財務省の福田淳一・前事務次官のセクハラ事件であぶり出されたメディア業界のセクハラの実態や24時間体制の長時間労働。
世間で「働き方改革」が叫ばれる一方で、メディアの働き方は高度経済成長期の昭和で止まったままと言わざるを得ませんが、そんなメディアの働き方は表現にどんな影響を及ぼしていて、その表現が私たちの生活や考え方にどんな影響をもたらしているのでしょうか?
そんなメディア業界の働き方と表現について考える「メディアと表現について考えるシンポジウム」の第3回「炎上の影に『働き方』あり!メディアの働き方改革と表現を考える」が4月12日、東京・日本橋の「サイボウズ 東京オフィス」で開催されました。
シンポジウムの様子を4回にわけてお届けます。
【第1回】「霞が関とメディア業界は40年遅れ」現場のセクハラ実態
【第2回】「うちのshipは風邪をひきません」テレビ業界に蔓延する“謎のおばちゃん像”って?
【第3回】「長時間労働が当たり前」は言い訳です
<登壇者>
モデレータ:小島慶子 エッセイスト/東京大学大学院情報学環客員研究員
林香里 東京大学大学院情報学環教授
白河桃子 少子化ジャーナリスト/相模女子大学客員教授
たむらようこ 放送作家/ベイビー*プラネット社長
古田大輔 BuzzFeed Japan 編集長
中川晋太郎 ユニリーバ・ジャパン マーケティング ダイレクター
渡辺清美 サイボウズ株式会社・コーポレートブランディング部
大門小百合 ジャパンタイムズ 執行役員・編集局長
山本恵子 NHK国際放送局 WorldNews部記者
「自分はこうは思わない」から問いが生まれる
小島:ここまでの議論を通じて「多様性とは何か?」が共有されていないから様々な問題が生じていると感じました。「女性を入れればい」「イマドキ受けそうなキーワードを入れればいい」ってことではない。
多様であればあるほど、摩擦も増えます。話が通じない人が増えるということでもありますから。
ご登壇者の皆さんからは、対話から得られる気づきこそが表現を豊かにするのだというご指摘がありました。
“気づき”というのは、「あ、自分とは違うモノの見方がある」「今までとは違う提言がされている」とか。とはいえ「自分はこうは思わないんだけれど」ということもあるでしょう。必ずしも毎回同意できるとは限らないと思うんですね。
ただ、なぜ自分とは違うものの見方をする人がいるのかを考えることは、同じ社会に暮らす隣人との相互理解を深めるためにもとても大切です。
でも、メディアが唯一の正解を示すのではなく、見た人聞いた人読んだ人の胸の内に問いが生まれることが大切だと思います。賛否が分かれる表現であってもいいのですが、建設的な議論を生み出すものであることが大事ではないでしょうか。
今回は、メディアの現場自体にそのような気づきが欠けているのではないかという危機感を共有したシンポジウムでもありましたが、最後にみなさんからご提言や希望を伺って今回のシンポジウムを終わりにしたいと思います。
「関心がない人」にも届けないと社会は変わらない
古田:「多様性がどういう力を生み出すのか」という根本的なところにつながるんですが、僕が朝日新聞でできなかったことでバズフィードでぜひやりたいと思ったのが、「関心がない人に届ける」ってことだったんですね。
例えば「国際女性デー」という女性のエンパワーメントに関することをやるときや、LGBTの権利を促進するような特集をやる、と。そのときにそのテーマに関心があってずっと取り組んできた人だけで作っても、関心を持っていない層には刺さらない。でも、もともと関心のある人だけに届けても、世の中変わらない。
今回のテーマで言えば、「メディアの働き方と表現を変えていこう」となったら、今日、このイベントに来ていない人に届けないとダメなんですよね。
そんなときに武器になるのが多様性だと思います。「#me too」の企画を作るときも女性だけでは作らない。男性も作る。もしくは、それまでそういう企画に参加したことがない人が会議にいる。
それによって初めて「なぜこの人たちはこの問題に関心がないのだろうか?」の気づきがあって届くようになる。多様性のない職場ではそういう議論ができない。
そういう意味で、多様性のない職場では変えられないものがあるのではないかなと思いました。
数を増やして問題を“主流化”する
