日本ではこれまで、耳の聴こえる俳優が演じることが多かったろう者の役。イタリアで開催された「第79回べネチア国際映画祭」コンペティション部門に正式出品された深田晃司監督の新作『LOVE LIFE』(9月9日公開)では、ろう者の役に自身もろう者である俳優、砂田アトムさんを起用しています。
矢野顕子さんの楽曲『LOVE LIFE』をモチーフに深田監督の約20年間の構想を経て完成した同作。砂田さんは、木村文乃さん演じるヒロイン・妙子の元夫で物語の台風の目となる役を、豊かな表現力で演じきっています。
そんな砂田さんと深田監督に、ろう者の役を当事者が演じる意義について、また、「個」を描くことを大事にしているという深田監督の映画作りについて、お話を聞きました。前後編。
【前編】耳が聞こえない役をろう者が演じることの意味 映画『LOVE LIFE』

深田晃司監督(左)と砂田アトムさん
砂田「女性を大事にするカッコいい男を演じたかったけど…」
——妙子と元夫パクの間には強い結びつきを感じますが、パクには妙子と子供を捨てて姿を消した過去があります。砂田さんは、この2人と二郎の不思議な関係性をどのように理解して演じたのですか?
砂田アトムさん(以下、砂田):本当は女性を大事にするカッコいい男を演じたかったのですが、監督が決めたことですから、そこはしっかりと受け止めて、自分の中に落とし込んで演じようと思いました。
パクが韓国人という設定で、よかったと思います。もし、日本人のろう者なら、二郎との距離感を表現するのが難しかったかもしれません。口形に日本語からの借用というものがあるのですが、どうしても、二郎との距離感が近くなると思うんです。でも、韓国人のろう者という設定なら、日本語からの借用がない。韓国手話で表現していたからこそ、二郎との距離感を作ることができた。特に、役所で二郎、妙子、パクの3人が話す場面では、妙子とパクの2人の世界、2人の時間ができていて、二郎がどんどん孤独になっていく。すごくいいシーンになったんじゃないかなと思います。
ただ、両親ともに韓国人だと、ちょっと違和感があったんですね。もちろん、韓国人の役ということで役作りをしていけばいいのかという考え方もありますが、やはり私自身は日本人なので、監督と話し合って、母親は日本人、父親は韓国人という設定を作っていただけたのは、ありがたかったです。
——日本語からの借用の口形で、距離感が近くなるというのは、どういうことでしょうか?
砂田:例えば、動詞の手話の場合、日本語からの借用というのは、ほとんどないんですね。口形を日本語から借用することが多いのは、名詞です。例えば、お店でお寿司を注文したりしますよね。板前さんは手話ができないので、口の形だけで「イクラ」とか「タマゴ」と伝えたりする。そんなふうに口の形を日本語から借りて表現するということが、名詞の場合は多いんです。もし、日本人のろう者の役だったら、このような日本語からの借用の口形があるので、二郎にも何を言っているのか分かったりする。二郎との距離感が近いものになってしまう。韓国人という設定だったからこそ、分断が作れたと思ってます。
——妙子には、自分が正しいと思ったことを曲げないところがあって、パクを自分の庇護下に置こうとします。そういう態度を、パクはどのように感じていたと思いますか?
砂田:砂田自身のこととして考えると、頼んだときには助けてほしいですが、そうでなければ別に人の手助けはいらないと思っています。聴こえる人の中には、「聴こえないから助けなければ」と誤解されている方が多いと思うんです。昭和の終わり、平成の始まるあたりまでは、聴こえない人を周りの人が助けなきゃという福祉的な考えがまだまだあったかなと思いますが、もう古いです。そういう福祉的な考え方では、先ほどお話ししたような、ろう者が映画を学べるという環境を作る取り組みはなかなか進まないですよね。ろう者自身がアイデンティティーをしっかり確立していかなくてはいけないと思います。
確かに、パクに対する妙子の行動は、ちょっと余計なお世話だと考えてしまうかもしれませんが、映画としては面白いかなと思います。
恋愛=誰かを選ぶと同時に「誰かを選ばない」選択がつきまとうもの
——ネタバレになるので詳しくは言いませんが、終盤の展開は妙子や二郎の“好意”がことごとく裏切られていき、悪意とまでは言えないものの、ザラッとした負の感情を覚えました。
深田晃司監督(以下、深田):そもそも私たちは、生きながら関係性によって見せる顔が違ってきます。私の作品には恋愛という要素が出てくることが多いんですけど、恋愛の高揚感や素晴らしさを描きたいというより、そもそも恋愛というのは、誰かを選ぶことで、常に「誰かを選ばない」残酷な選択をしていることがすごく面白いと思っているんです。それは悪意というよりも、私たちが生きる上での本質的な残酷さだと思っています。
幸せな結婚式の背景には、選ばれなかった誰かがいるかもしれない。仕事だって、誰かが仕事を得るということは、誰かが得られなかったことになる。
だから今回、特に気を付けたところがあるとすれば、誰かが誰かを特別に裏切っているわけではなく、“妙子も二郎もパクも、それぞれそれなりに誰かを裏切っている”と描くことでした。
国もジェンダーも関係なく…あらゆる人が抱えていること
——『LOVE LIFE』は家族の物語でもありますが、プレス資料のインタビューで「僕の優先順位は個であり、個を描くことを意識しています」と話されていました。ウートピは「個」を大切にすることをコンセプトにしているので、そのあたりをもう少し詳しく教えてください。
深田:自分が映画を作るとき、自分の中で最も揺るがないと思うことをメインのモチーフにしたいと考えると、結局、「人はいつか死ぬ」「人は孤独である」ということになるんです。
国もジェンダーも関係なく、あらゆる人が抱えていることを毎回モチーフにしています。そういうモチーフの1つとして家族を描くこともありますが、自分は、家族の大切さを描くために、個々のキャラクターが存在している作品をやや苦手に感じてしまう。逆だと思うんですよね。個の孤独を描くために、前振りとして家族というものを描くほうが、自分としてはしっくりくるんです。
——「個」というテーマで、砂田さんにも伺いたいのですが、「助けてあげなければ」と思われがちだという話もあったように、ろう者というだけでステレオタイプで判断されたり、ひとくくりにされがちなこともあると思います。ろう者に限らず何かラベルをつけてジャッジしてしまうというのはいろいろなところで起こっているとは思うのですが……。
砂田:そうですね。まず、「ろう者」というより、「日本人である」ということを言いたいですね。なぜ、わざわざ「ろう者」とくくる必要があるのか? つまり、日本では、まだまだ対等に考えられていないということなんですよね。ろう者である前に日本人である。それで終わりでいいじゃないですか。聴者という言葉は皆さん使わないのに、「ろう者」という言葉をなぜ特別扱いのように使うのか、すごく残念に思います。でも、まだまだ必要とされている言葉であるというのは仕方がないです。
かつては「聴覚障害者」という言い方がされていましたが、ろう者がアイデンティティーを持ったことで、だんだんと変わってきて、今では「ろう者」という言葉が広がっています。「障害」の「害」という漢字も使われなくなって、ひらがなで表記されるようになったように、言葉も変わっていく。「聴覚障がい者」という言葉も、「ろう者」という言葉も、いずれなくなればいいなと思っています。
■映画情報
『LOVE LIFE』
監督・脚本:深田晃司
出演:木村文乃、永山絢斗、砂田アトム、山崎紘菜、神野三鈴、田口トモロヲ
配給:エレファントハウス
(C)2022 映画「LOVE LIFE」製作委員会&COMME DES CINEMAS
(新田理恵)