「上野の森美術館」(東京都台東区)で10月7日から開催され、すでに動員数30万人を突破(12月15日現在)した「怖い絵」展。その盛況ぶりは様々なメディアで取り上げられていますが、同展のミュージアムショップでアロマオイルとスプレーが売られているのはご存知でしょうか?
アロマオイルやスプレーなんて珍しいものではないけれど……と思うかもしれませんが、作品に匂いが移るという理由から美術展や展覧会では「香り」はご法度。
しかし、ミュージアムショップでは同展の目玉作品「レディ・ジェーン・グレイの処刑」をイメージした香りのアロマが焚かれ、オイルやスプレーも販売。入荷のたびに売り切れになるほどの好評を博しました。
展覧会でなぜアロマ? というわけで裏側を取材しました。
五感の一つ「嗅覚」でも作品を味わって
「怖い絵」展は、中野京子さんのベストセラー『怖い絵』が今年で刊行10年目を迎えたことを記念して開催。
今回、同展で販売されたのはアロマ調香デザイナーの齋藤智子さんが運営している「atelier S.」とコラボしたブレンドオイル(3ml、2,700円)とスプレー(100ml、2,160円)で、香りは「Beauty」「Refresh」「Relax」の3種類です。
「Beauty」は、今回が日本初公開となった「レディ・ジェーン・グレイの処刑」から起草された香りで、ジェーン・グレイの清純さと美しさをイメージ。
フローラル調のやわらかなブレンドで、「気持ちを穏やかにする作用」があると言います。齋藤さんによると、「Beauty」が圧倒的に売れているそう。
「会場でも焚いていた香りが『Beauty』だったので、分かりやすくて手にとっていただけたのでは? 女性のお客様が多いというのもあったのかもしれません」(齋藤さん)
今回、アロマを販売することになった経緯は?
「展覧会では集中して絵画を見て、その世界にどっぷりと入る。感性を豊かにするっていう意味で、五感の一つである『香り』ともあっても良いですよね、という話があったと聞いています」と齋藤さん。
同展では「恐怖」を切り口に、近世から近代にかけてのヨーロッパ各国で描かれた油彩画や版画、約80点をテーマごとに展示していますが、作品に匂いが移るのは避けた上で「ミュージアムショップでの取り扱いなら……」ということで、許可が下りたということです。
「香り」で意識したことは?
「怖い絵」展とのコラボにあたり、調合をする際に意識したポイントは?
「『怖い絵』と言っても、見た目が気持ち悪かったり、おどろおどろしかったりするわけではない。その絵が描かれた時代背景や隠された物語を知ることで、次第に“恐怖”が湧いてくるというものだと思いますが、考えたり、想像力を働かせたりするので、見た後はどうしても疲れてしまうんですよね。なので、作品を見てドキドキした気持ちを緩和するような香りを心がけました。フワッと心がほぐれて、『怖い絵』展の最後の印象が良くなるようなイメージを意識しました」(齋藤さん)
気になるのは販売本数。連日のようにメディアで報道されて、話題になった展覧会なのだからさぞアロマも売れたのでは? と少々“ゲスい“想像力を働かせてしまった筆者。
齋藤さんによると、アロマはアトリエ工房で一つ一つ手作りをしているので大量生産は難しかったそう。それでも「想像以上のオーダーで毎週のように納品をしていました」とのこと。
反響も大きく、齋藤さんは「インスタにアップしたら美術関係の人から『アロマを売るなんて珍しいですよね?』というメッセージをいただきました。絵を見て頭の中にいろいろな思いがパーっと巡っているときに香りがふっときてぴったりだった』と言ってくださる方や『絵の印象が強まりました』と感想を言ってくださる方もいて、すごく嬉しく思っています」と手応えを感じている様子でした。
美術館での販売に手応え
「怖い絵」展は12月17日で東京での会期も終了。アロマの販売は、兵庫県立美術館での開催も含めると足掛け約5か月間でしたが、齋藤さんは「今までアロマに馴染んでない方も購入してくださったのが嬉しかったです。そういう意味では美術館っていろいろな客層の方がいらっしゃるので、美術館で販売できたというのがすごく光栄でした」と振り返りました。
「多くの方にアロマ(本物の精油)に触れていただく機会をいただけたことはアロマ業界としても大きな意味があると思います。また、香りは、記憶と連動しているとよく言われます。近年の研究でも香りを鼻から吸い込むと、約0.2秒で私たちの脳(本能や情動、自律神経などを司る大脳辺縁系)に伝わるということがわかってきました。
このことを私はよく『記憶の引き出し』と呼んでいますが、香りはその時のシチュエーション、映像と一緒にこの引き出しに大切にしまってくれるキーになる感覚だと思うのです。
今回のこの展覧会の絵の記憶と香りの記憶が連動して、どこかでビューティのような香りを嗅いだらレディ・ジェーン・グレイを思い出す、そんなふうにこの素敵な展覧会と私の作った香りが皆さんの中にずっとつながって残っていけたら嬉しいです」(齋藤さん)
筆者も会期終了間近の「怖い絵」展に足を運び、吉田羊さんの音声ガイドで「レディ・ジェーン・グレイの処刑」をはじめほかの作品を堪能。
最後は、ミュージアムショップに立ち寄って「Beauty」を手に取り香りを嗅ぎ、「9日間の女王」と呼ばれた「レディ・ジェーン・グレイ」のはかない一生に思いを馳せながら家路に着きました。
(取材・文/ウートピ編集部・堀池沙知子)