『いちばん親切な更年期の教科書【閉経完全マニュアル】』高尾美穂先生 インタビュー1

なぜ今「更年期」が注目されているの? 産婦人科医・高尾美穂さんに聞く

なぜ今「更年期」が注目されているの? 産婦人科医・高尾美穂さんに聞く

閉経前後の10年間を指す「更年期」。月経のある人にとっては、身体の大転換期とも言えるこの時期。どんなことが起こるのかわからなくて怖い、自分の身体に起きていることがわからなくて怖い……といった不安を抱えている人も少なくないのでは?

そこで、2021年10月に『いちばん親切な更年期の教科書【閉経完全マニュアル】』(世界文化社)を上梓した、産婦人科医の高尾美穂先生に、なぜ今「更年期」が注目されているのか、この時期をどのように捉えたらよいのか、お話を伺いました。全3回でお届けするインタビューの第1回です。

高尾美穂先生(写真提供:世界文化社)

高尾美穂先生(写真提供:世界文化社)

「更年期」と平均寿命

——『いちばん親切な更年期の教科書』は発売前の重版が決定するほか、発売から2ヶ月弱で4刷と多くの人が関心を寄せています。ウートピでも、「更年期」や「閉経」といったキーワードを含んだ記事がよく読まれるのですが、このテーマが注目されるようになったのはここ20年程度のことなのだそうですね。

高尾美穂先生(以下、高尾):はい。これには、女性の平均寿命が関わっています。日本人の閉経年齢の中央値は、50.54歳ですが、戦前はさまざまな要因によって、閉経前に多くの女性が寿命を迎えていました。戦後と呼ばれる1940年代の後半から50年代にかけても、(当時20代の)女性の平均寿命がようやく50歳*を超えた……という頃。つまり、更年期の悩みどころではなかったと想定されるわけです。

*平均余命の推移…https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/10-2/kousei-data/PDF/22010102.pdf

——そもそも、生まれてから亡くなるまでの時間の感覚が違った。

高尾:そうですね。その後、寿命は急激に延びていくのですが、更年期の悩みの前に、まださまざまな課題がありました。まず、戦前から戦後にかけての死因*の1位は結核でしたから、その頃の人たちは感染症に困っていたわけです。結核はウイルス感染症ではなく細菌感染症なので、今では抗生剤など適切な薬を用いれば治癒が可能な病気ではありますが、当時は「不治の病」として恐れられていました。社会全体で取り組むべき課題だったわけです。

結核の克服後にやってきた課題は飽食でした。食べ物に困ることがなくなり、好きなものを選べるようになったのですが、社会が便利になるにつれて、好きなだけ食べて運動しなくなるなど生活習慣に乱れが生じるようになりました。その結果、生活習慣病を引き起こすようになり、死亡理由の1位が入れ替わりました。「結核」から、生活習慣病の先に起こる「脳血管疾患」になったのです。

そこからはみなさんがご存知の通り、生活習慣病に気をつけようという考え方が浸透して、「生活習慣」への意識が高くなり、男性も女性も食べ過ぎや運動に気を使うようになります。生活習慣病に対し、ある程度、対策が確立した1981年以降は死因順位が「がん(悪性新生物)」になったわけです。

*第7表 死因順位(第5位まで)別にみた死亡数・死亡率(人口10万対)の年次推移…
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/suii09/deth7.html

閉経後は50年近く、女性ホルモンの恩恵を受けられない

——なるほど……。時代の流れを知るといっそう興味深いですね。

高尾:女性の身体について言えば、特に閉経以後は、エストロゲンが守ってくれなくなることで、コレステロール値が高くなり、脂質異常症(高脂血症)の状態が動脈硬化を引き起こし、高血圧にもつながって心血管疾患を引き起こすといったリスクが明らかになりました。

——健康リスクが芋づる式に……。

高尾:私たちは、生理が始まる10歳くらいから生理がなくなる50歳くらいまで40年の間は、女性ホルモンに守られているという状態です。つまり、閉経後の40年近くはその恩恵なしに生きていかなければいけないということ。そういったことに無頓着に過ごしていたら、閉経後はぐいぐいと生活習慣病の患者さんが増えてしまいますよね。実際、70代で女性の生活習慣病の患者さんは男性よりも多くなります。けれど、健康への意識が高まるにつれこの課題に対しても、さまざまな対処法が確立してきました。

そして、私たちが次に目指すものは「QOL=Quality of life(クオリティ オブ ライフ/人生の質・生活の質)」だよねという流れになったのです。

——QOLと聞くと、ぐっと最近のことになった感じがします。

高尾:QOLで最初に注目されたのは「骨」でした。女性の寿命は延びたけれど、人生の最後に骨が折れて寝たきりになって亡くなる人が少なくないよね、と。はじめは人の生き死にと関係ないと思われていたのですが、大腿骨の骨頭の部分が折れると死亡の理由につながるというデータが出て。大腿骨頭を骨折していない人と、骨折してしまった人を比較すると5年生きられる可能性が半分に減ることがわかったのです。QOL高く長生きするために、女性ホルモンであるエストロゲンが骨に対して大切な働きをすることにも注目されるようになったわけです。

