仕事に恋に人生に、人の悩みは尽きないもの。
人に相談したり、ひとり悶々したりするのもよいですが、古典を手にとってみるのもオススメです。歴史上や物語の中の人物の生き様から学んでみてはいかがでしょうか。
『源氏物語』の全訳(ちくま文庫)で知られる古典エッセイストの大塚ひかりさんに30代女性のお悩みに回答していただきます。2回目のテーマは「仕事」です。
光源氏も悩んでいた
「これって悩むこと?」と最初思ってしまいました。そしてすぐさまそんな自分を反省しました。『源氏物語』の光源氏も“あやしくもの思はしく、心に飽かずおぼゆること添ひたる身”と語っていた。生まれも育ちも抜群、美男で大金持ちの光源氏ですら「妙に悩みが絶えなくて、心の内に飽き足らぬ思いがつきまとう身」というのです。まして会社勤めをしているあなたが、ロールモデルがないことで悩むのは当然です。悩むからこそ人間。古今、世には悩みがあふれているのですね。
あの紫式部も「一目置いていた女性」って?
でも安心してください。歴史上にはロールモデルになりそうな人がいっぱいです。たとえば平安中期の赤染衛門は、大江匡衡(おおえの・まさひら)っていう文科大臣みたいな学者を夫に持ち、子どもも生みつつ、大政治家の藤原道長の正妻の源倫子(当時は夫婦別姓です)に仕えていた。今でいえば半官半民みたいな企業に勤めていたんです。歌人としても有名で、『源氏物語』の作者の紫式部も彼女に一目置いていた。
『枕草子』の清少納言のことは「偉そうに漢字なんか書き散らしてるけど、よく見れば足りないところだらけ」、天才歌人の和泉式部のことでさえ「こちらが気後れするほどの歌詠みじゃありません」とばっさり。
それが赤染衛門のことだけは「私の知る限り、彼女の歌はまさに気後れするような詠み口です」と褒めている。紫式部の評価は人柄重視ですから、赤染衛門は人格者だったんでしょう。と言っても、彼女の家集を見ると、結婚後も夫のいとこと交際したりしているんですが、平安貴族にとってはその程度のことはスキャンダルにもなりませんからね。
「専業主婦」がいる時代は、歴史上の一瞬
ちなみに、歴史上、専業主婦が現れたのはほんの一瞬、高度成長期の20年くらいなものです。日本人の歴史3万年を1日とすれば、1分にも満たない計算です。心配なのは、今どき結婚と仕事を両立させてる人がいないあなたの会社。このご時世、辞めろとは言いません。赤染衛門をロールモデルにしつつ、あなたが第一人者になれたらいいですね。
(大塚ひかり)