映画『三姉妹』は自分かもしれない…傷をなかったことにしている中年たちへ

映画『三姉妹』は自分かもしれない…傷をなかったことにしている中年たちへ

それぞれ問題を抱えながら、仮面で悲しみや怒りを覆い隠して生きている三姉妹。弱気なフリ、完璧なフリ、壊れたフリ……。ひとつ何かが狂えば爆発してしまいそうな日常を生きている。

彼女たちは家父長制的な価値観の影響を色濃く受け、強権的な親に育てられた世代。6月17日公開の映画『三姉妹』は過去の呪縛に苦しみながらもあらがおうとする女性たちの姿を描いています。

イ・スンウォン監督は、三姉妹と同世代。この映画作りを通して、中年世代に必要なものは「癒やし」だと感じたといいます。

「三姉妹」キャストとイ・スンウォン監督(右)

「自分が抱える問題に目を向けるきっかけに」作品に込めたもの

——長女ヒスクは、ほそぼそと花屋を営むシングルマザー。反抗期の娘に煙たがられ、別れた夫からは金をせびられ、おまけに自分にも病気が見つかる。次女ミヨンは稼ぎのいい夫や子供たちと高級マンション暮らし。熱心なキリスト教信者で、聖火隊の指揮者を務めるなど人望も厚いけれど、実は、夫は若い女性と浮気中で、母の厳しい管理を嫌う子供との関係もギクシャクしている。そんなミヨンに頻繁に電話してくる三女ミオクは、スランプ中の脚本家。お人好しの夫と、その連れ子と暮らしているが、酒浸りで常に泥酔状態――。3人そろって、人生どん詰まりに見えます。

お互いイライラを募らせているけれど、絶対に姉妹を突き放そうとしませんね。つらければ家族を「捨てる」選択をするのもアリだと思いますが、『三姉妹』はとことん付き合っていこうという姿勢が印象的でした。

イ・スンウォン監督(以下、イ監督):この映画の三姉妹は、それぞれ過去のある事が原因でトラウマを抱えています。どうして心に傷を抱えてしまったのか? 三姉妹は、その原因となった過去を思い出し、懸命に考えていくのです。

彼女たちは、それぞれの家庭でも問題を抱えています。私は、3人がそんな困難な状況を乗り越えようとする強い意志を描きたいと思ったのです。そのためには三姉妹の絆を描く必要がありました。三姉妹が連帯し、助け合う姿を描いて、わずかであっても、見た人に希望を見いだせるような余韻を残すエンディングにしたかった。この映画を見終わった皆さんも、心に抱えている問題に目を向け、それを乗り越えようと思ってほしい。そんな期待を込めました。

被害者であり、加害者でもある母の言葉

——三姉妹にはそれぞれ家庭がありますが、彼女たちは「母親とはどうあるべきか」のようなものを模索しているように感じました。序盤は「もしかしたら、彼女たちには母親がいないのかも?」と思ったほど、うまくいっていない。この映画における、三姉妹の母親の影の薄さが気になったのですが、何か意図されたのでしょうか?

イ監督:この映画では母親と父親の姿を非常に象徴的に描いていると思います。父親はまさに家父長制度の象徴であり、非常に大きな影響力を持っています。アイロニックになりますが、三姉妹の母親も、被害者であると同時に3人の子供たちにとっては加害者だったのです。

母親から娘たちに、「お父さんはもう、昔のお父さんじゃない。だから許してあげなさい」というシーンがあります。両者の間に隔たりがあると、すぐに分かる言葉ですよね。母親は、父親が娘たちにひどい仕打ちをしたことを忘れているのです。

とはいえ、長女がガンだという話を聞き、真っ先に娘を抱きしめて泣き始めたのも母親でした。三姉妹の母親は、今も自分が満足できる人生を生きられず、そして過去を振り返っても正々堂々と生きてきたとは言えないような、そういう意味では悲惨な被害者と言えます。でも、三姉妹にとっては、父親の仕打ちを傍観していただけですから、加害者になる。「暴力を振るう主体である父親と、加害者でもあり被害者でもあるという母親」という構図の象徴的な存在として、三姉妹の両親を描きました。

——監督は公式のインタビューで、今の30、40代に共通する経験として、「子供があまり大切にされなかった家父長制的な時代に育った」とおっしゃっていますね。監督にもその影響が残っていると語られていました。例えば、どんな時に影響を感じるのでしょう?