山本:十数年前に女性のジャーナリストの会を立ち上げたんです。現場にあまりに女性が少なくて自分たちの意見がデスクに弾かれちゃうというのもありまして、横につながって発信をしていこうと。
「ワークライフバランスは大事だよね」「少子化は女性の問題ではない」というような、少数の意見だけれど大事なことを横で連携しながら発進して「問題を主流化する」ということをやってきました。
そこで私たちが互いに言っていたのは「辞めないでがんばろう」ということでした。「子どもを産んだら記者じゃない」って言われる世界で自分が辞めたら何も変わらない。みんなで「辞めない」ということを目標にしてやってきました。
そしたら少しずつ子どもを産んでも記者を続ける人が増えてきたんです。その中で待機児童の問題など、自分が報道するテーマにも幅が広がってきました。数が増えるのが大事だと思いました。
あとは、プロとしてお金をもらって発信する立場として、自分たちで勉強をしたり、普通の生活をするというインプットの機会を増やすことが大事だと思いました。
一人で戦うのは難しいから…
小島:それでは林先生に総括をお願いします。
林:私は総括をできないかもしれないなあと。なぜなら私も(東大という)昭和レガシー組織に勤めている身なので、今日聞いていて全然世界が違うなと思いました。「ダメだこりゃ」って思いましたね。
中でもたむらさんの言葉に勇気付けられました。私は昭和レガシー組織に勤めていて孤独を感じることもある。クリエイター系と重なると思うんですが、どこまでもやれと言われて終わりがないという仕事です。一人では戦えないと思うんです。
政界、官僚、放送、新聞……このレガシーあたりで仕事をしている人が「一人では難しいな」というときに何が必要かと言うと仲間やネットワークなんですね。
今のような情報交換をすることで「私の考えはまともだったんだ」と思える。そういうところを大切にしながら勇気を持って次に進むこと、それ以上でもそれ以下でもないと思いました。
小島:冒頭で取り上げた今般のセクハラ問題をきっかけに、今まで語られてこなかった声が様々な形でメディアに取り上げられました。
「おかしいと思っていたのは自分だけではない。声を上げていいのだ」と、メディアで働く人々の認識が変わるきっかけになったのではないかと思います。
ここから大きな変化に向かう潮目として、この機会を生かさなくてはいけないなと思いました。最後に今回の議論を組み立てていただいた白河さんに提言をいただいて終わります。
これからは“多様性”が武器になる
白河:今日はたくさんのヒントをいただきました。私は、企業の「働き方改革」について講演を年間100回以上やっているんですが、働き方改革って「ワークライフバランスを持って働こう」「健康的に働こう」と総論では皆さん賛成なんですが、各論になると反対の声がグッとあがる。
「損になることはしたくない。そんなことしたら残業代が減っちゃう」という声もあってキレイ事だけではないんですね。なので、どうしたらポジティブな方向に変わっていけるかを考えていて、特にメディアの場合は難しいなと思っています。
一般企業だと「こうやったら儲かりますよ」と言えるんですが、メディアの場合は“儲かること”にあまり興味がない。「これをやったらニュースの質が上がりますよ」と様々な伝え方をしてきたんですが、とにかく働き方を変えて多様な人が自分の中の多様性を担保しながら働くことで絶対に言えるのが、「リスクが減る」ということですね。
なぜなら、福田事務次官が辞任した日、4月18日をもって、今までハラスメントをしても仕事ができる人って許されてきたと思うんですが、ここで初めて仕事はできるけれどハラスメントをする人が企業や社会にリスクをもたらす人、“できない人”になってしまったんですね。リスクヘッジという意味でも多様性の担保って大きいなと思いました。
私がハラスメント問題で一番ショックだったのが、「こういうことを会社に訴えても変わらない」という絶望の声でした。絶望の中でメディアの女性たちが仕事をすることに衝撃を受けたんです。絶望の中で仕事をしていたら「これから変わるよね」というポジティブな発信なんてできるわけないし、働き方改革に関してもメディアは好意的な発信はなかった。「変わる」ということが信じられないと「どうせ」という思考になってしまうんですね。
「これからポジティブに変わっていく」「多様性が武器になるんだ」と皆さんに信じてもらうことが一つの力になるのではないかなと思いました。