長野県の上諏訪駅から徒歩10分、南アルプスの山並みを望む街の中に「ReBuilding Center JAPAN」(リビルディングセンタージャパン)があります。空き家を解体した時に廃棄されてしまう古材や古道具をレスキューし、魅力を活かして再利用しているこのセンターを立ち上げたのは、東野華南子(あずの・かなこ)さんと唯史(ただふみ)さんのご夫婦。
もともとは、大手カフェチェーンの「タリーズコーヒー」で店長を務めていたという東野華南子さんが、こだわり続けた“正しさ”と“楽しさ”がひとつながりになる仕事とは?
大手チェーンのカフェで覚えた違和感
――以前はどんな仕事をしていたのですか?
東野華南子さん(以下、東野):大学卒業後は、タリーズコーヒーの店長をしていました。中学の時にイギリスに3年間親の転勤で住んでいたのですが、現地校だったため、ものすごいスピードでお話する友人達の英語の会話についていけなくて、学校のかわりにスタバに通っていたんです。あまりに毎日いるものだから、お店の人が話しかけてくれたり、英語を教えてくれたりして、そのうち、「やっぱり人とコミュニケーションとれるって嬉しいな」と思って。そこからまた学校に行けるようになったんです。
そうやって、自分が一歩を踏み出すきっかけをもらった場所なので、カフェという場所が好きだったし、家庭の事情もありタリーズコーヒーに就職しました。
――「カフェ」という原点はそこにあったんですね。
東野:実際に働いてみると、大手チェーンのカフェを運営する場合は、どうしても効率化や合理化を優先させなければならないので、“もったいない”と思うこともたくさんあり、ずっと違和感を覚えていました。その感覚に慣れてしまいたくなくて、年に1回は旅に出ていました。転機になったのは、2年目の終わりに経験したペルーとボリビアへの旅でした。
――旅行先としてはマイナーな場所ですね!
東野:ちょうどウユニ塩湖(ボリビア西部)が有名になり始めた時期でしたね。出発2週間前に旅先を決めたのでわからないことだらけで、twitterで「ボリビアからペルーへ陸路で国境を越える方法を教えてください」と質問させてもらったのが、東野唯史さん。
――東野唯史さん……つまり、ご主人ですね(笑)。
東野:はい。当時、行きつけのゲストハウスがあったのですが、たまたま彼の行きつけでもあったらしく、帰国後そこでばったり。ほどなく付き合い始めて、一緒に暮らすようになって。彼と出会って「あぁ、こんな生き方もあるんだな」と、ふっと気持ちが軽くなりました。それがきっかけでタリーズを辞めました。
そのタイミングで例のゲストハウスの社長に声をかけられたので、「これも縁かな」ということで働き始め、結局2年ほど勤めました。
夫婦ユニットで旅するように仕事をして
東野:その後、彼と結婚してふたりで「medicala(メヂカラ)」という空間づくりのユニットを立ち上げました。「お店をつくりたい!」と声をかけられたら、その土地に出向き、住みながら、オーナーさんや地元の職人さん、仲間たちと一緒に空間をつくりあげていくという仕事。
「できることは何でもやる!」を合言葉に左官も運営アドバイスも解体も何でもやりました。特に楽しかったのは、現場で仲間たちと食べる「現場めし!」づくりです。みんなが健康に楽しく働けるようにと、その土地の食材を使ってつくり、わいわい食べる。その様子を発信していたら、「現場めし!」が食べたいからと手伝いに来てくれる人まであらわれるようになったりして。
――旅するような仕事ですが、拠点はあるのですか?
東野:「マスヤゲストハウス」という上諏訪のプロジェクトを手がけたことをきっかけに、上諏訪に拠点を持ちました。なかなかいる時間がとれないけど(笑)。でも、現場と現場の合間に帰ってくると、「おかえり」と言ってくれる人たちが下諏訪にはいて、滞在は数日でも本当にほっとします。
そんなふうに地方都市をめぐる働き方をしていたのですが、2015年に一つの出会いがありました。新婚旅行の旅先ポートランドで、NPOが運営する古材のリサイクルショップ「ReBuilding Center」を訪れたんです。そこでは解体された空き家から膨大に出る古材や建具が、丁寧に仕分けされて売られていました。廃棄される運命にあるものをレスキューして、魅力を感じてくれる人にふたたび使ってもらうんです。
――そこで目にしたものが今のお仕事につながったんですね。
東野:そうですね。しかも、ただ古材を売るだけではなくて、働いているたくさんのスタッフやボランティア、そして自分の家を自分でつくる街の人たちが関わることで、いきいきとした地域コミュニティをつくっていました。夫は、それを見て「これがやりたいな」と確信したみたいです。
“正しさ”と“楽しさ”が両立できる仕事
東野:日本全国で「medicala(メヂカラ)」の仕事をしながら、本当にたくさんの空き家や古民家がつぶされてなくなっていく姿を目の当たりにしていました。「自分たちにできることは何だろう」と考えていたところに、「ReBuilding Center」との出会いがあった。それでやっと二人でまっすぐに思い描くことのできる形を見つけたんです。
――まさに運命ですね。
東野:そうなんです。それから半年くらいして、ポートランドの「ReBuilding Center」に正式にお願いをしました。「日本でReBuilding Centerを名乗る場所をつくりたいです!」と。すると、二つ返事でOKをもらえたんです。すごく好意的で、ロゴも「日本用のロゴつくっていい?」と聞いたら「つくったから送るねー!」と。予想以上の展開の早さにびっくり(笑)。その直後、以前は建設会社の本社ビルだったという空き物件を上諏訪に見つけ、2016年7月末に着工。9月末に竣工。そして、「ReBuilding Center JAPAN」(以下、リビセン)を始めることができました。
「リビセン」にはカフェが併設されています。相変わらず「できることは何でもやる!」なので、カフェに立つこともありますが、カフェの窓からは古材が運び込まれて加工される様子や、それを買いにやってくる人の姿も見えるんです。
――開店して3ヵ月。今、どんなことを感じますか?
東野:今までカフェやゲストハウスで働いてきましたが、結局はいつも会社員だったので、会社の方針と違うことがあれば、自分で選んだ道や手段を貫けないこともありました。でもここでは、そうやって自分をゆがめなくていい。
そのままなら捨てられてしまうものをレスキューして、空間をつくったり、みんなに喜んで使ってもらったりという循環が生み出せていて、すごく毎日気持ちがいいです。「きちんと挨拶する」「ムダを減らす」「ズルしない」「トクしようとしない」「誠実でいる」「素直にいる」。そういう「気持ちいいね」と思えることをしていたいな、と。そんな価値観を共有できる仲間と汗して働けて、今はとても幸せです。
――その幸せな感じ、伝わってきます。
東野:世の中の矛盾をかき分けて「正しさ」と「楽しさ」に辿り着いている「リビセン」はある意味、“発明”だと思っているんです。「リビセン」が、今の形を失わず進んでいければ、これからもっと、いろんな領域で力になれることが出てくるような気がしています。このまま、どこに行けるのか、どんな景色が見られるのか、楽しみですね。
仕事をしていると“正しさ”と“楽しさ”を保ち続けるのは、時として難しく感じるもの。大手カフェチェーンの店長、ゲストハウスのスタッフ、空間づくりの夫婦ユニット……長い道のりを歩いてきたからこそ辿りつけた、東野さんならではの確信があるのではないかと感じました。
(馬場未織)