『マジカルグランマ』インタビュー第1回

妊娠したとたん弱体化した…私が『マジカルグランマ』を書いた理由

妊娠したとたん弱体化した…私が『マジカルグランマ』を書いた理由

「周りに求められるまま振舞っていても、時代はよくなりません」

柚木麻子さんの小説『マジカルグランマ』(朝日新聞出版)に登場するのは「理想の日本のおばあちゃん」だ。元女優の主人公・正子は75歳。きれいな白髪&着物姿に柔和な笑顔を浮かべて芸能界に再デビューするものの夫の死をきっかけに仮面夫婦だったことがバレ、世間から手のひらを返すような仕打ちを受ける……。

冒頭のセリフは「理想のおばあちゃん(マジカルグランマ)」から脱皮し、本当に自分が望む人生を突進する正子の言葉。

私たちもいつの間にか、「母親らしく」「老人らしく」「女らしく」と、他者が望む「~らしく」という理想像を引き受けて、周りや世間に都合良く振る舞ってはいないだろうか? 

これまでも、今の社会や女性が直面している問題を物語に落とし込んで描いてきた柚木さんに、3回にわたってお話を聞きました。

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妊娠した途端、弱者の気持ちが分かった

——主人公の正子は、元女優。仮面夫婦の夫と離婚するためにお金を稼ごうと芸能事務所に所属するところから物語が始まります。「理想のおばあちゃん」としてブレイクしますが、夫の急死をきっかけに仮面夫婦であることがバレ、大バッシングを浴びて一転世間の嫌われ者に。さらに夫が多額の借金を背負っていたことが発覚。家を売ってしまいたいのに、解体するにもお金がかかり、八方ふさがりの正子は自宅をお化け屋敷に改造して、自分が幽霊を演じて一発当てることを思いつく。とにかく、ぶっ飛んだ展開ですね。

柚木麻子さん(以下、柚木):出産する前からお年寄りの取材を進めていたのですが、その時はまだ、私の中でお年寄りは「マジカル」*だったんです。だけど、自分が出産して、体力が落ちて、保育園を40カ所も落ちて、疲れて町から出るのも一苦労……という状況になって初めて、お年寄りと目線が一緒になった。「お年寄りは私たちと地続きで、そして私もまた、社会的弱者になり得る」ということが、妊娠中含めて、すごくリアルに感じられました。

*『風と共に去りぬ』の黒人メイドのように、アメリカ映画で白人を助けるために登場する黒人キャラクターは「マジカル二グロ」と呼ばれる。女性主人公の悩みに耳を傾け、明るく支えてあげる「マジカルゲイ」も人気のあるキャラクター。世の中には一部の人にとって都合の良いイメージで固められた「マジカル〇〇〇」たちが存在する。

——具体的に目の当たりにした出来事などあったのでしょうか?

柚木:子供を産む前は全然なかったんですけど、子供を抱いた途端に、バギーを蹴られたり、舌打ちをされることが増えました。こちらがビクついて「す、すいません……」となると、言い返さない相手を選んで狙うような変な人を呼ぶんですよ。

「ああ、私も弱者だ。これまで気張ってお年寄りの取材もしていたけど、上から目線だったな」と気付いた。初めて正子の問題が自分の問題になって、住んでいる区の「保育園が足りないので空き家を提供してほしい」という張り紙を見た時に、正子の「家が売れない問題」と私の「保育園がない問題」がピッと一つにつながったんです。

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——「どうせ売れないならば」と、自宅をお化け屋敷にしてしまう発想がすごいなあと思いました。

柚木:正子の「女優は続けたいけれど、バッシングで家から出るのは一苦労。そして、その家は売れない」という状況について、何かいい展開はないか? と考えている頃、「ディスニーランドに行きたいなあ……」とディズニーランドのホームページばかり見ていたんです。子供が小さいし、乗れるものが何もなかったので行けなかった。そのうち、「そうか! 出られないなら、正子の家をディズニーランドにしちゃえばいいじゃん!」と思いつきました。

