、視聴者とのつながりのようだ。コメントは長文で書き込まれ、その一つ一つに著者も長文コメントを返す。それらを読んでみると、コメントを書く人、読む人、返す人にとって、このチャンネルがとても重要な支えになっていることを強く感じる。著者は本書の中でこう語っている。

孤独をいやしてくれるのは、深いつながりがある相手とは限りません。だから、さびしさを埋めるために焦って友だちづくりをしなくてもよいと思います。

この”友だち”は、わたしのような未婚の四十代や三十代にとっては”恋人”や”配偶者”にも置き換えられると思う。我々は現在、四方八方から”未婚者の末路”の呪いをかけられている。孤独死、不幸、早死に。それに急き立てられるようにして婚活にいそしみ、日々疲弊している。まさしく三十代のわたしはそうだった。結婚を望んでいるならできたほうがいいはずだ。でもできなかったものはしょうがない。

そんな場合に、いつまでも家庭や配偶者を求めて亡霊みたいに生きるわけにはいかない。ならばどうすればいいのか。この著者のように、動画のコメントを書く、読む、返事をする、そんなささいなやりとりができる関係を持っておくだけで、孤独死の不安から遠ざかることができるかもしれない。

名前のはっきりした関係ばかりが人間関係ではないということだ。シンプルで丁寧な暮らし。それは一体なんだろう。世間の常識という名の呪いに耳を貸すのをやめる、ということが、それに近づく一歩なのかもしれない。

(南 綾子)

SHARE Facebook Twitter はてなブックマーク lineで送る
PR

この連載をもっと見る

50 to 100【人生100年時代の後半戦を考える】

人生100年時代と言われるけれど、この先の自分はどうしているだろう。仕事はどうしてる? 家族や友人との関係はどう? どんな趣味を持っている? お金や健康の心配は? 未来の自分に聞いてみたいことがたくさん浮かんでくる。そこで、人生の後半とどう向き合いたいか「50 to 100」として、50代から100歳以上の著者の本から考えていきたいと思います。

この記事を読んだ人におすすめ

この記事を気に入ったらいいね!しよう

60代で仕事も持ち家もない。“ていねい”は揺れる世代の支えになるか

関連する記事

編集部オススメ

2022年は3年ぶりの行動制限のない年末。久しぶりに親や家族に会ったときにふと「親の介護」が頭をよぎる人もいるのでは? たとえ介護が終わっても、私たちの日常は続くから--。介護について考えることは親と自分との関係性や距離感についても考えること。人生100年時代と言われる今だからこそ、介護について考えてみませんか? これまでウートピで掲載した介護に関する記事も特集します。

記事ランキング