2022年カンヌ国際映画祭・批評家週間で上映されるやいなや話題を呼んだ、シャーロット・ウェルズ監督の長編デビュー作『aftersun/アフターサン』が、5月26日(金)に公開予定です。
11歳のソフィ(フランキー・コリオ)が父と2人きりで過ごした最後の夏休みを、その20年後、父と同じ年齢になった彼女の視点でたどる「記憶の物語」。娘に愛情を注ぎながら、悩みを抱える繊細な若き父親・カラムを演じたポール・メスカルは、本作でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされました。
忘れかけていた子ども時代のまばゆい記憶を揺り起こし、日焼け後のようなヒリヒリとした痛みを焼きつける本作。日本での公開に先駆けて来日したウェルズ監督に「大切な人との大切な記憶の物語」がどのようにでき上がっていったのかお聞きしました。

劇中より
映画が人の人生を変えることがある、という実感
——本作を観ている最中、子どもの頃の記憶が溢れてきて、まるで「記憶を再生する装置」のような映画だと思いました。カンヌ国際映画祭での上映後、たくさんの方が本作を観られたと思いますが、反応はいかがでしたか?
シャーロット・ウェルズ監督(以下、ウェルズ):映画を作っているときは、観客や批評家からどのように評価されるか全く考えていなかったので、いい反応を得られて驚きました。「気に入ってもらいたい」と考えると、自分が望んでいない選択をしてしまうこともあるので、映画を作ることに集中して良かったと思っています。
カンヌ映画祭以降、本当にたくさんの方に観ていただくことができ、日本での上映も叶いました。映画が導いてくれた幸運な旅路を非常に楽しんでいます。
——本作には「夏休みのハイな空気感」や「親子のぎこちない会話」など、誰もが経験したことのある感触・感情が描かれています。観た後に、自分の体験を話したくなるような映画だと思いましたが、監督の元にも、いろいろな方が話をしに来られたのではないでしょうか?
ウェルズ:上映後にこちらを目がけて殺到してくる……という感じではありませんでしたが(笑)、私のところに来て、感想を語ってくれた方もいらっしゃいました。
一番驚いたのは、男性の反応ですね。カラムはうつ病に悩む若き父親ですが、そこに「すごく共感できた」と感想を伝えてくれた男性が多かったんです。映画を作っていたときは考えていなかった客層だったので、なぜそこまで共感を得たのか、いろいろ考えさせられました。
パリで上映したときは、ある女性の方が「この映画を観た後、父と連絡を取って再び交流が生まれた」という話をしてくれました。私自身の過去を振り返るようなパーソナルなドラマが、人ひとりの人生を変えるということに、うれしい驚きを感じましたね。

シャーロット・ウェルズ監督
怖かったのは、自分の記憶を上書きしてしまうこと
——パーソナルな体験を作品に盛り込むことに、怖さはありませんでしたか?
ウェルズ:これまで短編を3本作ってきて、どれもパーソナルなテーマを扱ってきました。だから、怖さはなかったですね。というのも、映画というのは観客なしでは成り立たないものですが、誰かに観てもらうというより、自分を表現したいというところからスタートした作品だったからです。
何年も構想を練り、家でコツコツと書き上げてきた作品なので、自分と父親の関係について多くの人に話す機会があるなんて、全く想像していませんでした。
——お父様とトルコに2週間滞在したときの楽しさや驚きなど、ご自身の体験をベースにしている部分も多いようですが、自叙伝とフィクションのバランスについてはどのように考えていましたか?
ウェルズ:構想を始めた頃、父とトルコで過ごした休暇の写真を見返していて、自分が当時の父の年齢になったことに気がついたんです。そこから「父は当時、何を考えていたんだろう」「どういう人物だったんだろう」と、父と自分の人生の違いを比較し始めました。
そうやって、脚本を書き進めていて、ふと怖くなったのが、自分の記憶を上書きしてしまうことでした。そのため、途中からは、あえてフィクションの要素を増やし、自分の記憶は大切に保存しておくことを意識するようにしたんです。
記録は常に不完全なもの
——本作が完成するまで、8年かかったと伺っています。構想を練り始めたとき、監督は20代後半だったと思いますが、「過去を再生して父の心を知る」というテーマを選んだのは、年齢も関係していますか?
ウェルズ:長編第一作は、絶対にこのテーマにしようと決めていたので、年齢に関わらず、このテーマを選んでいた気がします。ただ、テーマをどのように表現するかは、そのときの自分の価値観によって変わってきますよね。30歳と35歳よりも、25歳と30歳のほうが、その差は大きいと思います。
いま振り返ると、長編第一作を、20代前半で作らなくて良かった。その頃はまだ、ここまで多くを語ることができなかったと思います。
——本作には、家庭用ビデオカメラやポラロイドカメラなど、懐かしいアイテムがたくさん登場します。今はさまざまな記録デバイスがありますが、記録しておくメリットはあると思いますか?
ウェルズ:今を記録することは、後の人生にそれほど影響を及ぼさないと思います。というのも、記録は常に不完全だと思っているから。
私たちの親世代は、ホームビデオを持っていたものの、それほどたくさんの映像を撮っていたわけではないと思います。記念日やイベントのときに、少し回すくらい。それすら、テレビ番組やサッカーの試合に上書きされて、消えてしまうこともありましたよね。
今はスマホで簡単に写真や映像を残せるようになりましたが、後からそれを見ると、レンズの枠の外に目が向くと思うんです。あのときこんな人がいたとか、こんな出来事があったとか、日差しがまぶしかったとか、感触や感覚のほうが強く焼きついている。
どれほど量を記録しても、どれほど高画質になっても「写っていないもの」に思いを馳せることは変わらない気がします。
11歳の頃は今を生きることに必死だった
——本作は、豊かな色彩も見どころのひとつだと思います。通常、映画で過去のことを描くときは、少し暗めにしたり、ローファイな雰囲気にしたりすることが多いと思いますが、鮮やかなカラーリングがとても印象的でした。そのあたりは、どのように考えて作りましたか?
ウェルズ:色彩に非常に時間をかけたので、この質問をしていただけてうれしいです。撮影監督のグレゴリー・オークと色彩について話し合ったとき、キーワードとなったのが、present=現在でした。
撮影前に、オークと2人で子ども時代の休暇の写真を持ち寄って、太陽の光がどのように写っているか、人の肌の色がどのように写っているか、青い空がどのように写っているかを見たり、調べたりして、どのように表現するか話し合ったんです。
その理由は、「過去の出来事」「フラッシュバック」としてストーリーを描きたくなかったから。今現在、ソフィとカラムが目の前にいて、ストーリーを展開している……という感覚で観てもらいたかったので、そこはすごく大切にしました。
——ありがとうございます。最後の質問は、ソフィのセリフから引用させていただきます。「11歳のとき、将来は何をしていると思いましたか?」
ウェルズ:多くの11歳のように、今を生きることに必死だったと思います。なので、覚えているエピソードは少ないんです。ただ、周りに溶け込むことの難しさや、孤独感、親に押し付けられた好みではなく自分の好き嫌いがはっきりしていたこと……そういう感覚は、なんとなく覚えていますね。
11歳のとき、実は映画を作りたいと思っていたんですが、その夢は叶わないと思い、一度は別の道を選びました。少し遠回りをしてまた映画の道に戻って来られたので、11歳の自分が今の自分を見たら、すごく喜んでくれると思います。
(取材・文:東谷好依、編集:安次富陽子)
作品情報
『aftersun/アフターサン』
5月26日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿ピカデリーほか全国公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ
© Turkish Riviera Run Club Limited, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute & Tango 2022