だからこれは、今までいかに育児をナメていたかということを痛感し、自信も体力も地に落ちたあたりで正子の問題が地続きになり、今までの自分が「マジカル」な差別側のイヤな人間だったということをつくづく実感して書き始めた小説なんです。

出産で24時間苦しんで思ったこと

——東京大学の入学式での上野千鶴子先生の祝辞が話題になりましたが、祝辞の内容について「よくぞ言って下さった」という声がある一方で、ネット上などでは若いハイスペック女性たちの「男女差別なんて、いつの時代の話?」という冷ややかな反応も目にしました。でも、いつ自分が弱者になるかなんて分からないですよね。

柚木:分からない分からない。エリートのほうがむしろ鬱(うつ)になったりするかもしれないですよ。いつ主婦になるかも分からないし、主婦がいつ稼ぎ頭になるかも分からない。出産で全然体力が衰えない人もいれば、私みたいに「毎日眠い」という人もいるわけで、やってみなきゃ分からない。それって、想像力の問題なのかなと思うんです。

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——自分とは違う立場や境遇の人に対する想像力の問題ということでしょうか?

柚木:出産がすごく痛かったんですよ。無痛分娩って聞いていたから絶対痛くないと思ってたんですけど、それは「無痛注射を打てる段階までいけば、無痛にしてあげる」ということであって、24時間も地獄みたいに苦しむとは思っていなくて。苦しんでいる間、この世界の全てのモンスターの気持ちが分かった。「みんな死ね!」と思ったんです。出産したことを本当に後悔して、医師に対してさえ「お前に何が分かる!」みたいな気持ちになって、地獄みたいに性格が悪くなった(笑)。

痛いとそれくらい人って性格が悪くなるし、たやすく悪に転じて、私は無痛分娩を薦めた全ての人間の顔を思い浮かべて「このバカヤロー!」って思ってた(笑)。

その時に「貞子とかお岩さんとか、あの人たち全員、体痛いんじゃないのかな?」と思ったんです。24時間、陣痛促進剤を打ち続けたこの状態で永遠に過ごしているとしたら、(映画『13日の金曜日』の)ジェイソンだって、自分を面白半分で見ている大学生を殴り殺したいだろうなということがやっと分かった。

——そんなこと考えたこともありませんでした。

死んでもなお消費される日本の女性の幽霊

柚木:日本って海外に比べて、女性のモンスターが圧倒的に多いんです。つまり、日本には搾取されてなぶり殺された女性が多い。そういう女性たちに対する罪悪感が幽霊を生み、死んでなお、正義の名のもといたぶられるという、このヤバさ。

——確かに、海外の怪談では、戦争で片足を失った兵士の霊など、男性のほうが多い印象があります。

柚木:女性の幽霊が圧倒的に多いのは、世界の中の日本の男女格差指数ランキング110位と実はつながってるんじゃないのかなと思ったんです。それも、『マジカルグランマ』の中で、正子たちがお化け屋敷をやるという設定の動機につながっています。

京極夏彦さんのお家に遊びに行った時、京極さんの蔵書を見て、日本の妖怪はすごく女性率が高いんだなと思いました。お話してみたら、京極さんがすごくフェミニストだったんですね。平山夢明さんというホラー作家さんもフェミニストだし、女性の苦しみや怒りを伝承していくのが怪談だとするなら、妖怪を研究している人ってフェミニストの方が多い。

——幽霊って、髪を振り乱した女性のおどろおどろしいイメージしかなかったけれど、そう考えるといとおしいですね……。あなたもつらかったのねって。

柚木:私、もし今、貞子に会ったら、「貞子さあ、脊椎まだ痛い?」って聞いてあげようと思って。「損傷してるよね? 井戸落ちたもんね。ずっと痛いのデフォなわけ?」って。そしたら貞子も「まあ、そう。それなのに面白半分で遊びに来たやつにムカついちゃってさ……」。「私もたった24時間だけどね、地獄の苦しみを味わったから、分からなくもないんだ」みたいな話をできるんじゃないかなって思う。

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※次回は8月28日(水)公開です。

(聞き手:新田理恵)

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