女性が持つ多面性を表現する女優という仕事。美しさも醜さも、すべて生々しくさらけ出す胆力において、日本の女優の中で寺島しのぶさんは抜きん出た存在です。
平栁敦子監督による日米合作映画『オー・ルーシー!』(4月28日公開)で演じたのは、東京で鬱屈した日々を送るアラフォーの女性会社員・節子。
欲望を押し殺してきた女性が悦びを見つけ、ハジけ、傷つき、新たな可能性を見つけようとする姿をチャーミングに演じた寺島さん。前回に引き続き、寺島さんに話を聞きました。
ハリウッドで気づいた、日本の芸能界との違い
——今回、共演されたジョシュ・ハートネットさんは映画『パール・ハーバー』(2001年)などで知られるスターでありながら、人気絶頂のときにハリウッドから一時離れ、私生活を優先するという思い切ったキャリアの決断をした人でもあります。共演された印象は?
寺島しのぶさん(以下、寺島):とにかくいい人なんですよ。まったくスノビッシュなところがないというか。自分とは違うからハリウッドを離れた、という理由がわからなくもない。「自分を見失っちゃった。じゃあ、出ちゃえ!」って思える、すごく素朴で健康的な考え方を持っているんだなって思います。
——彼のキャリアからすると、日本人監督の長編デビュー作に出演するというのはスゴいことですよね。
寺島:はっきり言って、ジョシュのキャリアからみれば平栁監督って“何でもない人”なんです。だけど、監督の言うことを真摯に受け取って、とにかく一生懸命、それに沿うように頑張っていました。
私は彼の演技を見て、アメリカの役者ってすごく訓練されてるんだなって思いましたね。
彼って、目と眉毛がすごくくっついてるんですよ。だから表情が変わりにくいんです。だけど、ちょっとした映り方を知ってるんです。ハリウッドで活躍するには。そういう技術を身につけないといけないんだなって思いました。ジョシュだけじゃなくて、エキストラさんたちも、みんなひと癖あるんです。
——チャンスをつかむためには、自分でちゃんと努力をする、と。
寺島:「僕もいずれハリウッドに」みたいな人たちがわんさかいるんですよね。彼らの演技の選択が非常に優れていて、日本のエキストラさんとは全然レベルが違うと思いました。
日本と違って、みんなそれぞれ演技を考えてきて、ひと癖ある。びっくりしましたね。「なるほどなぁ、アメリカはここが違うのか」って思いました。
「得られるものは何でも得たい」直感を信じて進んだ30代
——キャリアと言えば、寺島さんの30代は、『ヴァイブレータ』(03年)で一躍注目を集め、2010年に『キャタピラー』でベルリン国際映画祭・最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞するなど、女優としてずっと右肩上がりだった時期ですね。
ご多忙ななかで結婚・出産を経験し、さらにキャリアを積み重ねてこられました。仕事、ライフイベントと人生の選択肢がたくさんある中で、どういう判断を重ねてきたのでしょうか?
寺島:流れに沿ってきた感じですね。逆らわずに、自分の直感を信じて。イヤなものはイヤだと言ってきて、やりたいものは決して逃さず、得られるものは何でも得たいと思ってやってきました。もともと欲深いんだと思います。そうしないと気が済まない。だから、のんびり過ごしていたことって、45歳になる今までなかったなと思います。
それぞれの年齢ごとに自分の中での課題があって、出会う役も、自分の置かれている環境もどんどん変わってきて、そのなかで自分ができる最大限のこと、自分が今やりたい最大限の挑戦をしてきた。だから、振り返って後悔することもあんまりないです。
——30代になったときに設定した課題って、覚えていらっしゃいますか?
寺島:30代は、子どもがほしいって初めて思い始めたころかな。家族というより、子どもがほしいなって。20代の頃は結婚願望も何もなかったんです。主人と出会ったからというのもありますけど、子どもを産んでみたいという気持ちは30代で芽生えたかな。
「危なかったな…」飛び込んでから気付くタイプ
——結婚・出産を経ることでオファーされる役のタイプが変わるとか、仕事を休まなければいけないという不安は、寺島さんにはなかったですか?
寺島:私、なるようになると思っちゃうタイプなんです。
——実際、飛び込んでしまえば何てことない場合も多いですしね。
寺島:そうそう。取り越し苦労って、ホントに疲れちゃう。私は小さい頃から、実際に経験してみないと何にも身につかないと思っている子どもだったので、意外となんでもやっちゃっていた気がします。
「これ、飛び込んだら大変なことになるかな」と思うより、飛び込んでから「やっぱり危なかった」って思うタイプ(笑)。弟(歌舞伎俳優の尾上菊之助さん)のほうが石橋を叩くタイプですね。危ないことしてる姉を見て、「こうはなりたくない」って思ったんだと思います。
——寺島さんのこれまでの出演作を見ると、『ヴァイブレータ』の心に問題を抱えたルポライターや、『愛の流刑地』(07年)や『裏切りの街』(16年) のような満たされない主婦など、感情や欲望を押し殺して悶々としている女性の役が多いです。そういうオファーが多いことへのギャップは感じませんか?
寺島:たしかにフラストレーションがたまる役が多いかもしれないですけど、フラストレーションがたまるということは、エネルギーを外に出さないで、中に詰め込んでいるからなんですよね。私が外に出してたものを、役で全部中に詰め込むだけの作業なので、エネルギーを外に向けるか、内に向けるかだけの違いだと思うんです。
でも意外と、サドがマゾかって言われたら、私自身はたぶんマゾで、自分の傷口に塩を塗るのが好きなんですね(笑)。苦しい思いをしたほうが、いいことがあるんじゃないかって思うんです。
「人生は簡単なものではない」から…
—— “男の世界”である梨園の家庭に生まれ、お母様(富司純子さん)も大女優という、常に比較をされてしまいそうな環境で育ちながら、ご自身の地位を築いてきた寺島さんが言うと説得力があります。
寺島:(右足首のケガから復帰して五輪金メダルを獲得した)羽生結弦選手が、モチベーションは何か? と聞かれて、「逆境」って答えているインタビューを見たんですけれど、私も結構それに近いものがあります。
人生は簡単なものじゃないと思う。向かってきたものに逆らって、それを乗り超えたときに、さらに違う景色が見える。私も、なぜか知らないけれど、そういう生き方をしてきた気がします。
——寺島さんのブログを拝見していると、スポーツに関する感想をたくさん投稿してらっしゃいますよね。スポーツ選手の精神に共感するものを感じるのでしょうか?
寺島:アスリートから学ぶことって、とても多いんです。アスリートのメンタルとか、練習でダメでも、本番の1回にパッと力を出せる自分の持っていきかたとか、全部女優の仕事にも通じるんです。
女優という仕事の評価は、明確な数字では出ないですよね。だけど、女優も体力が勝負だし、気力も勝負。さらなる挑戦を重ねていくというところも似てるんですよね。だから、ほんとにアスリートは尊敬しています。オリンピックシーズンとか、ワールドカップシーズンとか、わくわくしちゃって!
——まさに今*、わくわくの最中なんですね。
寺島:アスリートたちの気持ちも、なんだかよくわかっちゃって。一緒に悔し泣きしたりして、家族から相当呆れられています(笑)。ここぞっていうときの力の出し方、王者でいつづけるために、さらに高みに登っていく姿……すごく勉強になります。
*インタビューは平昌五輪開催中に実施
(文:新田理恵、写真:宇高尚弘/HEADS)
■映画情報
『オー・ルーシー!』
ユーロスペース、テアトル新宿ほかで公開中
配給:ファントム・フィルム