目の前にただただ広がる青い海。聞こえてくるのは波の音。川邊真代(かわべ・みちよ)さんが経営する「Nowhere resort」が所有する貸別荘の一つ、佐島(神奈川)の一軒家には、足を踏み入れた瞬間、誰もが息を呑む景色が。海の上に浮いているような錯覚をおぼえます。
ただの貸別荘ビジネスではなく、“暮らすように滞在する”という休暇の新しい過ごし方を提案したい。そんな想いから始まった「バケーションレンタル」の仕事とは?
自分が置かれた環境を削ぎ落として見つけた仕事
——この仕事を始めたきっかけは?
川邊真代さん(以下、川邊):設計の仕事をしていた時、すごく力を入れて作った別荘でも意外と使われていないという状況を目の当たりにしていて。別荘という存在が、“たまの休暇に行く場所”であるとはいえ、ほとんど空き家に近かったんです。別荘を「所有する」のは難しくても、「共有する」なら可能なんじゃないかと思い、“バケーションレンタル”をスタートしました。
——お子さんがいる中で起業されたそうですね。大変ではありませんでしたか?
川邊:何を自分の生業にするかという時に、いくつか外せない条件がありました。「子育てしながらできる」「休みに子どもと遊びに行ける」「建築の仕事をしている家族をバックアップする」……そうやって自分が置かれている環境を削ぎ落としていった結果、自然とこの仕事になりました。仕事ありきではなく、「自分が置かれている環境」が先にあったので。
——もともと川邊さんご自身もよく海を訪れるんですか?
川邊:私自身はもともとアウトドア人間ではないんです。休日は子どもと近場の公園でピクニックしたり、のんびり本を読んだり。休日は、私にとって「英気をやしなう時間」。
これは学生の頃、海外(オランダ)で過ごした経験も影響しているのかもしれません。向こうの人は3ヵ月先のバケーションのために今、一生懸命働くんです。そのくらい休暇を大切にしてる。「オン」と「オフ」をきちんと意識しているんですよね。私も、家族や気の置けない友人と一緒にいる、その時間自体を楽しむことが「休暇」だと思っています。
「ここに、いる」が感じられる時間と空間
——どんなふうに「バケーションレンタル」はスタートしたのでしょう?
川邊:まずは、自社で建てた2つの物件で貸別荘ビジネスをスタートしました。すると、近所の別荘のオーナーさんたちから“こういう方法も悪くないな”と思っていただけるようになり、続いて、別荘のオーナーさんたちから別荘を借りて休日を過ごす「STAYCATION」というサービスも始めたんです。
オーナーさんも、借りる方も、どちらにも需要があることはわかったので、あとは双方が気持ちよく利用できる仕組みやルールを整えて、管理していくのが私たちの仕事です。
——「Nowhere resort」は最低1週間の滞在からですよね?
川邊:このサービスを通して、“何もしない休暇”の過ごし方もあるんだと伝えたかった。予定を詰め込まないで“何もしない休暇”を体験するには、やっぱり1泊だとなかなか難しいと思うんです。暮らすように滞在して、その土地の空気を楽しむバカンスみたいな休暇を過ごしてほしい。そんな想いがあったので、「1週間の滞在から」にしました。
日常的に帰属しているものから離れると、ポツンと自分が「ここに、いる」ことを最大限に感じられます。生きてることを、シンプルに謳歌できるというか。そして、そういう環境は自分で作れるんです。いつもとはまったく違う環境でのんびりと感覚の赴くままに過ごすこと。波の音、一杯のお茶……些細なことで構いません、一緒に休暇をとる相手と、いつもは話せないことを話して、感じたことを共有してくれたら。
——川邊さんもお子さんとよくここ(佐島)にいらしゃるんですか?
川邊:イベントなどがある時に連れてきたり、週末に普通に遊びに来たり。息子がここの海岸に行って「大きな砂場だ!」って言ったんです。確かに、ビーチって大きな砂場! そういう姿を見て、いろいろな“砂場”に連れていってあげたいと思いましたね。
子どもはどこでも「楽しむ術」を見つけます。のんびり過ごすことで、違った景色に気づきますし。それに一軒家なので、ホテルと違って他の滞在者がいない分、子どもがのびのびと過ごせるのも利点。休暇は、子どもも大人もどちらにとっても楽しいものであってほしいので。
「世界を美しいと感じる瞬間」をたくさん見つけて
——休暇の過ごし方を提案するのが、「バケーションレンタル」なんですね。
川邊:人間って、自分から自発的にしたことや自発的に楽しんだことしか、なかなか覚えていないものなんです。だから、私たちから「こう過ごしなさい」と強要しても仕方のないこと。それは子育てにも共通していて、親が押しつけしても子どもには何も残っていない。自分が親になると、そのことを身をもって理解しました。自分で実際に経験して、強烈に感じることが大事。ここで過ごす1週間でそういう瞬間をたくさん見つけてくれたら嬉しいです。
「世界を美しいと感じる瞬間」。それは特別なものである必要はありません。波の音に耳を澄ませたり、海を眺めながら美味しいお茶を飲んだり、そういう些細なことでいいんです。環境も大事ですが、何よりも自分の心次第。「旅」でありながら「生活や行動の拠点」がある。それらは相反するものに思えるかもしれませんが、バケーションレンタルの仕事で繋げていけたら素敵だな、と。
写真:有坂政晴(STUH)