32歳で初期乳がん 全然受け入れてません ・水谷緑さん 最終回

「お似合いなのかなと思って…」乳がんの治療後に自分からプロポーズした理由

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「お似合いなのかなと思って…」乳がんの治療後に自分からプロポーズした理由

病気やケガ、何か理不尽なことに巻き込まれても前向きに頑張る人たちは、確かに格好いい。それを糧に生まれるエネルギーやモチベーションもある。でも、理不尽な出来事に対して、怒りを表明する人が、受け入れないと言い切る人が、そんな人たちがいても、それはそれでいいのではないでしょうか。

初期乳がんを受け入れられず、ずっと怒っていたことや正直な心情を描いたエッセイ『32歳で初期乳がん 全然受け入れてません』(竹書房)の作者・水谷緑さん。それまでの赤裸々な思いについて振り返ってくださった水谷さんは、乳がんの治療を経て気づいたことや今の心境について、少し肩の力が抜けたような様子で語り始めます。

■これまでのインタビューはこちら
【第1回】32歳で初期乳がんを告知され…
【第2回】抱えていた怒りに気づくまで

私にとっては、怒ることが、納得することだった

——乳がんを受け入れられなかった、というのはとても正直な気持ちで、私も実際そうなったら同じように感じるのではないかなと思いながら読みました。

水谷緑さん(以下、水谷):やっぱり、どうしても悔しかったんですよね。まだちょっと早いんじゃないか、というか。同世代の友達に「病気大丈夫だった?」と言われると、複雑な気持ちになるんです。これは完全に自分の感覚の問題ではあるのですが、バツのシールが一枚ついたような気分になってしまうんですよ。やっぱり、病気になってよかったとはまだ思えなくて。

——やっぱり、当事者になってみないとわからないことがありますよね。

水谷:はい。でも、受け入れられないのは、私だけではないんじゃないか、と思っていて。以前、緩和ケアの看護師に話を聞いたことがあるんです。緩和ケアとは、ガンなど生命を脅かす病気から、心身の苦痛をやわらげるようなケアのことなのですが、それまで私は死を覚悟している方々は静かに受け入れているイメージを持っていました。でも、看護師は、「暴れない人の方が少ないですよ」とおっしゃったんです。

特に40代以下の若い人たちは死ぬ間際まで自分でご飯を食べようとしたり仕事をしようとしたり、受け入れるよりも抗って生きていこうとしている感じだと。

そういう話を聞くと、必ずしも「受け入れる」必要はないのかな、って思うんです。先生も、「受け入れる」よりも「納得する」という言葉の方が適切なんじゃないか、と言っていて。「水谷さんにとっては、怒るという行為が納得するために必要だったんですね」と言われて、しっくりと感じたことがありました。

受け入れるって、人間が思い描いている理想というか、フィクションのような領域のような気がするんですよね。こういう自分だといいなとは思うけど、実際は憧れであって、難しいんじゃないかと。

「人って一人なんだ」と気づいた瞬間

——等身大の自分で、どうやって納得するのか、ということですね。ちなみに作中では、友人や恋人やお母様の言動が、自分の期待とギャップがありモヤモヤするところも描かれていました。そういった現実はどう受け止めていましたか。

水谷:怒る部分もありましたが、同時に手術前に面白い写真を送ってくれる友人などもいて、そういう部分では友達の存在というのはかなり救いになっていましたね。ただ、今でも鮮明に覚えているのは、ガンの宣告を受けたあとに当時アシスタントとして働いていた職場に行ったとき。

まだ周囲の人には言っていないから当然ではあるのですが、みんな私のことなんて気にせず、いつも通り仕事をしていて。そのときすごく、人は一人で、誰ともつながっていないんだなあ、って思いました。よく「人との縁は大切」とか言うけれど、死ぬときはどうしたって一人で死ぬわけだし、究極的には誰とも関係していないんだ、というのがとても腑に落ちる感じがしたんですよね。

――自分がいなくても世界は変わらないというか。

水谷:そうですね。それまではどこか自分が主人公のような気分で、自分が死んだら世界も滅びてしまうような感覚で生きていましたけど、そのとき「自分がいなくてもこの世界は本当に何も変わらないんだろうな」と思ったんですよね。

自分もみっともないとこあるし、お似合いかな、って

――この作品を読んで気になっていたことのひとつに、当時お付き合いされていた恋人さんとのその後について、があるのですが。

水谷:実は、治療がすべて終わったあと、彼と結婚することになりまして……。

――え、そうだったんですか。作品の中では、けっこう恋人に対する鬱憤やすれ違いが描かれていたので、ちょっと意外で驚きました。

水谷:確かに彼に対して不満に思っていた部分もあるのですが、自分の情けなさやみっともなさも自覚すると、なんだか「お似合いなのかな」という諦めのような気持ちが(笑)。実際、がんの治療が終わってから、気持ちも体も回復して、次の(ライフ)ステージにいきたいなという気持ちが強くなっていたんですね。そこで、私の方から提案して、結婚することになりました。

——自分から提案して、っていいですね。

水谷:ケンカしてばかりですけどね。付き合っていた期間も1年に満たないし、治療もあってほとんど会っていなかったし、今初めて知るようなことも多いです。でも、この人なら信用できるかもしれない、という気持ちは自分の中にあって。そういえば、精神科医の先生にも、「彼はいい人だよ」というお墨付きをもらいました。

——それはやっぱり、乳がんだということを伝えても逃げずに一緒にいようとしてくれた姿が大きかったのでしょうか。

水谷:そういう部分はありますね。やっぱり他の人の話を聞いていると、乳がんだと伝えたことで離婚や破局につながるケースって、かなり多いらしいんです。そういう点では、見当違いのことを言ったりすることはあっても、決して逃げたりはしなかった。手術前に私が血迷って浮気しようと思ったという話も、むしろ自分が気づけなくてごめんという風に受け入れてくれましたしね。

理不尽なことにはもっと怒っていい

——今日お話を聞いていて、こういった作品は出しながらも、あまり水谷さんご自身は自分ががん患者だということをことさらに伝えたくないような雰囲気を感じました。

水谷:そうですね。乳がん患者ということをアイデンティティにしたいとは決して思わないし、あれだけみっともない自分をもう見たくないから、忘れたいという気持ちがあります。もちろん、それにより自分のことをもっと赤裸々に表現することができるようになったり、他人の重たい相談を受け入れられるようになったり、ポジティブな面は確かにあるんです。でも、やっぱり受け入れることはできないんですよね。昔も今も。それが解決につながるかは別として、理不尽なことにはもっと怒っていい、そう思っている自分もいる気がします。

(取材・文:園田菜々、編集:ウートピ編集部 安次富陽子)

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