身の丈社会事業家・帰山寧子さんインタビュー

腑に落ちる暮らしを、つくる。身の丈社会事業家の「すり減らない仕事」のカタチ

腑に落ちる暮らしを、つくる。身の丈社会事業家の「すり減らない仕事」のカタチ

神奈川県小田原市。東海道線で小田原駅から二駅、小さな無人駅、根府川に辿りつきます。ここに埼玉から月に何度も通いながら地域魅力の再発掘を担うのは、「身の丈社会事業家」の帰山寧子(きやま・やすこ)さん。「稼ぐためだけの仕事は本当の仕事じゃない」と語る帰山さんが実践する「すり減らない働き方」とは?

photo1

「大きな仕事」は面白かった。それでも消えない疑問

——「身の丈社会事業家」とは聞きなれないお仕事ですが、どういうお仕事なんですか?

帰山寧子さん(以下、帰山):身の回りにあるニーズと資源・人・スキル・想いを掛け合わせて化学反応させ、目に見える形に変えていく仕事です。今はここ小田原の片浦(かたうら)という少子高齢化が進む地域で活動しています。コミュニティを醸成させて、交流を活発にして、移住人口を増やしていきたいな、と。そうして、ゆくゆくは暮らしの課題を自分たちで解決できる地域になることをめざした「片浦・食とエネルギーの地産地消プロジェクト」を始めて5年になります。

——なるほど。以前からそういったお仕事を?

帰山:いえ、全然(笑)。大学で建築を学んだ後、流通小売業に就職しました。そこには20年勤務したんですが、主な仕事は「お店づくり」。建物の設計から販売促進、どういうニーズに対してどんな店舗をつくるかという企画まで一貫してやっていました。

——20年は長いですね。そこからなぜ仕事を辞め、今のお仕事に?

帰山:当時の私の仕事は、いかに「売れる店」をつくるかでした。一つのお店を成功させると今度はもっと大きな仕事を任される。仕事自体は面白かったです。でも、その反面、自分の仕事が、大量消費をあおりエネルギーを浪費し、大量の廃棄物を出していることに疑問を抱いていて。「すごくムダなことをやってるんじゃないか」とずっと自問していました。勤め始めて10年が過ぎた頃から、「この仕事の先に何があるのだろう」という疑問まで湧いてきて……。

——疑問を抱えながらの会社員生活だったんですね。

帰山:その他にも、「自分が給料というカタチで手にするお金が、どこから来てどこに落ちていくのかわからない」という感覚もありました。自分が日々が尽力していることが、さまざまな社会問題を生み出す原因の一つになっていて、知らないうちに加担しながら生きているんじゃないか。そんな違和感が自分の中にあったんです。「これは、なんだか違うな」と。そういう経緯があって、会社員をやりながら環境や地域活動に関わることを学んだり、NPOで活動したりするようになりました。

photo2

「社会を変える」という大きすぎる課題で疲弊して

——そして、仕事を辞める決断を?

帰山:微力だけど、自分の力を「納得できるところ」に使いたいと思いました。でも、企業に属しているうちは、「仕事を辞めると稼ぎがない」「稼がないと生きていけない」と思い込んでいてなかなか決心がつきませんでした。

そんな時、友人からトランジション・タウン*という活動に誘われたんです。要は自分の住む地域にすでにある「資源」や「人」でコミュニティを豊かにしていく活動なんですが、それは会社を辞めないとできなかった。そこで、辞める決心をしました。42歳の時です。

*ピークオイルと気候変動という危機を受け、市民の創意と工夫、および地域の資源を最大限に活用しながら脱石油型社会へ移行していくための草の根運動のこと。

——仕事を辞めていきなり「稼ぐ」から脱する。ダイナミックですね。

帰山:ちょうど、企業が都市農村交流に力を入れ始めた時期でした。地域資産を生かす活動が注目されて、所属していた都市農村交流NPOの活動と市民活動で、仕事を辞めたのにかえってとても忙しくなりました。

photo3

——自分の力を「納得できるところ」に使えるようになりましたか?

