トランプの勝利というアメリカの大統領選の結果に悲しみを覚えた−−そんな日本人女性は少なくないようです。自分の生活に直接影響があるわけでもない、他国の選挙結果がなぜつらいのか。むしろ自分の国の選挙結果よりも強い衝撃を覚えた気がするのはなぜなのか。
東京在住のライターである私が、トランプの勝利に悲しみを覚える日本人女性の声をヒアリングしてみました。私たちの“悲しみ”の根っこには何があるのでしょうか?
ヒラリーの敗戦に思わず涙が流れた…
日頃から政治や世界情勢にそれほど関心が強くなく、ましてやその結果が実生活に及ぼす影響に怯える理由がなくても、深い失望感と脱力感を覚えている女性たちがいます。
もちろん「投票できるわけでもないし、黙って見ていることしかできないから騒ぎ立てる理由がわからない」という人も多い一方で、「オフィスで投票結果がわかった時、思わず涙がこぼれました」と告げる人も。周囲に気づかれないようそっと涙を拭って仕事を続けた彼女の胸にはどんな思いがあったのでしょうか。
筆者の62歳になる母は「ヒラリーが大統領になれなかったのはショックだったわね。彼女ももう69歳。さすがに次はないもの」と電話の向こうで肩を落としていました。
初の女性大統領を長年目指していたヒラリー・クリントンの失意を自分のキャリアや生き方と重ねる人も少なくないかもしれません。女性であるというだけで突き当たる「ガラスの天井」を感じ続けた世代は特にそうでしょう。
「ヒラリーが民主党内でオバマに負けた時、衝撃はなかったです。今回もヒラリーが大統領になれなかったことに失望はしたけれど、相手が別の候補であったらまだよかった。でもよりによって、トランプとは……」という声も。
トランプの発言を見聞きするたびに感じる屈辱感
ドナルド・トランプが共和党の候補として、日本のニュースやワイドショーにも登場し始めた時から、なんとなくイヤな印象を受けなかったでしょうか。
「女の賞味期限は35歳」など、女性蔑視の下品な発言がクローズアップされるたび、少なくともそれがメディアで糾弾されることでまだ胸をなで下ろしていたのに。
大統領選は単なる人気投票ではないし、ヒラリーが女性だから嫌われた、トランプのレイシストさが支持を集めたという単純な結果でないことはわかります。アメリカに住んでいなければわからない、多くの人々の切なる思いが彼を選ばせたのかもしれないことも理解はします。
トランプが開けたパンドラの箱
選挙後、アメリカ各地ではさっそくヘイトクライムが起きているといいます。マイノリティーへの差別発言を続けた彼が選出されたことで、差別行為が肯定されたと思い込んだ人々が暴走した結果です。
トランプは社会的に公平であり、差別や偏見をしない「ポリティカル・コレクトネス(political correctness)」を所詮きれいごとだと主張しています。その彼の態度は、社内では「こう言っちゃ訴えられるか」とちゃかしながらセクハラやモラハラをやめず、飲みの席では堂々と下ネタを言いながら酒を注がせる、周囲の誰かの姿を連想させはしないでしょうか?
「女に言ってもわからないか」「仕事で認められたいなら、その可愛い顔をうまく使いなさい」など、過去に投げつけられた言葉がよみがえり、そんな風潮がふたたび、さらにあけっぴろげに蔓延するのではないかと胸がざわつかなかったでしょうか。
クッキーでも焼いていればよかったのか
1992年にヒラリーは「私だって(自宅で)クッキーを焼いていることもできた」と発言して専業主婦から猛烈なバッシングを受けた過去があります。でもヒラリーのような時代の先駆者がプロとして公の場で働き続けることで、女性には「フルタイムで働く」「専業主婦になる」「家庭と仕事を両立する」など、さまざまな選択肢から選ぶ権利があると示したからこそ、今の状況があるのです。
「夫を支えて大統領にしたすばらしい妻」という姿だけでなく、女性蔑視の候補に過去の夫の不貞までなじられながらも後陣にチャンスを与えるべく邁進した姿に、期待を寄せていた女性も、きっと日本にいたでしょう。「自分もあんなふうになりたい」と憧れるところまでいかなくても、せめて目の前にいろんな選択肢があるという状況を、“普通のまま”にしておいてほしいという慎ましい期待。そんな期待さえ、今回のトランプの勝利でへし折られたような気がして、私たちは落胆しているのもかもしれません。
最後のヒラリーの演説に希望と前進を
「投票前のスピーチがこれならば結果が違っていたかもしれない」ともささやかれるほど、多くの人の心に突き刺さったヒラリーの最後のメッセージをご紹介します。
「すべての少女たちへ。あなたたちは価値があり、力強く、そしてこの世界のどんなチャンスにも、どんな機会にも挑戦できることを決して疑わないでください」
もう「少女」でないかもしれないけれど、「賞味期限切れ」だと切り捨てられる世界にはいたくない。希望を持って、毎日の小さな戦いに挑みたいものです。
(志田実恵)