——閉経後は骨粗しょう症のリスクが高まるというのは聞いたことがあります。

高尾:今は骨粗しょう症に対して効果的なお薬も多く開発されているので、骨密度が低いかどうかを調べていただければ、対策方法は十分にあります。

更年期症状に対する治療法もあるけれど…

高尾:骨の次に、やっと「なんとなく不調」が注目されるようになりました。女性の不定愁訴(ふていしゅうそ)と呼ばれるような更年期の問題にフォーカスが当てられるようになったのが1990年代なんです。そしてこの10年間で、いわば更年期に対する治療法というものも確立されたのですが、ここでひとつドラマがあって。

2001年にアメリカのWHI(Women’s Health Initiative)という臨床試験で、更年期に対するホルモン補充療法は乳がんになるリスクが高くなると報告されたのです。この報告が出る前——1990年代の後半ぐらい——は、女性週刊誌の見出しに「更年期障害に夢の治療薬あらわる」みたいな文言が出るほどだったのですが、一気に世間に不安が広まりました。「ホルモン補充療法は怖い」というイメージがついてしまったのです。

——「本当に大丈夫なの?」というイメージ、なんとなくあります。

高尾:でもこの時の試験の対象者は、平均年齢が65歳。日本でホルモン補充療法を求めるのは、50歳前後です。15歳も年上の人たちが対象であるということと、日本の女性よりもはるかに肥満度の高い人たちが対象になっていたという点から——年齢が高いことも肥満も、そもそも乳がんの発症リスクに直接的に影響がある因子だということで——確認のための研究が日本を含めそれぞれの国で行われました。

すると、乳がんのリスクは確かに気をつけなければならないことではあるけれども、「高くなる」というのは若干言い過ぎではないか。治療を5年以上継続した場合に、飲酒を習慣にしている人と同じくらいのリスク、つまり生活習慣と同じくらいのリスクだよねということがわかったのです。けれど、一度センセーショナルな報道をされると、「やっぱり大丈夫でしたよ」とは報じてもらえず……。みんなが心配になったまま、20年ほど経ったという感じがします。

「我慢」はもったいない

——知識のアップデートが追いついていないんですね。

高尾:その間も社会はどんどん変わっていて、働く女性の割合はどの年代でも増えていますよね。これは女性が「働きたい!」と望んでそうなったわけではなく、2004年前後を境に日本の人口が減っていく中で、労働者の数も減っていってしまうという問題とも関連しています。労働者の数を減らさないために、今まで家庭にいた女性たちにも働いてもらおうというアイデアが出たわけです。これは私たち女性にとって、ありがたい側面もあるのだけれど、男性中心の職場で「働く女性をサポートする環境整備が追いついていないんじゃない?」と感じる場面も多いのではないでしょうか。

——環境……変えるのが難しそうですね。

高尾:社会の仕組みや制度、それぞれの企業の取り組みで環境を整えることは、もちろん必要です。ですが、その前に大事なのは、まず私たち自身が自分のことを知って、前向きに受け止めることだと思います。体調不良で困っている方も、困っている状態を我慢するだけではなく、信頼できる情報をリサーチして、対策方法があるのならトライしてみて、メリットを前向きに受け取る賢さを持ってほしい。

更年期だけでなく、PMSや女性特有の不調に多く言えることですが、その時期をやり過ごせばどうにかなると思えてしまうので、私たちはつい我慢してしまうんですよね。たとえば、生理痛は生理の期間が過ぎれば平気になります。PMSも生理前だけがイマイチというのが最大の特徴。産後の尿もれやメンタルダウンも、周囲を見ているとある程度の時間が経てば自然と解消されそうだと思うから、放っておいたりする。更年期も、時期が限られているのでその期間だけ我慢すればいいのかなと思ってしまうんですよね。

——確かに。「そのうち良くなるだろうから」とか、「病院に行くほどなのかな」って思うことはあります。みんなも我慢していそうに見えますし……。

高尾:我慢していればよかったと言えるのは、女性が家の中だけで過ごしていた時代のこと。社会で役割や責任を持って生きていくには、我慢の時間はもったいないと思いませんか? そのせいで、パフォーマンスを落としているかもしれないし、周囲にもよくない影響を及ぼしているかもしれません。

——そうですね。対処方法があるのに我慢しか選択肢を知らないのは、効率的ではありませんね。

高尾:無理を重ね、体調を悪化させてしまう人は少なくありません。ですから、まずは私たち自身ができることをやって「我慢しない自分」でいようよと私は言いたいし、不調を経験することのない男性のみなさんにも、まわりにいる女性の体調が良くなさそうだったら、女性には不調が起こる時期があることを想像してみてほしい。こういったアクションの積み重ねで、社会や人生がよりよくなるのだと私は思っています。

第2回は12月8日(水)公開予定です。
(取材・文:安次富陽子)

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