『カルト宗教やめました。』たもさんインタビュー・最終回

他人との距離感が分からない…“カルト抜け”した私がぶち当たった壁

他人との距離感が分からない…“カルト抜け”した私がぶち当たった壁

10歳の頃に母親が「エホバの証人」に入信。2世として25年間エホバの証人の教えを信じてきたものの、ひとり息子が病気になったことで35歳のときに脱会を決意したマンガ家のたもさん(40)。前作の『カルト宗教信じてました。』(彩図社)に引き続き、脱退した“その後”を描いた『カルト宗教やめました。』(同)をこのほど上梓し、シリーズ累計6万5000部と話題になっています。

最終回は、カルト宗教から抜けた後にぶち当たった人間関係の悩みについて、たもさんに話を聞きました。

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つい他人との距離が近くなってしまう理由

『カルト宗教やめました。』(彩図社)より。

『カルト宗教やめました。』(彩図社)より。

——宗教をやめたのはいいものの、「他人との距離感が分からない」というのがすごくリアルだなあと思いました。「やめて一件落着」ではないんですね。

たもさん:宗教をやめて5年たつのですが、人間関係はいまだに課題ですね。いまだに他人に会うときは、直前まで行きたくないって思っていて、特に大人数になればなるほど怖くてしょうがなくて。会ったら会ったで楽しく話はできるんですけど、それこそ帰った後に、「あの発言は失礼じゃなかったかな?」「あの人のあの言葉はどういう意味だったんだろう?」とか、悶々(もんもん)と考えちゃいます。でも気を付けているのは、自分が思っているよりも、2メートルくらい人と離れておこうと。

——2メートル?

たもさん:近すぎちゃうのがカルトの特徴というか、承認欲求を満たしたい人にとってはすごく良い場所なんです。でも、ほかの人にも同じ距離感で接してしまうと「近い」となるので。

つい善かれと思って助言やアドバイスをしてしまうんです。例えば、友人と話していて相手が愚痴をこぼしても、つい「こうしたほうがいいよ」と言いたくなるのでグッとこらえて「そうなんだ」と言うだけにしようと意識しています。

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——私自身も心当たりがあるのですが、相手にとって有益なことを言わないと自分の存在価値がないと思っちゃっているのかもしれないですね。

たもさん:信者はみんな助言したがるのかなって。悪い方向に行っている仲間を助けないと、悪い方向に行ったら滅びちゃうから、命を助ける気持ちでめっちゃ助言するんです。服装から言葉から何でも。

——「善かれと思って」なんですね。宗教に限らず一般の社会やSNSでも見られる光景ですね。

たもさん:SNSでも助言合戦になっていることってありますよね。ただ共感してほしいだけなのに余計なことを言っちゃって燃えている人とかを見ると、人の振り見て我が振り直せじゃないですけど、気を付けないとと思いますね。

——ほかにも入信していた時のクセってありますか?

たもさん:誰かが良くないことをしているのを見たとして、偉い人に密告したり、告げ口しちゃうという光景もよくありました。そういう感じで育ってしまったので、そのクセから抜けるのは難しいなあと思います。

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「教祖にはならない」私が決めていること

——あとがきを読んでハッとしたのが、たもさん自身が「教祖にだけは絶対ならない」と決意していた部分でした。読者からの悩み相談に気持ち良く答えている自分に違和感を感じ始めたという……そのあたりを詳しく伺いたいです。

たもさん:誰かに悩み相談をしてはダメというわけではないのですが、たまに「これからも脱宗教の礎として頑張ってください」とか、「被害者代表として頑張ってください」というようなメールやメッセージをいただくことがあるんです。もちろん、褒めるつもりで言ってくれているとは思うのですが、私は「ちょっとそれはやめてほしいな」と違和感があるんです。

私はただマンガを描きたいから描いて、これしかネタがなかったから描いただけで、別に被害者代表になったつもりはないです。もし被害者代表ぶったりしたら、もっと前から頑張って活動してる人がいるのでその方にも失礼ですよね。それで自分が好きなことを描けなくなっちゃうのは嫌だなあって思うし、今後、私がものすごい下ネタのマンガを描いたりしたら、絶対にガッカリさせちゃうじゃないですか。だからそこを期待されても困るなあって。

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——すごく客観的にご自身を見ているのですね。やっぱり頼られたり悩み相談をされたりするとうれしくなっちゃうものだし、気持ち良くなっちゃうのは人間誰しも思い当たる部分があると思います。

たもさん:最初はうれしかったのですが、あとがきでも書いたようにせっかく支配から脱出できた人を、再び支配するようなことは絶対するまいと固く決意しました。

——宗教に限らず、なかなか親や他人からの支配から逃れられなかったりする人もいると思います。今のお話と矛盾するかもしれませんが、そんな人たちにメッセージがあれば伺いたいです。

たもさん:うーん……。おそらく「自分の好きに生きなよ」とか、「人生一度きり」とか言ったほうがいいんでしょうけど、でも、それもその人の生き方なのかなって思いますけどね。もし私がそういうことを言って、誰かが自由に生きて問題を起こしてうまくいかなくなってしまっても責任は負えないなあと思うし……。

中には悩みたくて悩んでるって言ったらアレですけど、悩むことで昇華する人もいると思うんです。愚痴ばかり言っている人も、愚痴ることがその人の悩み方というか、その人の生き方なのかなって。だから、「こうしようよ」とか「こうしたら楽になれるよ」って言う権利はないのかなって。行動するのもしないのもその人のタイミングなのかなと思います。

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【第1回】幸せか不幸かは自分が決める。カルト2世だった私が気付いたこと
【第2回】“カルト2世”だった私が親に対して思うこと

(聞き手:ウートピ編集部・堀池沙知子)

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