帰山:それが、全然そうではなくて。「社会の課題を解決する」「自分自身が正直に生きる」という目的のために会社を辞めたのに、結局、会社で働いている時の構図と変わらないように感じました。

個人のチカラの掛け合いで社会を創っていくボトムアップではなく、枠組みや理念を大きく掲げてトップダウンしていく構図というか。やっていることはいいのだけど、何かが違うと思いながら、やがて心が疲弊してしまって。

「まるごとの自分」を使える仕事をしたい

帰山:独立して翌々年、自己免疫疾患という病にかかり一年間寝たきりになりました。すごく働きたいのに、動けない。体も心も痛い。自分の問題意識に向かって働いても全然納得できなかった。なぜ、こんなことになったのだろう?とひたすら自分と向き合いました。

——そこで何に気づいたんですか?

帰山:大きなことではなく、身のまわりを腑に落ちるもにしていこうということです。そして、「自分は部品じゃない」ってことです。組織に属したり、大きな仕事をしていると、「自分の一部」しか使わなくなる。

でも、本当は「自分の一部」じゃなくて、「まるごとの自分」でできるんです。今の社会の構図がそれを気づかせないようにしてるだけ。一人ひとり、光るものを持っている。組織から離れてみて初めてそのことに気づきました。

——なるほど。そこから生き方、働き方に変化が?

帰山:さまざまな社会問題を生み出してきた、これまでの社会の構図とは違う構図を身の回りの小さな範囲でいいから実現していこう、その中で「まるごとの自分」が活かされる仕事をしようと思いました。

すると偶然、ご縁をつないでくれた方がいて、小田原の廃校利用プロジェクトに出会ったんです。2011年、地元の人と一緒にプロジェクトをスタートさせました。そこからやっと「本当の仕事をしている」って実感できるようになりました。

——本当の仕事をしている実感、というと?

帰山:「仕事=稼ぐ」という感覚でいた頃、お金は生きるための安心につながる、目に見えるセーフティネットでした。でも、ここ5年ほどはそうは思っていなくて。今の私にとってお金に代わる武器は「関係性」だとすごく感じるし、その力は絶対だと確信したというか。
地域や人と関係性が紡がれると、自分達の進みたい方向や課題に対し、「関係性」の力で知らず知らずのうちに課題が解決したり、できるとは思わなかったことやトップダウンではなしえないことが達成できたりする。「身の丈事業家」の仕事から生まれてくるのは、そんな、お金に代わるセーフティネットでした。

——「稼ぐ」を意識しなくても成り立つということですか?

帰山:私にとって「生きること」は「いい仕事をすること」。「稼ぎ」はその手段にすぎません。「いい仕事」をするために稼ぎ、体調を整え、人間関係を整え、自分を整える。では、いい仕事とは何か? いくら稼げるか、他人から評価されるかに囚われない。自分の中にある「根源的なもの」から突きあがってくる何かに、純粋な気持ちで従う。そうすると、「いい仕事」は不思議と成り立つんです。

もちろん、世の中、やっぱりお金は必要です。私もアルバイトしながら活動してます。でも、アルバイトをしている時間だって、「いい仕事」をするためのものなのでムダな時間ではないんです。「稼ぎ」の先に何があるかが見えています。

——「本当の仕事」と向き合うということですね。

帰山:自分の「外」ばかり見ていると、自分を見てないから、結局、「稼ぎ」に頼らざるえなくなります。「本当の仕事」をするとは、自分が何に突き動かされるのかを知ることです。自分の可能性はどこかに取りに行かなくても、もともとあるんです。それを大事にしたいですね。

●片浦・食とエネルギーの地産地消プロジェクトHP
http://k-carpenters.blogspot.jp

(たけいしちえ)

SHARE Facebook Twitter はてなブックマーク lineで送る

この記事を読んだ人におすすめ

この記事を気に入ったらいいね!しよう

腑に落ちる暮らしを、つくる。身の丈社会事業家の「すり減らない仕事」のカタチ

関連する記事

編集部オススメ
記事ランキング