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また匂わせちゃった! 社交辞令を言ってしまう自分に罪悪感【DJあおい】

また匂わせちゃった! 社交辞令を言ってしまう自分に罪悪感【DJあおい】

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友人との別れ際や仕事関係の人につい「今度ご飯に行きましょう」と社交辞令を言ってしまいます。完全に社交辞令といえばそんなことはなく、本当に一緒にご飯に行きたい人もいるし、その時は話が盛り上がったりして「行きたい!」と思って「今度ご飯でも食べに行きましょう」と思うのですが、時間がたつと「なんであんなこと言っちゃったんだろう」「めんどくさい」と罪悪感に苛まれることもあります。

本気でご飯に行きたいと思う人は具体的に約束をしてさっさとコトが運ぶのですが、そうではない人は社交辞令の約束だけした感じになっていて心の片隅に何かが残っていて精神衛生上悪いです。ちなみに最近よく言ってしまう社交辞令は「コロナが落ち着いたらご飯行きましょう」です。もう社交辞令は言わないと決心するしか対処法がないのでしょうか?

つい「今度ご飯に行きましょう」と言ってしまう理由

ホラー映画でありがちなのですが、ハッピーエンドで終わりかと思いきや、最後の最後で『実はモンスターは生きていた』みたいな、続編を匂わすような演出があるじゃないですか。

あれってなんか「。」ではなく「、」で終わるみたいで気持ち悪いんですよ。

「続編も作るぞ!」みたいな熱量を感じたりもするのですが、いざ続編が公開されて観賞してみると、明らかに前作とはクオリティが落ちるような、「あれ? 監督さんめんどくさくなっちゃったのかな?」みたいな、やっつけ感満載の続編で晩節を汚す系の映画。

完全なる私の臆測なのですが、あれって多分、映画を撮影している時のハイテンションに任せて「続編もあるかも?」というシーンを撮影しちゃったんじゃないかなと思うんです。

そしてその映画がヒットしたら、もちろん配給会社は続編も期待しちゃうじゃないですか。

続編を作る気満々だと思い、続編のオファーを出しちゃうわけじゃないですか。

でもその時はもう続編を作る熱量はすっかり冷めていて「ええ、なんかめんどくさいな、、、」とテンションガタ落ちだと思うんです。

でも続編を匂わせてしまった手前、断ることもできず、渋々オファーを承諾してやっつけの続編を作ってしまうということです。

人付き合いは一話完結でいい

日本における「今度ご飯でも行きましょう」的な社交辞令って、そのホラー映画の終わり方にそっくりなんですよね。

「今日は楽しかった、ありがとう」とハッピーエンドで終わりにすればいいのに、その場の勢いに任せてついつい「次」を匂わせてしまう。

そしていざ誘われるとなると「めんどくさい」と思ってしまい、渋々誘いに乗るも以前のようなテンションは保てず駄作に終わってしまい、「。」ではなく「……」というイヤな締めくくりになってしまうんですよ。

人付き合いは基本的に一話完結でいいと思うんですよね。

その場をきれいに収めてハッピーエンドで終わることに全勢力を傾けること。

次につなげようとするよりも、むしろ「次なんかない」と思って渾身の「。」を打つこと。

そのほうが映画で言うところの「名作」になるような気がしてならないし、そういう人とまた違った作品を作りたいと思うのではないでしょうか。

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