イ監督:私は子供の頃に父親を亡くし、母親が1人で育ててくれたので、いろんな家に預けられました。母方の実家や親戚の家、あるときは父方の親戚の家など、いろんな家をたらい回しにされながら大人になったのです。そんな中で私が見聞きした大人たちの言動は、今思えば、子供の私に対してひどいものだったと思います。当時はあまり気づかなかったのですが、子供の私にひどい言葉を浴びせたり、ないがしろにしたり。ブラックコメディのような状況も多かったように思います。

周りの人に話を聞くと、直接的に父親から暴力を振るわれたという人も多いです。そういう過去があったにもかかわらず、何事もなかったかのように平然と生きている人たちをたくさん見てきました。そして、ひどい暴力を振るっていた父親と、何事もなかったかのように、互いに振る舞っているというケースも多く見聞きしました。この映画が、そういう人たちにとって、過去を振り返るきっかけになればいいなと思っています。

「この社会は、今以上に癒されなければいけない」

——この映画を撮ったことで、ご自身の中の価値観や過去との向き合い方に変化はありましたか?

イ監督:『三姉妹』がきっかけで価値観が変わったというわけではないのですが、私は常に、人生が良い方向に向かうように努力をしてきました。ただ、この映画を作ったあと、三姉妹のような人生を生きてきた人が本当に多かったのだと、改めて知ることになりました。「この映画を見て、かつての自分を振り返った」と言ってくださった観客もたくさんいて、現在のこの社会は、今以上にもっと癒やされなければいけないと改めて思いました。互いにいたわり合い、助け合うことで、より良い人生を生きられればいいと願っています。私には娘がいるのですが、娘たちが生きる次の世代がより良い世界になるように、今、私たちが努力することも大切だと思います。

——日本と韓国では事情が異なりますが、日本でも『三姉妹』と同じ中年世代は、不景気の時期に社会に出て就職で苦労したり、何かと割を食ってきたような気がするので、「癒しが必要」という言葉に大きくうなずいてしまいました。

イ監督:韓国でも30、40代の人たちは、ちょっと元気を失いつつある状況に置かれていると思います。

今の若い世代は、物質的な価値ばかり追い求めるようになってきたような気がします。少し上の私たちの世代は、夢を持って、理想的な生き方をするにはどうしたらいいのか、理想的な価値観というのは、どういうものだろうということを追い求めていたように思うのですが、若い世代は実利に走ってしまう傾向があるようで、心が痛みますね。映画やドラマをはじめとした文化も非常に画一化されてしまい、多様性が失われている気がするのです。

——日本では近年、「韓国の映画やドラマには勢いがある」と報じられがちですが、実情は違うのですね。

イ監督:韓国の私たち40代が若い頃に見た映画には、とても多様性がありました。そして、そういう多様な映画を作る原動力も存在していて、文化的な水準も高かったと思います。日本も同様だと思うのですが、今はそういう状況が崩れてしまっている気がして、心が痛みます。

お金や物質的なものに価値を置くのではなくて、しあわせのためには本当に何が必要なのか、本質的なものにもっと目を向けられるようになればと思います。そして芸術的、文化的な価値が脚光を浴びられるように、私たちが自ら努力をしていく必要があると思っています。

■映画情報

「三姉妹」
公開表記:6月17日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!
コピーライト:(c)2020 Studio Up. All rights reserved.
配給:ザジフィルムズ

(聞き手:映画ライター・新田理恵)

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