9月30日(金)に公開予定の映画『マイ・ブロークン・マリコ』は、主人公のシイノが親友・マリコの遺骨と2人旅に出る異色のロードムービー。過酷な人生を生きてきたマリコに、シイノが最も伝えたかった言葉とは――。
タナダユキ監督へのインタビュー後編では、「自分自身との関係」「他者との関係」に焦点を当て、映画を通して伝えたかったことについてうかがいました。
インタビュー前編は…「この二人が出会えてよかった」と思う理由
「自分を傷つける人と無理して一緒にいることはない」
——映画『マイ・ブロークン・マリコ』は、原作の細かい描写も忠実に再現されていますよね。子ども時代のシイノが乗っている自転車の形を見て「すごい、ここまで再現しているんだ!」と感動しました。
タナダユキ監督(以下、タナダ):漫画では1コマか2コマしか描かれない部分こそ大事にしたいと思っていました。欲をいえば、もっとこだわりたいところも……(笑)。全く同じ物や場所を探すのは難しいですが、原作を読まれた方も楽しめる要素を盛り込んでいきたいと思いながら作っていきました。
——その一方で、オリジナルの要素もたくさん盛り込まれていますよね。特に、マキオ(窪田正孝)がシイノに歯磨きセットを渡すシーンは、リアリティがあって心に残りました。
タナダ:原作の平庫ワカさんにお話を聞いたら、マキオは町の見回りをしている人だと。勝手な想像だったのですが、マキオって、歯磨きが好きそうだなと思ったんです(笑)。私自身も、撮影の合間に歯磨きをするとちょっと気分転換になるし、眠気覚ましになるんですよね。
そういう本当に些細な日常のこと、例えばコーヒーを飲んだり、温かいお風呂に入ったり。そういうことで、ほんのわずかにでも気持ちが切り替わることってある気がして。お酒を飲んでタバコも吸って、ひと晩野宿したシイノが、すっきりした気分で岬へ向かうためにも入れたいシーンでした。
——シイノが野宿する漁港のシーンをはじめ、今作には「自分を大事にしてください」というセリフが何度か出てきます。ただ、何をすれば自分を大事にしていることになるんだろうと考えると、けっこう難しいですよね。
タナダ:自分を甘やかすこととも違う気がするし、でも、たまには甘やかしていい気もするし……。突き詰めると難しいですよね。映画のストーリーに沿うなら「自分を傷つける人と無理して一緒にいることはない」っていうことかな。
それって、自分の気持ちと向き合わなければ答えが出ないんですよ。どんな人が自分を傷つけるのか、誰といればうれしい/楽しい/悲しい/苦しいのか、自分以外の人には判断できないんです。誰かが気づいてくれたり、手を差し伸べて上げ膳据え膳したりしてくれるわけじゃない。そう考えると「自分を大事にしてください」は、やさしい言葉であり、厳しい言葉でもある気がします。
何かあっても、全てが自分の責任ではない
——マキオとマリコは会うことがなかったけれど、マキオはきっと、マリコにも「自分を大事にしてください」と言ったでしょうね。ほかに、印象に残っているセリフはありますか?
タナダ:シイノが岬で言う「あんたの周りの奴らが、こぞってあんたに自分の弱さを押し付けたんだよ」っていうセリフですね。マリコはもうこの世にいないけれど、それでも言えて良かったんだろうと思いました。
人間にはどうしても愚かな面があって、強さを誇示するために、自分より弱い人を攻撃することがありますよね。女性に限らず、そういうことをされて苦しんでいる人はたくさんいるはず。それは、決して攻撃された側の責任ではないということを、シンプルに伝えてくれるセリフだなと思います。
——このセリフを聞いて、心が軽くなる人も多いだろうと思います。
タナダ:そうですね。何かが起こったとき、自分のせいだと思い込まされてしまうことが度々ありますが、多分、そうじゃないケースのほうが多い。そういうことに、私自身も気づかされたセリフでした。
大変なことを大変ぶらない
——監督も、何かが起こると「自分が悪かったかな」と考えますか?
タナダ:考えます。若干、開き直れるようになりましたが。「私、悪くないよね?」って(笑)。人のせいにするより自分が悪いと思う方が美徳だと思います。でも、それが行き過ぎて心を壊したら美徳もなにもあったもんじゃない。無責任は論外なので、バランスが難しいところですが。
——なるほど。監督は『ふがいない僕は空を見た』のインタビューで「人は脛(すね)に傷をもちながら生きていくしかない」とおっしゃっていました。今作のシイノやマキオはそれを地でいくキャラクターですし、『百万円と苦虫女』や『ロマンスドール』など、ほかの作品でもこのテーマは一貫していると感じます。
タナダ:人はそうそう変わらないということです(笑)。テーマというよりは、そういう人物に惹かれてしまうんでしょうね。『マイ・ブロークン・マリコ』は、どうしようもないいろいろを受け入れないと生きていけないということを、大仰に描いていないんです。大変なことを大変ぶらない。そこが原作の凄みであり「この作品を映画にしなければ」と、私を突き動かした部分でもあります。
どうしようもない問題に折り合いをつけてなんとかやっていくことは、逃げではなく前進ではないでしょうか。私自身も、そうやって脛に傷をもちながら生きていく人でありたいですし、これからもそういう作品を作り続けると思います。
(スタイリスト:石橋万理、ヘアメイク:岩本みちる、取材・文:東谷好依、編集:安次富陽子)
■作品情報
『マイ・ブロークン・マリコ』
9月30日(金)
TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
配給:ハピネットファントム・スタジオ/KADOKAWA
(C)2022 映画『マイ・ブロークン・マリコ』製作委員会